21:文明
「ほっほっほ。さくら殿、首尾は如何ですかな?」
「ごめん長老、外で良い?」
長老宅を訪ねたさくらであったが、先ず玄関が立って入れるサイズではなかった。
腹ばいで上半身だけ、家の中に突っ込んでいるのだ。
ずりずりと後ずさりして長老宅から出ると、長老も付いてくる。
さくらは改めて、長老宅のすぐ脇、丘の上の大木の下に陣取って
その正面に長老が座る――が、さくらが自分の膝の上に座るように促した。
「おお、おお。お邪魔しますぞい」
長老はプルプルしながらさくらの膝をよじ登り、ちょこんと腰をかけた。
「して、この老骨と話したいことは何ですかな?」
「まず歴史からだね。暁と、プロメテウス」
長老が頷く。
「ふむ。最も古い伝承では、獣達の中から初めて毛民が生まれた時、既に巨神達は
「時代はかぶってないんだね」
「同じ種族であれば、毛民と獣は子を成した。そしてその子供は、毛民となった。そうして、獣は毛民と成っていったのじゃ」
このあたりはALAYAの映像報告にあった通りである。
「それが暁だね。プロメテウスはいつ頃現れたの?」
「獣が毛民と成る期間の半ば頃じゃな。わしらは、プロメテウスによって暦がもたらされた時節を
「わお。西暦ならぬ毛暦か」
ALAYAがさくらに言う。
「ハイパースリープのシステムが完成した当時、各施設では先ず学者系の人員が被験者になりました。博士と同じく、プロメテウスも最初期の被験者と言うことですかね」
「そうだね、だからプロメテウスの設定した期間は二百年だとおもう」
さくらは『あたしはウッカリ桁を間違えたけどな』と言いかけて、やめた。
長老が続ける。
「プロメテウスは実に様々なことを毛民に伝えてくれた。文明の興りじゃな。先程さくら殿は我々が毛民と成る時代を暁と言ったが、より正確には、文明の興りまで含めて暁と呼んでおるのじゃよ」
「なるほど。文明の暁という意味も込めて、か」
さくらは腕を組んで頷いた。
「ある程度はシロップちゃんに聞けたけど、プロメテウスが毛民達に何を伝えたか、そのあたりも教えてくれる? 彼が何を成したか把握した上で私から何を伝えられるか、考えたいんだ」
「さながら二代目プロメテウスじゃな。有り難いことじゃ。再び巨神と
さくらは少し笑う。
「そんな大げさなものじゃないよ。聞いたところだと『言葉』『火』『聖句』『魔法』。あと『弓矢』『釣り針』『車輪』に『土器』。んで、見たところ『農耕』もだね」
「然り。要は食の安定供給じゃな。『網』『鍬』。狩猟具と農耕具、それに伴う定住の思想」
農耕と定住により、人類は飛躍的に生存率が上昇した。
プロメテウスは、先ずそこを目指したという訳だ。
さくらは頷きながら集落を見渡す。
ここは集落一番の高台だ。農地、果樹園、養鶏場……先程見て回った施設が全て見渡せた。
そして高台の回りには、毛民達の住居が軒を連ねている。
「なるほど。そうか『定住』だから『住居』か。他には……」
「さくら殿、これじゃ、これ」
長老は外套をつまんでパタパタと靡かせた。
「あ、『服』? わかるけどさ、そこ行くか~って感じ」
人類は体毛が殆ど無いため、体温調節の役割として衣服が発達した。
衣服の登場は、人類がアフリカ大陸から世界に広がり始めた時期と重なると言われている。
つまり、衣服による体温調節が、寒冷地をはじめとした様々な環境への適応を促したという事だ。
対して毛民は体毛を持つため、衣服による体温調節はそれほど重要ではないはずである。
ALAYAが言う。
「確かに、服を真っ先に教えるのは意外ですね。おそらくですが、文化醸成の狙いがあったのかも……」
「そうだねえ、いかにも文化的だもんな、服ってやつは」
続けてALAYAが長老に聞く。
「先程『定住の思想』という話が出ましたが、そのほかの思想や概念……例えば『政治』についてはどうですか?」
「
ALAYAは頷き、さくらに言った。
「トップが居ないのであれば、共和政ローマの元老院っぽい体制と言えなくもないですかね」
「なるほど。となると、選挙制になっていくと良いのかも?」
