ユーリ・シーウェン①

 威厳もクソも無い登場。


「おい優男、死ぬんじゃねぇー! 結局誰なんだよコイツ……!?」

「ハッ……!! ……嫌な予感がすると思ったんだ……」


 気絶したジェイザをわけもわからずエンドが揺さぶると、数秒後に彼は意識を取り戻す。


 戸口にいたのは《十二階段ギルド幹部》の二段目。序列からすると、総帥や副総帥を入れても五本の指に入る……《冒険者協会トラベラーズ・ギルド》の中で一番か二番位にこんなところにいてはいけない人である。


 ヒマワリのような明るい黄の髪を首元で短く整え、カラフルでキッチュなミニドレスから細い両手足を覗かせた、少女にしか見えない妙齢の女性。


 ややこしいポーズをキメながら自分の顔を指差す少女に戦闘を始終観察されていたとは露知らず……エンドは白けた顔で、蒼白のジェイザに問う。


「お前の妹か……? あのな、もうちょっと初対面の人間に対する礼儀ってもんを教え込んだ方がいいと思うぞ?」

「違うからなっ! そして、君に言われたくないぞそれは……!」

「ごめんね? ジェイザお兄ちゃん……ユーリ、お兄ちゃんにどうしても会いたかったの」

「違うっていってるでしょうが、ややこしい! はぁ、はぁ、悪乗りが過ぎます……あなたは自分の立場をっ……! いや、もうどうでも良いから話を先に進めて下さい……! 疲れた……」


 一刻も早くこの茶番を早く終わらせようと、青年は額を押さえ事務的に会話の進行に務める。


「この方はユーリ・シーウェン。《十二階段スカーレル》の一席を占めている方だ。何故そんな人物がこんな所にいるのかは聞くな。そういう人なんだ。ユーリ、彼が例の少年エンドです……とはいえあなたは液晶モニタ越しに彼の事をご存じでしょうが……」

「そーなんだよ!! 君凄いね、私的注目度ランキング第一位に躍り出たよ、オメデトウ!! そしてよろしく!」

「あぁ……よーわからんが、まぁよろしく……」


 かぶりつくように手をワシッと掴み上下に揺する少女?にエンドは半笑いで応じながら、鼻をひくつかせ目線を後ろにやる。


「ところでそれ、もしかして飯か……!?」


 曳いて来たキッチンカートに鋭敏な嗅覚で反応し涎を垂らしたエンドに、ユーリは薄い胸を張って応えバッと上のナプキンを取り払う。

 現れたのは山盛りに積まれた軽食で、サンドイッチや肉の串焼きなどが盛り沢山だ。


「だよ! お腹空いてると思ったのでユーリさん、ちゃんと用意して来たんだ。偉いでしょ~!! いくらでも食べていいよ!」

「マジかヒュー!! どっかの頭ガチガチの優男とは気遣いが違うぜ! ありがてぇ!」

「お手拭きはそれね! あたしも食べよっと! あれ……ジェイザちゃんどうかした?」

「いえ……もうお好きになさってください……。規律とは……絶対的な力の前には無意味なのか。幹部の選考基準には人格は考慮されないのだろうか……」


 もはや何もがっくりと首を落とし、魂が抜けた様にブツブツと呟くジェイザを放っておき、ユーリは目の前の食事をむぐむぐ頬張りながら前置きを話し出す。エンドは言わずもがな、嬉々としてそれを両手に嚙り付いている。

 

「はぐっ、えーとね、ある程度液晶モニタ越しに聞いちゃったんだけど、君は《冒険者トラベラー》になりたくて来たのよね? ジェイザちゃんから聞いたかも知れないけど、このまま君が《冒険者トラベラー》になろうとすると最低でも三年以上はかかっちゃうんだよね……あむあむ」

「なんでそんなにかかん……むぐっ! 試験やらを受けて合格すりゃその日から《冒険者トラベラー》ってわけには……がふっ、いかねぇの?」

「……ハァ」

 

 消沈から何とか復活したジェイザが口を挟む。

 生真面目な彼は一応上司を立てるべく、せめてユーリの手を煩わせないように程度に渋々エンドの相手をする事に決めたようだ。


「スタート地点は、まず年に一度、各都市の《冒険者協会トラベラーズ・ギルド》本部及び支部で行われる総合選抜試験に合格する事から始まる。それに合格すれば」

「だから《冒険者トラベラー》になれんだろ!?」

「違う、君は頭スカスカなのか! 最後まで話を聞け! ……合格することで各都市のギルドに併設されている《冒険者養成校》に入校する資格を得られる。そしてその学校にて三年間学び卒業試験に合格すれば、晴れてこの《冒険者トラベラーズ・資格証ライセンス》を取得できると言う訳だ」


