犬も喰わぬ(前半)
『勇さん、俺に隠していることありますよね…』
人の波をよけつつ腕を掴む。予備校帰りで外は少し暗かったがやはり見間違いではなかった。仕事帰りであろうスーツに身を包む勇さんが驚いた顔をしてこちらを見やる。こんなことを言いたくないというのに口からは勝手にとげとげしい言葉が出てくる。あなたのこと好きなのに、あんな楽しそうな顔。俺にだってしたことないくせに、悔しい、むかつく。手に入れたからそれで終わりなのかこの人は。
『!!びっくりした…、葦吹くんじゃないか。…こんなところで会うなんて……、いやだな、そんな怖い顔をして…どうしたの?』
『勇さん、俺の質問に答えてください』
『隠し事なんて…何もしてない』
『…嘘つかないでください。…ははっ、そうか…次は可愛い系ですか。お似合いですね』
好きな人の表情がどんどん曇っていく。
あの時言ってくれてことは嘘だったのか。目を泳がせて頬をかく相手を見やる。完璧に黒じゃないか、わざわざ聞かずに察せということか。人通りが多いこの時間帯に道行く人は珍しそうにこちらをじろじろと見ている。
『何のことを言っているんだ?いい加減にしなさい、この時間帯は人通りも多いし、ここでは邪魔になってしまう。場所を移そう 』
宥められているのか、本当に、本当にこの人は…………
『……っ、もういいです』
気づけば愛しい人を背に逃げ出してしまっていた。……勇さんが悪い。後ろから呼び掛ける声が聞こえたが聞こえないふりをして振り切った。そんなに隠したいという事ならこちらだって容赦しない。
_______事の発端は勇さんが高校生らしき男の子に頭と頬を撫でていたのを俺が見つけたのが始まり。喫茶店でデートでもしていたのだろう。…あんな顔で笑って、背中を愛おしそうに手まで添えて…。さっきの高校生はまた店に戻っていったのだ、ついさっきのことだからまだいるだろう。突撃して関係を聞いてしまえば…
妻も娘も息子も居ないと言っていたのに……。
俺は勇さんの恋人じゃ_____
____しばらく考え事をして歩くとさっきとは全然違う場所に出てきてしまった。先程の考えを行動に移さなければと記憶を頼りに勇さんとは鉢合わせないように店に到着しなければならない。また少し歩くと先ほど見かけた道に戻ってこれたようで先程二人が出てきたであろう店を見つけた。なんだかこじんまりとしていて、隠れ家のようなカフェだな……。
店の扉を開けてみると、そこはカフェというよりもどちらかといえば……お菓子屋かケーキ屋といった感じだった。甘い香りに可愛らしい内装は女性が好みそうだった。一応気持ち程度にカフェテリアがついている。そこにいるのだろうか。桃色と水色のストライプの壁にクリームを思わせる床を歩いていく。本当にお城のようだ。なんだか恥ずかしくて、その人に声をかけたらすぐに外まで呼び戻そうと決意した。
『ん、いらっしゃいませ!すみません!…ここはカフェスペースだから、なにか注文をしてからでないと座れないんですよ…!』
カフェテリアの机の上を拭いていたであろう店員がこちらに声を掛けてくる。
『え。……あ、あの…』
ふわりと振り返ったその人は先程の高校生だった。…………が俺はとんでもない勘違いをしていたようだった。あきらかにデート相手とかそんなんじゃない。なぜなら私服どころかその服装はお店の従業員の制服だったからだ。帽子やエプロンを付けていなかったため全然気づけなかった…。
『????あ、その制服。松高か!懐かしいな…』
店の内装と相まってなんだか物語の住人のようだ。
『え、知ってるんですか?懐かしいって、…高校生じゃないんですか?』
『ははは!…………え、嘘だろう』
まさかの年上だったなんて……失礼な事を言ってしまった。相手も不本意だったのか顔を少し歪めている。
でも、もし…浮気相手だったら……………。
そう思うと声を掛けられずにはいられなかった。
『…あっ、あの……ちょっとお話があるんですけど…』
『話??俺にか…??うーん?!………初対面なのにか?!それともここじゃあ難しい話か?』
『…少し』
『そうか………。うむ、わかった!少し待っていてはくれないか?もう上がりの時間なんだ』
『あっ、すみません。外で待ってます』
立ち去ろうとした瞬間声をかけられる。
『待つなら店の中で、だ!外は暗くなり始めているからな!コーヒーは飲めるか?』
『え、えぇ…いや、あの』
『そうかそうか!よかった。じゃあ他の店員にコーヒーと少し軽食をもっていかせるから食べて待っていてくれ』
『あ…』
嬉しそうに自分にそう告げるとその人は足早に裏へ戻っていった。いきなりのことで立ち尽くしていると先ほど彼が出て行った裏口のような場所から人柄のよさそうな女性の店員さんがトレーをもって出てきた。恐らく店長さんなのだろうか、堂々としている。
『おっ、いたいた。ごめんねぇ柚のやつ、いっつもあんな感じなんだ………好きな席に座りな?はい、これコーヒーとスコーンとママレードジャム。一応スコーンとジャムは柚が作ったやつだから商品じゃないけど…コーヒー代要らないからゆっくりしていきな?』
『あ、ありがとうございます』
とりあえず立ちっぱなしは邪魔になってしまうから座るか…。
席に座り、先ほどの女性から手渡されたトレーを前に一息つく。コーヒーは飲めるがあまり得意ではなかった。でもこのコーヒーは嫌じゃない……スコーンの柔らかい小麦の香りに甘酸っぱいママレードの香り………家に帰りたくなくなるな。
気持ち程度にスコーンを口にする。シンプルなスコーンは市販のものよりも遥かに美味しかった。外はサクサクなのに中はしっとりとしていて…ジャムを付けてもう一口と口へ放り込むと相対的な爽やかさが胸の傷にしみる…。
『美味しい……』
俺は勝手に勘違いをして勇さんを、傷つけてしまったのか?それとも本当に勇さんは他の人が好きで俺を代用品として見ているのか…。
…胸が痛い。
『……。』
『待たせたな。』
『…っ、す、みません』
『……大丈夫か?』
_____________優しいその味にほろほろと、雫があふれて止まらなかった。
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