「はい。現状の社会規模だと、集落の長老が代表と言うことで問題は少ないかも知れませんが」
長老はプルプルしながら笑った。
「ほっほっほ。巨神の社会でも似たようなやり方がありましたかな」
「はい。とても興味深いです。では『経済』については如何でしょう」
ALAYAの問いに長老が答える。
「ふむ。『お金』が流通しておるよ。物々交換では結局立ち行かぬ。汎用的に使える交換の単位は必須じゃな」
「通貨の流通……いつ頃から導入されたのですか?」
「冶金が始まった頃じゃな。『銅貨』の登場は、五百年前に『製銅』を成し遂げた後、しばらくしてからじゃ」
それを聞いたさくらが指をパチンと鳴らして言った。
「たんま。それだ。プロメテウスが亡くなった後に成し遂げた事が、沢山ある。技術の伝承全部、口伝じゃないよね?」
「然り。伝承は数多く、全てを口で伝えられる物では無い」
「じゃあ大事なのは『文字』だね。そしてそれを記す物。全てを成し遂げるまで見届ける時間がなかったら、『書物』で託した」
長老が楽しそうに笑う。
「ほっほっほ。流石、お見通しじゃの。もったい付けて済まんかった。話をここに繋げたかったんじゃ」
そのまま長老は大木の梢を見上げて声をかけた。
「ベル坊」
すると梢が揺れ、するりとベルハイドが飛び降りて来て、音も無く着地した。
見ると、木の筒のような物を抱えている。
「ありゃ、ベルハイド居たの!?」
「フッ……朝早く使いの者が来てな。書庫からこいつを持ってこいと」
そう言いながら木の筒をさくらに差し出す。
木で作られた巻物、
「ぬはー、木簡かあ!」
さくらは木簡を丸めている紐を解き、端を持ってバララっと広げた。
薄く細い木の札に文字がしたためられており、それが何本も紐で繋がれている。
札1本に文字1行、それを連ねて文章にしているのだ。
「相変わらずお前は伝承に興味をしめさんのう。困ったヤツじゃ」
「それより『ベル坊』はやめてくれって言ってるだろ、師匠」
木簡の内容を確認しようとしていたさくらが顔を上げて聞いた。
「ん? 師匠って?」
「ああ、師匠……フリーボーン長老は俺の剣の師匠なんだ。こう見えて昔は凄腕の剣士だったんだぜ」
「ほっほっほ、まだまだ若い者には負けはせぬわい」
それを聞いたさくらが目を輝かせて食いついた。
「おおー、長老ってばソードマスター的なポジションなんだ!かっこいい!」
話が逸れそうになり、すぐさまALAYAが止めに入る。
「博士。まずは木簡の方を」
「おっとと。えーとね。『こうして組んだ炉に、砂鉄と木炭を交互に敷き詰めて点火する。炉の温度を高めるために、送風口に
この木簡はちょうど製鉄のくだりのようである。
さくらは眉をしかめて、嘆くように言った。
「ううう。毛民サイズの木簡だから小さくて扱いづらいし、読みにくい」
「後世の書き写し、毛民の手による物ですじゃ。さくら殿には些か小さすぎますかな」
「書物は、ひょっとして『紙』かなーって期待してたんだけど」
「ふむ、『紙』も伝わっておるが、あれは漉くのに手間がかかるでな。各集落が蔵する伝承は、大抵が木簡じゃな」
横からベルハイドが興味なさそうに頭を掻きながら言った
「こんなので良ければ、書庫にどっさりあるぜ」
「なるほどね。その書庫って、あたし入れる? その、大きさ的に」
それを聞いた長老は改めてさくらの巨体を見やり、集落の外れにある書庫の入り口を思い浮かべた。
「いや、とても無理じゃな。運び出して貰おう。何処で読みなさるね?」
「ここじゃ駄目? 見晴らしが良くて気持ち良い」
「ほっほっほ。良いじゃろう。……と言う訳じゃ、ベル坊」
言われたベルハイドは、うへえ、という顔で返した。
「どういう訳だよ? だいたい、木簡いくつあるんだ。運ぶにしたって書庫にビッシリだったぞ?」
「大事な伝承を『こんなの』よばわりした罰じゃ、頼んだぞ」
「ちっ……」
ベルハイドは頭を掻きつつ、了承した。
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