 ジェイザは懐から少し分厚目のカードを二本の指で摘まみ出す。

 ライトブルーに塗装された金属質のカードの表面には、彼の名前や所持等級、所属ギルド等の情報が型押し加工され、浮き上がる形で記載されている。


「それくれよっ! それさえありゃ俺も今日から《冒険者トラベラー》!!」


 ひったくられそうになるカードを青年は慌ててしまい直す。


「やるかっ、そしてなれるかっ!! そんな事をしても、不審人物としてどこかで捕まるだけだ! 全く……話を続けるぞ……」

「あのさぁ、んな悠長な事やってられねぇんだって……! 悪いけどユーリ、アンタ俺と手合わせ……」

「――土下座でも何でもするから絶対ヤメて!? そしていちいち話の腰を折るんじゃない! 師匠は君はそんな馬鹿げた事を言いだすことまで予見していたよ! だから他の方法を伝える為にこの方が来たんだろう!」

「そーなのさっ!」

「え~……?」


 食べかすを口元に付けながら鼻高々で反り返るユーリに、エンドは胡散臭そうに半眼で返す。どこから見ても普通の少女……下手すると彼より若く見られてもおかしくない。風格や貫禄といったものが全く持って皆無で、そこら辺で同年代の子供達と遊んでいても誰も不思議に思うまい。


「飯奢って貰って何なんだけど、本当にこの姉ちゃんで大丈夫なのか? 何つーか……本当にお偉いさんなのか? コイツ……」

「あ~……君の言わんとするところはわからんでもないが、事実、《十二階段スカーレル》の第二段……ギルド最強の一人と言っても過言ではない人で、本来僕らなんかが口を聞いて良い立場の人じゃない。絶対に、絶対に怒らせないでくれ……!」

「マジ!? あのオッサンよりも強えの……?」


 嬉しそうにコクコク首を振る少女はとてもそんな風には見えないのだが……。


「ふっふっふ……ダン爺なんて目じゃないね! エンドちゃん、クレアの事よく知ってるんでしょ? 昔クレアと組んで大分やんちゃしまくってたんだけど、あたしの話とか聞かなかった? はっ、歳がバレる……今のナシで、ナシで!!」

(あ~、そういえば、師匠とちょっと雰囲気が似てんなぁ……闘気使いってよく年齢がわかんねえし……)


 取得した時期にもよるが、副次的効果として闘気は使えば使う程細胞が活性化して老化がある程度緩和される。つまり、外見が若いままだと言うことは、それだけ幼い頃から闘気を発現していたと言うことなのだろう。


 ユーリの周囲をよくよく見ると練り上げられた闘気の揺らぎを幻視した気がして、粟立つ腕をさすり、エンドは右手をおそるおそる差し出す。


「へへ……おっかね。まぁ、よろしくな……オッサンは強かったけど、アンタはもっとやばそうだ」

「んふふ~、見る目ある子は好きだな。どうぞよろしくぅ☆」


 「うへへ」とか「うふふ」とか笑いながら互いを興味深そうに探り合う二人に、ジェイザは胃を抑えている。きっとギルドの問題児がもう一人誕生してしまう事を予見したに違いない。

 気分を悪くした彼を不思議そうに見つめ、ユーリは手を離すと中断した話に戻る。

 

「さてさて……このユーリさん、とても偉い人なんだけど、それでも君を《冒険者》にしてあげることは出来ないの。だけど君はあれを持って来たからね~。私とダン爺で無理やり捻じ込んだちゃったんだ……《神使オラクル特薦クラス》に」

「《神使オラクル》って何だっけ……?」


 エンドが記憶を探る前に、ジェイザが注釈を入れてくれた。

 

「ハア……何をどうしたら記憶がそんなにポロポロすっぽ抜けるんだ!? 頭を強く打ったりして無いだろうな……《神使オラクル》とは《神権代理使オルキュロス》という、特殊な力を持つ人々の略称のことだ。彼らは生まれながらにして運命を見通す力を持ち、大いなる力を秘めた者を見出すことが出来ると言われている。そんな彼らがもたらすと言われているのが……」

「これね、これ! 一応返しとくね」

「いや、別に要らねえけど……」


 袋に入ったへしゃげた黒い筒を押し付けられ……エンドは複雑な顔でそれを受け取る。

 知り合いがいるのならもう少しちゃんとした手紙でも入れてくれたらいいものを……彼の師匠は良くこういうややこしい事をしてエンドを困らせるのだ。理由も有ったり無かったりで、自分が行き当たりばったりになったのも半分以上はこの師匠の悪癖のせいだとエンドは思っている。


「ま、それを持っていたって事はクレアが君を認めたって事でいいんだろうし。その資格は十分にあると思ったよ。それに、クレアは《神使オラクル》時代に五人ものSSS冒険者を発掘してるからね。《五芒星スターズ》なんて呼ばれて大活躍んだから。ちなみに、瞳を見れば神使かどうかわかるんだよ! 瞳の中に《星》って器官があるからね~」

