18:歓待
毛民達に案内されながら、集落の奥に向かう。
さくらもALAYAも、興味深く辺りを見渡しながら、石畳の道を進んだ。
道の左手には木造の小さな建物が並んでいる。
平屋造りで、屋根の高さはさくらの身長くらいだ。犬の家族が出てきて、さくらを見上げて手を振っている。
その後ろには林が広がっていた。
木々をよく見ると、いくつも扉と窓が付いている。栗鼠の住宅というわけだ。
道の右手は草に覆われたなだらかな丘だった。
丘の斜面に半分埋まったような住居がいくつもあり、扉と窓がついている。窓からは兎の家族が顔を出していた。
穴を掘って木材で補強し、住居に仕立てているのだろう。
多数の種族がそれぞれの特性を出しつつ暮らしているのだ。
ALAYAが感心しながらさくらに言った。
「これは凄い。異なる種族が集合し、暮らす。一属一種の人類文明ではお目にかかれない光景ですね」
「国や文化や宗教が違う、ってレベルじゃない。種族からして違うんだもんね」
「毛民の集落を直接見るのは初めてですが、成り立つんですね。こういう関係性」
さくらが深く頷く。
「だねえ。おおらかというか寛容というか……」
程なく集落の中心にある広場に出た。ここが宴の会場となるのだという。
毛民達は広場の中央に薪を井形に組み上げ、種火を持ち込んで、あっと言う間に焚き火を起こした。
流石はプロメテウスに火を授かった者達。人間以外が火を扱うのは、新鮮な光景だ。
火の周りを囲むように毛氈が敷かれ、皆腰を下ろす。
さくらとALAYAは大きな石に寄りかかれる特等席に案内された。
その左隣には長老、右隣は巨神探索の功労者であるシロップとベルハイドが座った。
そこに、若いかわうそに手を引かれて、丸々太ったアライグマが案内されてくる。
毛並みが良いので年齢がわかりにくいが、かなり高齢のおばあちゃんで、この集落で導師をつとめているという。
ベルハイドが声を掛けた。
「ばっちゃん、足腰弱ってるんだから無理するなよ」
「なんじゃ、大丈夫だで」
そういうと導師はさくらに歩み寄り、丁寧に頭を下げた。
「巨神殿、お初にお目にかかりますじゃ。導師のマルメロだで」
「おばあちゃん、はじめましてだで。『さくら』で良いですじゃ~」
独特の口調が可愛かったので、さくらは真似して答えた。
導師――マルメロが笑う。
「ヒョヒョ。さくら殿は楽しいかたのようですじゃ。
「にひひ。導師、まってました。聞きたい事沢山あるんだ」
横からALAYAが言う。
「博士、長くなりそうなので後回しにしてくださいね」
「わ、わかってるって、ALAYA」
そしてマルメロはかわうそに手を引かれ、長老の左隣に腰を下ろした。
ほどなくすると、広場に樽が運び込まれて来た。
樽の下の方にある注ぎ口に木のジョッキがあてがわれる。
毛民サイズの可愛いジョッキで、ショットグラス程度の大きさだ。
注ぎ口の上に付いたレバーが倒されると、ドボドボと飲み物が注がれる。
沢山用意されたジョッキに次々と飲み物が注がれて、皆へと渡されていく。さくらとALAYAにも供された。
ALAYAは飲むことがないものの、興味深そうにジョッキの上をゆっくり旋回する。
毛民達が言うには、これは葡萄の汁を保存しておいた物だそうだ。
それを聞いたさくらが片眉を上げてALAYAに言う。
「葡萄の果汁を保存? それアルコール発酵しちゃわない?」
「はい、アルコールを検出しました。お酒ですねこれ……大丈夫なんですかね?」
人類の歴史でも『酒』は古くから存在し、盛んに飲まれてきた。
酵母によって糖分が分解されてアルコールと炭酸ガスが発生するので、比較的容易に発見・製造に至る為だ。
ただそれはあくまで人類史においての話である。
人間の肝臓にはアルコール脱水素酵素があるので分解できるが、その酵素がない動物からしたらアルコールは毒でしかないのだ。
心配するさくらに、長老とマルメロが笑いかける。
「ほっほっほ。わしら毛民は昔から飲んでおるよ。もっとも、子供の飲む物では無いがの」
「ヒョヒョ。ババの大好物ですじゃ」
さくらとALAYAは顔を見合わせた。
「毛民に進化したときに体内の酵素も変化したって事? なんでそうなる?」
「彼等の体内には僅かながらパナケイアが受け継がれています。そちらが分解を手伝っている可能性もありますが、驚きましたね」
ややあって、皆に飲み物が行き渡った。
長老がジョッキを手に立ち上がり、乾杯の音頭を取る。
「さて、皆の者。このたび、巨神調査隊の尽力により、こうして毛民社会の長年の悲願である巨神の発見に至った訳じゃが。そもそも毛民と巨神の関わりは遙か昔――」
これ長くなるやつだ……と、さくらは思った。
