冒険者養成校(トラベラー・スクール)①
結局忙しいユーリはジェイザを無理やりエンドへの伝達係としてこき使うことを勝手に決め、手掛かりが有れば連絡を送ると告げると、それはそれはいい笑顔で退室して行った。
その後数日を指定された病室で過ごす中、やつれた顔のジェイザが頻繁に部屋を訪れては書類から何から何まで揃えてくれたことで晴れて《フィーレル国立・冒険者ギルド本部付属冒険者養成校・特薦クラス受講生》という噛みそうで長ったらしい肩書を手に入れることができたらしい……ジェイザ万歳。
そんなこんなで今エンドはこうして、教室の中列最後尾で仏頂面をしながら黒板を背に話している教師を眺めている。
「――ええ、入学前に説明を受けたとは思いますが、皆さんは特薦クラス。
(ふぁ……言ってること良く分かんねぇや。座ってっと眠くなんだよな。一年もこんなの続けてたら、体が鈍っちまいそうだ……)
壇上に立つのは小柄な女性教師。
名前はハルルカ・フィースメリーと言うらしい。
見た目エンド達生徒とそう変わらない(実年齢は分からないが)、桃色の髪をした丸眼鏡のにこやかで優しそうな女性である。
彼女の柔らかい声を耳から耳へ素通ししながら、エンドは机にだらしなく突っ伏して視線だけをぐるりと動かす。
教室に生徒の数は少なく、十二人が三列に別れ座っていた。見た目いずれも若く……恐らくエンドとそう変わらないのではないだろうか。
気が合う者同士がいれば、自然と固まるようなそんな少数学級の後ろで、エンドは同年代の彼らとどう接していいか分からず観察を続ける。
斜め右前に座るのは、物静かそうな男子生徒。スッと伸びた背筋と整った容貌からは品の良さが感じられる黒髪の少年。すぐに視線に気づいた彼は鋭く睨みつけて来た……神経質そうで、気は合いそうにない。
(んだよコイツ……ちっと見ただけじゃねぇか)
軽く睨み合った後、どちらからともなく顔を背ける。すると自然と反対方向に顔が向き、隣に座っていた生徒と目が合う。
ライトグレーの綺麗な髪をした丸顔の少女はびっくりしてぱちぱちと瞬きすると、ぺこりと頭を下げる。
「こ、こんにちは……」
「……おぅ」
こちらは感触はそんなに悪くなさそうだ。小声で挨拶を返した。
一通り見回してみたが、エンドはやや拍子抜けする。自分を棚に上げるが、特別なクラスだと聞いた割にはどの生徒もそこら辺の少年少女と変わらない。
見た目で人は測れないと言うのを既にユーリの時に実感してはいたが、ここでもその法則は当てはまるようだった。
「――では、せっかくなので友好を深めるため各人自己紹介を行ってもらいましょうか。左の窓側先頭から順に、簡単に好きな物とか、ここに来た目的などを交えて自由に話してみて下さい。ではそちらの……ラング君から」
教師の呼び声に応じ、柔和そうな男子生徒が立ち上がり頭を下げると生徒達の意識が一斉にそちらへ向く。
「はい。ラング・ヒューバートです。僕がここに来たのは……《
まばらな拍手を挟んで次々に自己紹介してゆく生徒達。
「は~い。ルーシー・リフェットで~す。うちビンボーなんで、《冒険者》はお金が稼げるって聞いて来ましたっ! ヤバイ奴から守ってくれる騎士様も募集中なんでよろしく!――」
「……ランディー・レー・ルーシウスです。い、一応き、小貴族の末席なんですけど……一応ってだけで……大して皆さんと変わらない生活をしていますんで……気にしないで普通に話しかけて下さい――」
(ラングとランディーとか被ってて混ざりそうだよな。ノッポとポッチャリで覚えとこう……)
こんな風に一人一人当たり障りない挨拶が続き、あっという間にエンドの前まで進んでゆく。おざなりな自己紹介だったが、エンドは新鮮さを感じていた。
思えばこうして他人と机を突き合わせて学ぶ機会など彼には無かったのだ。
ただ強くなるために過ごして来た修行の日々と違い、神器に至るここからの経緯はエンド次第で、この一年の間どう過ごせばいいのか細かい指示が下されているわけでもない。
大勢の人間と共同生活を過ごす中、何を学び後に生かすかは自身に任されている。
友を作り互いに競い合うも、孤高を気取って多くの敵を作るも自分次第だが、可能ならばなるべく多くの人と触れ合い、親交を深めるべき……というかその方が楽しそうだ。
師であるインクレアも言っていた。『人は神様じゃないから、全部の事は一人ではできないわよ』と……ま、この後に『私みたいな天才でも、料理はできないからね!』と続くのが彼女らしいところだが。
天才でないエンドに何でもは出来ない、一人では……だから仲間を作ろう。自分が教えられることも教わることもきっと多いはずで……そうすればもっと強くなれる。
そう思うと少しは楽しみになって来たが、一方それは自分の事情に他人を巻き込むと行為で、不安にもなる。
(俺の個人的な事情を打ち明けて、危険を承知で手伝ってくれるような信用できる奴……んな奴いるかなぁ? ま……なるよーになるか)
エンドは妹の姿を思い浮かべた。時が止まったまま黒い棺に閉じ込められた妹を助ける為に、残された時間は多くは無い。
(信じてやるしかねーんだ。危なくなったら俺が守ればいい……! 頑張って強くなろう……)
無理矢理でも自分なりにがむしゃらに前へと進む……それが自分のやり方だ。
もう順番待ちはすぐ傍に来ている……まずは自分を知って貰おうと、気合を入れ直す。
(んん……?)
