22:伝承

「これで全部だな」


 ベルハイドはパタパタと手の埃を落としながら言った。


 結局書庫管理の者達にも手伝ってもらい、何人かで運び出すことになった。

 それでも、何往復も必要だった。伝承は、それだけの量があるのだ。


 さくらは丘の大木の下、積み上げられた木簡に囲まれている。

 ALAYAが木簡の数を計測しながら聞いてきた。


「どうなさいますか?」

「先ず全部の内容を頭に入れたい。こういう外部記憶のままだと、いちいち参照しなきゃだし、総合的な判断が出来ない」

「では、私が読み取ってチップでお伝えしましょう」


 さくらは指で額を押さえながら言う。


「うーん。量が多いから手分けしよう。こっちの山は、あたしが自分で覚える。そっちの山はALAYAが読み取ってから、あの『おでこガツン』チップで」

「承知しました。次こそ、適切な衝撃でお伝えできるかと思います」

「にひひ、この世に『適切な衝撃』なんてあるのかね」


 笑いながら続ける。


「でね、PC環境的な物が欲しいんだけど、難しいかな。ディスプレイと、キーボードが欲しい」

「ディスプレイは、フローターの表示端末を外して持ってきます。キーボード……そういえば博士はお好きでしたね。しまったな、お目覚めに合わせて用意しておくべきでしたか」

「ありゃ、ないのか」

「端末はタッチパネルなので画面下半分に文字入力UIを表示する、もしくは音声入力では駄目ですか? 読み上げてくだされば、私がテキストデータとして反映させますが」


 さくらは腕を組んで、片眉を上げて言う。


「いやー、キーボードの方が早いんだよね。文字入力であれに勝てる物はないと思うんだよな~」

「そうしましたら――あ、お待ちください。ディスプレイが来ました」


 見るとALAYAがもう一体、こちらに向かって飛んできている。

 アームを展開し、フローターの手すりに取り付けられていた表示端末を抱えていた。


「おお? ドローンってもう一機いたんだっけ?」

「はい。フローターのトランクには、さらにあと二機収納しています。必要に応じて使っていきましょう」


 飛んできたALAYAが、端末をさくらの方に向けながら言う。


「お待たせしました。こちらをディスプレイとしてお使いください。それと――」


 お腹から別のアームが伸びてくる。

 先端は物を掴む形状ではなく、赤く光る玉のような形だ。


「――キーボードは、これで如何ですか」


 赤い光が強さを増すと、さくらの前の地面にキーボードを投射した。


「お。レーザー投射式のキーボード! やるじゃん!」


 そう言いながらさくらは地面の上に投射された光のキーボードに両手を伸ばす。

 次の瞬間、バオッ! と音がして土煙が舞った。


 それ見ていたベルハイドはビクッと身構えた。

 ベルハイドでも見切れない指の速度だ。指というのはあんなに早く動く物か?


