激闘の行方

 無機質にデザインされた飾り気のない室内に、等間隔に設置された座席が配置された空間。


 周りの十数人の少年少女が集まって談話するなり静かに一人の時間を楽しむなり思い思いに過ごす中、エンドはぽつねんと天井を見上げ、割り切れない気分を持て余している。


 着慣れないダークグレーの制服もひたすらに窮屈で、首を縛るタイがきつく、少し緩める。

 その上に輝く細い銀製のチョーカーは彼の発する闘気を制限する道具で、このクラスに受け入れる条件として付けられたもの。自力では外せず、今エンドは最大の五分の一程しか闘気を放出できない。

 首枷を付けられたようなもので、これも今の憂鬱さを煽る一因だった。


(なぁんでこんなことになったんだかなぁ……)


 そう、ここは教室……コーラルの街にある冒険者協会トラベラーズ・ギルド本部に併設された、冒険者達の学び舎の中の。


 ――正式名称 《フィーレル国立・冒険者協会本部付属・冒険者養成校》。


 カラァン……カラァン……。

 頭を揺さぶるチャイムの遠い音の違和感に頭を押さえ、諸事情によりめでたくこの学校の生徒として迎えられたエンドは密やかに息を吐くのだった。





 ――話は数日前に遡る……。


「……っおぁぁっ!!!! はれっ……!? ……あれ俺、戦って……たんだよな?」


 ボロボロの状態で目を覚ましたエンドは、身体に巻かれた包帯を不思議そうに見る。

 ……必死に激突の瞬間の記憶を掘り起こすが、うまくいかない。

 ずきりと痛む右腕がまだ存在する事に少しほっとしながら手を握り締める。


「……目を覚ましたか。意外と早かったな……」


 唐突に声が掛かり、傍らの座席に人が座っているのに気付く。

 その苦虫を噛み潰したような顔は、確かここに来る前に出会った青い髪の青年だ。


「ん……? 何だ、あの優男かよ」

「ジェイザだ……人の名前くらい覚えろ。仮にもここまで運んでやった恩人なんだぞ……もう少し気を遣うべきだと思うが。エンド君」

「うっせーな……知るかっての。……どん位寝てたんだよ、俺は」

「……ほんの数時間、と言った所だな」

「そーかよ……あてて。あれを使うといつも体がギシギシ軋みやがる」


 エンドは体を起こし腰を捻ったり背伸びをして異常が無いか確かめ始めた。怪我の悪化を案じ止めようと呆れ顔のジェイザの手が伸びるが、無駄だと悟ったのかだらりと途中で落ちる。

 

 自己診断をひとしきり続けて満足したのか、エンドは少し目を閉じ、意外な事にしおらしく俯いた。


「オッサンはここにいねーし……寝てたってことは、俺の負けかよ……」

「ああ、残念だが……そういうことだ」


 全ての力を絞り尽くした上での敗北……流石に堪えたのか彼はわずかに肩を落とす。打ちひしがれた姿を慮ったのか、ジェイザは師からの言葉をそのまま伝えた。


「……ダンディマル師匠は褒めていたよ。君の事をとんでもない逸材だとね――。数年後が楽しみだと」

「……メなんだよ、それじゃ」

「……?」


 師をしてほぼ最高級の評価を引き出した少年を、羨望の目で見るジェイザにエンドはつかみかかる。


「おい優男! オッサンに明日また同じ時間にろうって伝えてくれよ!」

「友達かっ! 君はギルド幹部連を何だと思ってるんだ! 昨日師匠の予定が空いていたのは全くの偶然だ! 世界で数万人もいる《冒険者トラベラー》達の頂点だぞ……そんなにほいほい呼び出せてたまるか馬鹿! 第一勝っても《冒険者トラベラー》にはできないと聞いただろうに……」

「じゃあどうしろってんだよ! そんなら強い奴らが出てくるまでギルドに出入りする奴片っ端から闇討ちすんぞチクショウ!」


 普通に考えれば引き下がるべき場面でも、エンドにはできない理由がある。残り三年……それが黒い柩に眠るシィを救う為にインクレアが用意してくれた、彼にとっての最大限の猶予期間。


 エンドはジェイザの前で両手を音高く打ち合わせ深く頭を下げた。

 

「頼むっ……! この通りっ!」

「……無理なものは無理なんだ……とっとと帰れ! ……と言いたい所だが」


 青年は不満そうにエンドを睨みつけると憮然として説明を始める。


「頭を上げろ……。師匠からは君が目覚めたらそのまましばらくそこで待たすように言われた」

「おっさんから……!? って事はやっぱ気が変わって《冒険者トラベラー》にしてくれんじゃねぇか!?」


 顔を輝かせるエンドに対し、ジェイザはムスッと眉を寄せる。


「それはない……と思うが。まぁしばらく待っていたまえ。追って誰か寄こすと言っていたから、しばらく横になって静かに休んでいろ」


 それだけ聞いて顔を輝かせ、うって変わってエンドは元気を取り戻す。


「よっしゃ……まぁ負けたんだからしゃあねえ、言う通りにしてやるさ! んで、何か食うもんねぇ? 取り合えず肉頼むわ」


 気分と連動する様にグゥとなった腹をさすり、エンドはジェイザに一つ注文する。


「頼めるかっ! 医務室だぞ……飲食禁止に決まってるし、君に奢ってやる義理は無い!」

「かーっ、ケチくせぇ……肉の一つや二つくらい何とかなんだろ。大人の余裕ってのが足りねぇんじゃねえ?」

「つくづくいい根性だな……! まず君は冒険者になる前にその口の悪さを矯正した方がいいんじゃないか……! 年長者への口の利き方を教えてやる……!」


 エンドのふてぶてしい態度に血管を浮かせ、ジェイザが立ち上がるタイミングでコンコンと扉がノックされ、二人は戸口へと振り向く。


「お、誰か来たぜ」

「チッ……後で覚えていろ。コホン……」

「なあ、あのオッサンみたいなゴツイのが来てんのか……?」

「そんな訳無いだろう。皆暇じゃないんだ。連絡程度、普通の下っ端のギルド職員が行うはずだ、開けるぞ」


 ジェイザは襟を正し、訪問者を迎えようと扉へ向かう。エンドもおちょくる様に鼻に突っ込んでいた指を外して注目した。


 扉の磨りガラス越しの小さな影を招き入れようとジェイザはゆっくりと扉を開き。


「私が来たよーっ☆」

「…………何で……?」


 崩れ落ちた。

 まさかの大幹部様ユーリだった。

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