その決意に待ったをかけたのは、目の前に広がる緋色のカーテンのような鮮やかな髪。よくよく見ると見覚えがあるような……?
順番が来たのか、カタンと椅子を下げて前席の少女は立ち上がる。
さらっと後ろに流れる腰までの朱い髪と三角耳、こんもりとした柔らかそうな尻尾。特徴的な容姿が記憶を刺激し、エンドの頭に物凄く嫌な何かがよぎり……。
「はいッ! リィレン・リーバッシュです。趣味は体を動かすこと全般と、横笛を少し嗜んでます! 赤狼族の末裔で、亜人に馴染みのない方もいらっしゃるかと思いますが……決して皆さんに危害を加えたりする事はありません。敬遠せずに気軽に接して下さい――」
その声を聞き、一週間前の記憶が電撃のように閃く……!
「あぁっ!! どっかで聞いたうるせー声だと思ったら……テメェッ!」
「ん……何?」
拍手に応え、席に着く為椅子を下げる少女の目がエンドに向き、ぐぐっと吊り上がる。
「あーっ!!?? ア、アンタ……」
そしてお互い同時に指を差し合った。
「「あの時の性悪クソ女(田舎ドチビ)!! なんでここにいるんだよっ(のよっ)!」」
すぐさま罵り合いに発展する二人。
「はぁ!? だ~れの性格が悪いってぇ? 言いがかりはやめてくれない?」
「会うなり人を蹴り飛ばしといてどの口が言うんだよ! 目ん玉までおかしくなってんのかぁ!? ちゃあんと、指でッ、指してやってんだろがっ!」
半分高い目線から見下し蔑笑するリィレンに、エンドも負けじとオメーだよと挑発する様に人差し指をしゃくりあげる。
たちまち周囲を険悪な空気が包み、慌てたハルルカ教諭が仲裁に走り寄る。
「ちょっと何なのあなたたち! 喧嘩は止めなさい!」
だがその声は届かず、徐々にヒートアップする二人の声のボリュームが上がってゆく。
「てゆ~か、あんたの背低すぎてその栗頭しか見えないんだけど! 本当に年齢制限クリアしてんでしょうね? そのトゲ頭ファッションでやってんだったらダサイから止めといた方がいいんじゃない? それかもういっそのこと茶色に染めて完全に栗っぽくして来なさいよ。そうすれば笑い位は取れるんじゃない? アハハ」
「へっ……テメェこそその陰険な目付き、まるで
「……あの~二人とも? そろそろ静かにしてもらえないかなぁ……」
「言ってること訳わかんないんですけど? ドラゴンじゃなくて赤狼族です~この高貴な尻尾が見えないワケ? 目が悪いの? それとも理解できないくらい頭悪いの? 頭パカッて開けたら脳じゃなくて黄色い実が詰まってんじゃない? 栗なら栗らしく素直に森へ帰って自然と戯れときなさいよ!」
「そっちこそ滅茶苦茶言いやがって……大自然な舐めんなこの腹黒っ! そんなにトゲでぶっ刺されてえならお望み通りこうしてやる!」
「ちょっ、痛っ! チクチク頭近づけて来ないでよっ、この馬鹿栗! っサイテー!」
言い争いを続ける二人の視野の外で、ほわほわした教師が纏う空気が徐々に変化、髪の毛がふわり逆立つ。剣呑な空気に怖れを為した周りの生徒達は相次いで席を立ち、暗~い声がぼそりと響いた。
「ねーぇ……あなた達ぃ?」
「あぁ?」「何よっ!?」
「神聖なる学び舎で、授業中に……いつまでぐちゃぐちゃ騒ぎ倒しとるんじゃぼけ~ッ!!!!」
「「ぎょぇあばばばばばばぁ――――!!!!!!」」
教師が纏った闘気から勢いよく迸る大電流が二人の頭上から降り注ぎ空間ごと焼き焦がす――。
後日、これを見た大半の生徒が、目を付けられた二人から距離を取るようになったことは、言うまでも無い……。
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