するとすかさず、毛民達から声が上がる。
「長老!前置きはいいって!」
「良いからほら!」
皆ジョッキを掲げて揺する。
長老は少し不満げな顔をして、言った。
「良いところじゃったのに……では、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
歓待の宴の始まりである。
皆でジョッキを打ち付け、酒を煽った。
さくらも小さなジョッキを摘まむと、手を伸ばしてベルハイド、シロップ、長老、マルメロとジョッキを合わせた後、キュッと一口で飲み干した。
少し酸味が強いが、立派な葡萄酒だ。
ALAYAが聞いてくる。
「如何ですか?」
「ん、いけるいける。量が足りないけどね」
「私の分もお飲みください。空いたジョッキはこちらにどうぞ。都度、注いでまいります」
そうこうしているうちに料理が次々と運ばれ、焚き火を囲むように並べられた。
色々な種族がいるからだろう、様々な食材が使われている。
どれも見事な調理で、毛民の食文化の成熟ぶりが窺える物ばかりだ。
草食のシロップはサラダと野菜スープ。
肉食のベルハイドは鳥や魚の料理を取り分ける。
そして丁寧に手を合わせ、目を瞑って『いただきます』と言った。
深々と頭を下げる。
見ると長老やマルメロも、いや、宴のすべての参加者が、同じように深々と頭を下げている。
人間社会でも食事前に『いただきます』を言う文化はあったが、毛民達のそれは形骸化せず、きちんと感謝を込めているように感じられた。
さくらが感心したようにベルハイドに言った。
「食べる以外の殺生はしない、か。そして食べるときには、深く感謝をするんだね」
「そりゃな。命をいただかないと、生きていけないんだ。感謝もするさ」
それを聞いたALAYAが頷きながらシロップに聞く。
「草食であるシロップも、同じように感謝をするのですね」
「あら。勿論よ。野菜だって生きているもの」
「なるほど。仰るとおり」
さくらはきょろきょろと料理を見渡した。
食べられそうな物はあるだろうか。
なるほど獣肉は使われていない。
野菜以外の料理は、鳥や卵、魚、それから蛙や蛇、芋虫などが材料のようだ。
「うおお、蛇と芋虫は抵抗ある~。ここは安定の魚で」
そう言って魚料理を取り分けて、毛民に倣って深々と頭を下げてから、口に運ぶ。
川魚だ。味付けは控えめだが、素材の味が引き出されていた。
「おお、美味しいじゃん!」
嬉しそうに言う。
それを見ていた隣の長老が笑った。
「ほっほっほ、お口に合いましたかな」
「うん。凄い食文化、驚いたよ。思ったより、火を通した料理が多いんだね」
「然り。プロメテウスによって火がもたらされた毛民の食は、多様化の一途じゃ」
さくらは頷いた。
火を通した食事が多くなるとビタミン不足にならないか気になったが、もともと動物は人間と違い、体内でビタミンCを合成できるのである。
なので理にかなっているのかな……と思った矢先、ベルハイドが野菜スープをよそってきて、ぐいと飲み干すのが目に入った。
「ちょ、ベルハイド、野菜大丈夫なの?」
「んあ? 変なことを言うんだな。野菜も美味いぞ」
ベルハイドはそう言いながら小麦粉を練った茹で物――ようするにパスタ――をヒョイと口に入れた。
「ぎゃー! ネコチャンがそんな色々食べたら、お腹がピーピーに……!」
「なんなんだ、さっきから。いつも食ってるぞ、この辺は」
言われたさくらは唸りながら両手で頭を押さえた。
「ぐんぬぬぬぬ……あ。まてよ」
何か気付いた様子でALAYAに言う。
「これ多分、脳の変化があったから、かな」
「なるほど。言語野が発達し、より多くのブドウ糖が必要になった。それをトリガーに消化の仕組みも変わったと」
「うん。だから炭水化物も食べるし、野菜からビタミン摂取するし、お酒も飲める、てことかも」
「食性の変化……地味に一番大きい変化かもしれませんね」
動物の体内でビタミンCが合成される場合、材料となるのはブドウ糖だ。
だがブドウ糖は、発達した脳の働きに必要不可欠であり、そちらでどんどん消費される。
動物たちが毛民に進化したとき、ビタミン不足にならないよう、消化能力に変化があったのではないか。
はー、と息を吐いたさくらは、シロップの方を向いて言った。
「まさか、肉は食べないよね?」
「あはは、食べない、食べない。兎は草食だもの」
そう言いながらシロップはパスタを口に入れ、ジョッキのお酒をくいっと煽った。
「見事な飲みっぷり。肉食の毛民に限らず食性の変化が起きているようですね」
ALAYAがカタカタ笑った。
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