19:宴酣
適度に酒が進むと、毛民達が楽器を取り出した。
弦楽器、打楽器、バグパイプのような管楽器、様々だ。
即興でセッションが始まり、軽快な楽曲を奏で始める。
そのリズムに合わせて手拍子が広がって行く。立ち上がって踊り出す者も居た。
さくらは大喜びだ。
これほど興味深いことがあろうか。
「おおお! 毛民の音楽! すごい、なんかケルト音楽っぽい!」
「五音音階ですね。博士の耳にも馴染みやすいのでは」
演奏が熱を帯びるに連れて、踊る者が増えてきた。
焚き火の周りに集まってきて、様々な種族が手を取り合い、輪になって踊る。
するとベルハイドが立ち上がり、スマートな姿勢でシロップに手を差し伸べた。
「オホン、『お嬢さん、僕と踊りませんか?』」
「ふふ、ボクって柄じゃないでしょ……。『はい。喜んで』」
シロップはその手を握って応えた。
二人は焚き火の前で向き合うと、リズムに合わせて軽快なステップを見せる。
そして手を取り合うと、息を合わせ、マントを翻して踊った。
体を動かすのが得意な二人の立ち居振る舞いは美しく、実に見事な舞である。
「いいぞ! ベルハイド! シロップちゃん!」
さくらが声援をおくる。
他の毛民も二人に負けじと、踊りが加速していく。
広場には笑い声と歓声が絶え間なく響いた。
さくらの席には専用の酒樽が設えられており、自分でどんどん注げるようになっていた。
ジョッキでは小さすぎるため、
それをぐいぐいと飲み干し、ALAYAに言った。
「絵に描いたような『宴』だね。こりゃ、楽しいわ」
「なによりです。私も楽しいです」
ALAYAも毛民達の演奏に合わせて、くるくると踊って見せた。
さくらの席には入れ替わり立ち替わり毛民達がやってきて、言葉を交わしていく。
特に興味津々なのが、子供達だ。それも当然だろう。童話やおとぎ話で語り継がれてきた、伝説の巨神だ。
色々な種族の子供達の一団がやってきた。
何と話しかければ良いかわからず、皆もじもじしている。緊張しているようだ。
無理もない。さくらは座っているが、それでも小さな子供達からすると見上げるような巨体である。
「うわ~、小さい。またとびっきり可愛い子達が来たな」
さくらは笑って、穏やかに問いかけた。
「みんなは、何を飲んでるの? 大人の飲み物は飲めないよね」
すると子供達は口々に、絞りたての葡萄や蜜柑の汁であると教えてくれた。
やはりアルコール発酵していない、新鮮な果汁。そして脳の変化のお陰だろう、みんな甘い物が好きなようだ。
さくらは微笑みながら手を伸ばし、小さな一団をひとまとめに撫でる。
この僅かなやりとりで、さくらがとても優しいこと、毛民を好きなことが感じられた。
安心した子供達が、わーっとさくらに飛びつく。
「どんと来なさ~い!」
子供達が白衣のポケットや、ワイシャツの中まで潜り込む。
肩や頭によじ登り、長い髪にぶら下がって遊びだした。
さくらは目を閉じて、感慨深げに言う。
「ああ~、
「え? 博士、その状態が幸せなんですか?」
ALAYAは思わず聞き返した。
なにしろ耳たぶや下唇にぶら下がる子供まで居るのだ。
「そらそうよ。AI研の動物番長なめんなよ」
「恐れ入りました。もう自称じゃなくて結構です。博士は動物番長であると認めます」
「ヨロシイ」
夜遅くまでさくらと毛民達は酒を飲み交わし、宴は続いた。
特に長老とマルメロは聞き上手で、毛民達が知りたいことを上手く聞き出してくる。
さくらもそれに応え、皆にも聞こえるように語るのだった。
巨神――人間のこと。
遙か昔の、高度な文明社会のこと。
自分は長く眠りについていたこと。
まだ目覚めたばかりで、これから色々調べたい。
特にあなた達、毛民に興味がある。
文化、風習、信仰。
そして、こちらから毛民に伝えられること、伝えたいことも沢山ある。
互いに教え合い、伝え合っていこう。
その言葉を聞き、毛民達からさざ波のように拍手が沸き起こり、やがて大きな歓声となった。
その歓声を浴びながら、さくらはALAYAに言った。
「てことで、明日から忙しくなるよ。サポートよろしくね」
「はい。承知しました」
さくらは満足そうに頷くと、大きな欠伸をしながら長老に言った。
「ふあ……私らはね、昼行性なんだ。流石に眠い」
「ほっほっほ。お休みになりますかな」
すると横からマルメロが口を挟む。
「何処で休んで貰うだで? 毛民の住居では、さくら殿に寝床を提供できるほどの広さはないですじゃ」
「ふむ、たしかにの。さて、どうしたものか」
さくらが笑う。
「にひひ。そこらの草っ原で寝るから、大丈夫」
長老とマルメロは顔を見合わせ、笑った。
「ヒョヒョ。
「ひとまず承知した。いずれ考えるとしましょうかの」