「ふ~ん……そ~いや確かに師匠も変わった目してたっけな」


 まじまじと見た事はあまり無いが、確かにインクレアの瞳は常人と違っていたのをエンドは思い出す。

 瞳孔の周りに幾つか宝石のように光る結晶が存在していた。


「その後色々あって彼女は《神使オラクル》からは身を引いた訳だけど、あの子の凄いとこはこっちでも頭角を現しちゃうとこなのよねぇ……。姿をくらましてなきゃ、《冒険者トラベラー》として確実に十二階段の席の一つ……もしくはそれ以上も狙えてたかも知れない」


 ユーリはエンドを通してクレアを思い出しているのか、憧れと懐かしさ、そしてどこか寂しさのようなものが入り混じった瞳で少年をじっと見つめた。


「……どう? クレアは元気にしてる? あの子らしく自由に人生を謳歌できてるのかな?」


 その表情がインクレアのものと重なった気がしたエンドは何となく気恥ずかしくなり、目線を逸らした。


「どうだろな……でも相変わらず滅茶苦茶してんのだけは確かだ。俺達を連れ出す時だって、城に押し寄せた国軍の精鋭を一人で半壊させちまったりな。自重をしてねぇってのは確かだろーよ!」

「あははっ♪ そっか、派手にやってるみたいね……安心した」


 ユーリはくすくすと楽しそうに笑う。

 そんな二人の会話についていけなくなったのか、しゃがみ込んだジェイザが懇願した。


「ユーリ……脱線するのはそれ位にして、話を先に進めて下さい。あなたの時間も限られているでしょう……本当、お願いしますからぁ……」

「ジェイザちゃんまっじめ~……。もうちょっと色々話を聞きたいんだけど仕方が無いか。エンドちゃん、良く聞いてね! さっき言った通り君には冒険者になる為、ギルド本部の養成校、《神使特薦クラス》にて一年間学んでもらう。本当にもう、それ以上の近道はないんだ……わかってくれる?」

「オッサンに負けたしな……師匠の知り合いのあんたが言うんなら、わかった。信用する」

「よっし、なら決まり。しっかり学んでおいで! 本当なら私が鍛えてあげたい所なんだけど、それは最低限仕事について来れる資格を取ってからね。君もどうせ神器目当てなんでしょ?」

「何で分かんだよ……怖えな」


 エンドはうっと身を反らせ、そんな彼にユーリはにこやかな笑みをたたえながら小首を傾げちらりと舌を見せる。


「勘かなぁ~? お金や名声が欲しい風には見えなかったし、ただ戦うのが好きって言う訳でも無さそーだし。どんな神器を探してるのか言ってごらん? 探すのに協力してあげるからさ」


 少しエンドは迷う。

 何と言うか……会ったばかりのなのに、彼女には気安すぎて何でも要らないことまで喋ってしまいそうな不安感を感じる……それが不自然さを伴わないのが、余計に。


 とはいえ彼女の言葉を無下に拒絶するのは、これから身を預ける《冒険者協会トラベラーズ・ギルド》という組織を信用ならないと言うようなものでもある。あまり大っぴらしない方がいいような気もするのだが、インクレアの知己なら悪いようにはしまいとの思いから彼は自らの目的を打ち明けた。


「他には言ってくれんなよ、優男も。……【時】と【魂】を操るっていう神器。この二つがどうしてもいるらしいんだ。あんたなら手掛かり位はわかるか?」

「【時】と【魂】だと……?」

「あん……? どうした優男、顔色悪りぃぞ? そろそろまたぶっ倒れんじゃねぇか?」


 青くなってばかりのジェイザを揶揄するエンドだが、青年がそれに反応を返す前にユーリが静かだがはっきりとした声で遮る様に告げた。


「いや、ジェイザちゃんが驚くのも無理無いんだ。私も驚いた……。間違いなく第一位マスト・ティアーの《事象系神器》だろうね。君は知らないかも知れないけど、神器にはその力に応じた位が付けられているの」


 ユーリは、その辺りをざっくりと説明し始める。


「一番力の弱い第四位フォース・ティアーは《道具系神器》。何となくわかると思うけど、自動で火を起こしたり、対象を切断したり、移動したりとか。もちろんある程度の力や範囲の限度があるからそこまで万能な物じゃないけどね。そこから順に第三位サード・ティアー《生物系》、第二位セカンド・ティアー《元素系》と続き、そして最上位に当たるのが、第一位マスト・ティアーの《事象系》なんだ」


 片目をつぶりながら、彼女は指を端から起用に折りたたんでゆき、最後に残った人差し指をクルクル振る。


「とりわけ《事象系》は凄まじいよ~。その力も、希少性も……冗談じゃ無く、使いようによっては国家の存亡や、万単位の人間の生死を左右する……その位の力なんだ。聞かせて? そんな物を一体何に使うつもりなの? 場合によっては……君を今ここで拘束しないといけない」


 回した指をそのままエンドの鼻先に突き付けたユーリ。これまでとはうって変わった冷ややかさに、緊張を帯びたエンドの喉がゴクリと鳴った。

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