 すると端末にはいつの間にか文字が表示されている。

 どうやら地面を指で叩く動作が、文字として反映されるようだ。


 『水馬あめんぼ赤いな。アイウエオ』

 『浮藻うきも小蝦こえびもおよいでる』


 『柿の木、栗の木。カキクケコ』

 『啄木鳥きつつきこつこつ、枯れけやき』


 それを見たさくらは笑みを浮かべる。


「良さそうだね」

「承知しました。投射式なので打鍵のフィードバックが無い点はご容赦ください」

「おっけー、行ってみようか」


 さくらは無造作に木簡を1つ手に取ると、バラっと地面に広げた。

 広がった木簡を一瞥した瞬間、バババッと土煙が舞う。


 それだけで木簡に書かれた文章がそのまま、端末にも表示されている。

 ちらりと端末を見て確認すると、また無造作に次の木簡を手に取った。


「おいおいおい」


 理解できず、ベルハイドが声をかけた。


「内容を頭に入れたいって話だったよな? それだと、仕組みはよくわからんが、内容をそっちに移しているだけじゃないのか?」


 さくらは笑顔のまま、ベルハイドの方に顔を向けずに答えた。


「にひひ。文章ってさ、黙読だけじゃなく、音読したり、書き写したり、行動記憶と結びつけると覚えやすいの」


 そういう間もバッと土煙が舞い、次の木簡を手に取る動きを止めない。


「あたしの場合はこれだね。キーボードで打ち込むのが、一番頭に入るんだ」


 また土煙が舞う。次の木簡に手を伸ばす。


「つまり……それで全部頭に入っていると言うことか? 読んだり書き写したりするよりも、遙かに速く」

「そういうことだね。音読みでも頭に入るけど、時間がかかっちゃうからね」


 ベルハイドと一緒にさくらを見ていたALAYAがカタカタ笑う。


「なんと言う打鍵の早さ。これは私も気張らないと」


 ALAYAはアームを器用に使って木簡を地面に広げると、しばらくその上に浮遊する。

 少し経つと、次の木簡にアームを伸ばしていく。


 ベルハイドが不思議そうに尋ねた。


「こっちはこっちで、何やってるんだ? それこそ黙読に見えるが」


 次の木簡を広げながらALAYAが答えた。


「私の場合は画像から直接テキストデータに変換できますので、これで大丈夫なのですよ」

「なるほど、わからん」


 そう言うとベルハイドはふぁ……と欠伸をした。


「そろそろ昼か。ねむい。俺は寝るから、何か用があったら声をかけてくれ」


 そばの草の上にごろんと横たわる。


「こりゃこりゃ、ベルハイドくん」


 木簡を手に取るペースを落とさずさくらが声をかけた。


「ネコチャンたるもの、寝るのはそこではないぞよ」


 ベルハイドは目をこすりながらめんどくさそうに答える。


「なんだ? どこでも良いだろう……寝させてくれ」

「こっちこっち」


 さくらが胡坐をかいた自分の足をポンポン叩く。


「ん? いやお前、女の足の間で寝るのは不味いだろう……」


 とは言ってみたものの、たしかに広げた腿の間に張ったスカートがハンモックのようにも見える。

 長い足にぐるりと囲まれたハンモック。


 猫は、ひらけた場所で寝るよりも、周りが囲まれた所の方が落ち着くのだ。

 あそこでの眠りは絶対温かく、絶対気持ちがいいという確信がある。


「ウニャ……まあ、良いか」


 眠気も強く、強く反対する申し出でもないだろう。

 ベルハイドはマントと装備を外して裸になると、するりと胡坐の上に滑り込んだ。


(あ、こりゃ駄目だ、すぐオチる)


 滑り込んだ瞬間、そこが極上の寝場所であることを理解した。

 ベルハイドはグーッとのびをしたあと、すっと丸くなって、すぐに寝息を立て始めた。


 さくらはベルハイドを一撫ですると、感慨深げにALAYAに言った。


「ああ~、ベルだこれ。完全にベルだ」

「猫好きの博士が、その状態で集中できますか?」

「勿論。調子出てきたよ~」

「承知しました。ペースを上げて行きましょう」



◇◇◇



 それからしばらくして、日が傾いてきた頃。


 そろそろ起きようかというベルハイドの耳に『終わった~』というさくらの声が聞こえてきた。

 のびをしてムニャムニャしたあと、目を開ける。


 寝る前にはなかった木の台がさくらの前に置かれていた。よく見ると長老宅の食卓だ。

 それを『きーぼーど』にしたらしい。

 最初は地面を指で叩いていたが、指先が汚れて具合が悪いので、長老に頼んで食卓を出して貰ったのだそうだ。


 ALAYAが木簡を広げながら言う。


「私はあと三つです。まさか画像読み取りより打ち込みの方が速いとは。博士の木簡の方が数が多かったのに……」

「にっひっひ、キーボード最強説」


 さくらは胡坐の上で目を覚ましたベルハイドをワシャワシャ撫で回しながら勝ち誇る。


「ちょ、ヤメロって」


 撫で回しから逃れるように胡坐からするりと降りた。


「ああん。つれないのう」


 ベルハイドはそばに脱いでおいた装備を身につけ、畳んでおいたマントを纏った。

 ほどなく、ALAYAの方も作業が終わったようだ。


「博士、お待たせしました。こちらも完了です」


 それを聞いたさくらが、首をコキコキ鳴らしながら言う。


「よーし、これより情報伝達の儀を執り行う~」

「はい。では、こちらで読み取った内容をお伝えしますね」


 ALAYAの腹が開き、シャカシャカとアームが伸びてくる。

 その先端には例のチップだ。


 さくらのおでこにぺたりと貼り付ける。


「よっしゃこーい!」

「行きます!」


 次の瞬間、ALAYAが伸ばした腕とさくらの額のチップの間にバチッ! っと雷のような光が奔った。


「ぎゃん!」


 さくらは短く声を上げると手足をピンと伸ばし、白目をむいてパタリと仰向けに倒れた。

 動揺したALAYAが空中でガクガクと上下動する。


「ああっ! しまった、まだ出力が強過ぎましたか」


 慌ててそばによると、青白い光がさくらを包む。


「ハア……なんで毎回この茶番をやるんだ……」


 ベルハイドはため息をつきながら言った。

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