さくらはゆっくり起き上がり、のびをする。
広場まで来る途中、なんとも柔らかそうな草に覆われた斜面が至る所にあるのを見た。
暖かい気候。星空の下、草原に寝転ぶ。上等すぎるだろう。
なんなら、例えベッドを提供すると言われても、今日は草原を選びたい。そんな気持ちだ。
さくらは広場の皆に伝わるよう、声を張った。
「寝ます! みんな、また明日ね!」
それを聞いた毛民達がジョッキを掲げ、うぇーい! と声を上げる。
「おーう! また明日な!」
「俺らはまだ飲んでるぜー!」
「今日は潰れるまで行くぞ!」
主賓が退場しても宴が続くのが凄い。
さくらは笑いながらベルハイドとシロップに声を掛ける。
「じゃね、ベルハイド、シロップちゃん」
「うん、おやすみ」
「ああ。俺はもう少し飲んでいくわ」
さくらは二人に手を振り、広場を後にした。
子供達はさくらにしがみついたままだ。その母親達も付いてきた。
歩きながら、母親達が声を掛ける。
「さあさ、帰るわよ。おうちで寝ましょう」
「おりてらっしゃい!」
毛民達は夕方と明け方に活動し、真夜中と昼間に休む者が多い。
流石に子供は寝る時間という訳だ。
「やだー、さくらと居るー!」
「まだいいでしょ、お母さん」
白衣のポケットやワイシャツのボタンの隙間から子供達が次々と顔を出し、皆同様の主張をした。
さくらは苦笑いしながら言う。
「まあ、こんな非日常が起きたら、子供達は興奮しちゃうよね」
しばらく行くと、良い具合のなだらかな丘の斜面をみつける。
さくらはゆっくりと草原に腰を下ろし、横たわってから言った。
「ぬあー、ここだ。このなだらかな角度。最高だ」
場所が決まったので一度体を起こし、白衣、パンプス、ストッキングを脱いだ。
そしてワイシャツに手を入れ、ブラジャーのホックを外す。
スカートのウエストのホックも外し、ジッパーを少し下げた。
「さー、寝るでよ」
そう言って、ごろりと横になる。
ブランケット代わりに白衣を体にかけ、枕代わりに頭の後ろで手を組んだ。
すると子供達が声を上げた。
「わーい!」
「一緒に寝るー!」
子猫や子狸、子犬、アライグマやオコジョの子供。
皆、服をぽいぽいと脱ぎ捨て、白衣の下の潜り込み、体を寄せてくる。
さくらは感極まった声を上げた。
「ぬおおおお! モフモフ天国かこれは!」
それを見ていた母親達はため息を付いた。
「まったく、しょうがないわねえ」
「じゃあ、お母さんもここで寝ようかしら」
そう言うと次々服を脱ぎ、皆さくらの周りで丸くなる。
そしてすぐに寝息を立て始めた。
さくらは寝転がったまま苦笑し、ALAYAに言った。
「おおらかすぎない? どういう治安だ」
「皆、穏やかでおおらか。殆ど他者への悪意がない社会のようです。野外で女性や子供達が寝ても問題がないほどには」
「いやはや、恐れ入るねえ。負けてるな人間社会」
そう言って、笑いながら空を見上げる。
澄み切った夜空。満天の星空だ。
中天に乳白色の天の川が流れ、見る間に幾つもの流れ星が横切る。
「うわ……あ……」
さくらから無意識に、感嘆の声が漏れた。
こんな星空は初めて見る。
人類の文明が崩壊して二千年。空気汚染とは無縁の世界。
これが本来の、地上から見える星空か。
その美しい星空を見上げながら、さくらは想う。
自分は人類で最後の一人かも知れない。
いや、ひょっとしたら自分以外の生き残りがいる可能性もゼロではない。
しかし、人類という種を維持できるだけの、繁殖・発展が可能な人数は下回っているだろう。
そういう意味では、滅んだと同義だ。
しかしこの
文明は後の者がまた紡いでいくのだ。
――それなら、それで良いのではないか?
宴の続く広場の方から、毛民達の談笑が聞こえる。
心地よい楽器の演奏とリズムも耳に届く。
プロメテウスは絶望に打ちひしがれていなかったのではないか。
新たな文明と社会、その発展。これは希望そのものだ。
寝転がった胸の上でオコジョの子供が寝息を立てている。
何と可愛いのか。
毛並みの良い額を指先で軽く撫でてやりながら、ALAYAに語りかけた。
「ねえ、ALAYA」
「はい」
「上手く言えないけど、なんか……良い。凄く」
ALAYAは深く頷いた。
「それは、なによりです。そろそろお休みになりますか?」
「そうだね。ああ、草の上は気持ちいい。このまま寝るね」
「承知しました」
ALAYAは周囲のナノマシン、ユビキタスに働きかける。
より深く眠れるように気温と湿度を調整。そして少しの防音。
ついでに虫などがさくらに近付かないよう、計らう。
やがてさくらが寝息を立て始め、歴史的邂逅の夜は更けていった。
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