17:到着

 日が傾いてきた。

 茜色に染まりつつある空を、渡り鳥の群れが飛んでいる。


 さくらはフローターを器用に操作し、鳥の群れに近づいて速度を合わせた。

 そうすると、鳥と一緒に飛ぶ形となる。今にも触れそうな距離だ。


「わあ、夢みたい」


 シロップは手すりの隙間から鳥の群れに手を伸ばして言った。

 さくらは微笑みながらシロップを撫でる。


「ねえ、シロップちゃん。私達ってさ、言葉が通じるじゃない?」

「うん……え? どういうこと?」

「同じ言語を使っているね、って話」


 シロップはさくらの言いたいことを理解し、答える。


「あ、それはね――」

「まって、当てさせて。かつて毛民に、言葉を伝えた巨神が居たね?」

「おお~。よくわかるわね。そう、私達はその巨神を『プロメテウス』と呼んでいるの」


 さくらは指をパチンと鳴らした。


「ビンゴ~」


 ALAYAもわかっていたようだ。


「ですよね。博士以外にも大戦後にハイパースリープから目覚めた者が居た」


 これは巨神の谷以外にもトウテツの被害を免れた施設が存在したことを意味する。

 さくらは少し笑いながら言った。


「プロメテウスとは、ぴったりだね。自称だよね?」

「うん、そう名乗ったと伝えられているわ。何か、意味のある言葉なのかしら?」

「先の知恵を持つ者……というような意味になるかな。文明を授ける神様の名前だね」


 シロップはベルハイドと顔を見合わせた。

 ベルハイドも話に加わる。


「まさか、意味のある言葉だったとはな。単なる名前かと思ってたぜ」

「なかなか洒落てるよ。プロメテウスが伝えたのは、まず『言葉』。それからやっぱり『火』かな?」

「ああ。そして『聖句』と『魔法』だな」


 さくらは、はいはいと頷いた。

 毛民が使う魔法については、ALAYAからの報告で把握している。


「なるほど、早いうちにナノマシンの使い方を教えるか。文化的な所はどんな感じ? 道具とか、概念とかさ」

「ん、すまん。伝承になると俺は全然だ。爺さん達の話は退屈でな」

「ありゃ」


 シロップがクスクス笑って助け船を出した。


「伝承によると『車輪』『弓矢』『釣り針』などね。あとは『土器』とか。詳しくは、長老に聞くと良いわ」

「ははあ~。良いところ突くなあ。めちゃくちゃ効率的。まるで文明化のRTA(リアルタイムアタック)だ」

「プロメテウスはことあるごとに『時間が無い』『この世界は我々が住めなくなってしまった』と言っていたそうよ」


 それを聞いたさくらは目を閉じて、眉をしかめて言う。


「……ぐぬ。ペイルライダーか……」


 ペイルライダーによる病は、死に至るまでに個人差がある。

 体内のパナケイアと拮抗すれば、数年持つこともあるのだ。

 しかし、体内で増殖したペイルライダーはやがてパナケイアの治癒力を超え、結局は死に至る。


 目が覚めたとき、文明はすっかり崩壊し、ペイルライダーが残っていた。

 どれほどの絶望であったか。


 ALAYAがさくらに言う。


「限られた時間でも腐らず、毛民達に知識を伝えることに全力を注いだ……立派なかたですね」

「うん。もしもALAYAと出会えていたら、救えてた?」

「タイミング次第です。ワクチンナノマシン開発前でしたら、流石に手の打ちようがありません」

「そっか……」


 さくらは目を開き、ベルハイドとシロップを撫でた。

 この可愛い毛民達との交流と文化の発展が、プロメテウスの希望となっていたのだと、願わずには居られない。


 そしてそれは、さくらも同様なのだ。


 おそらく人類最後の一人である自分は、何に希望を見出し、何をすべきか。

 人類が積み上げ、成し遂げたこと。あるいは道を誤り、失敗したこと。それを後に続く者達に伝えることではないか?



 その時、不意に視界が拓けた。

 山岳地帯の終わりが近づき、南に平野部が広がっている。


 ベルハイドが近くの峠を指差して言った。


「あれが一本松だ。あっという間だったな……」


 あきれたような、感心したような言い方だ。

 こんなフローターがあれば、旅は格段に楽になるだろう。


 さくらがシロップを撫でながら言う。


「シロップちゃんの集落は後で良いかな? 必ず行くからさ」

「あ、うん。大丈夫。別動の隊と、陽だまり集落で落ち合うことになっているの」

「おっけー。じゃ、まずはベルハイドの集落から。毛民の文化、見せていただきましょう!」



◇◇◇



 夕方。

 陽だまり集落の見張り台。


 ムササビの男が暇そうに交代の時間を待っていた。


 ――ふと、妙な胸騒ぎというか、僅かな気配に気が付き、茜色に染まる空を見上げる。

 すると集落の上空に何か大きな物が浮かんでいるのを見つけた。


「なんだ、あれ……」


 瞬時にただ事ではないと察し、見張り台に吊されている銅の鐘を、木の棒でガンガン叩く。

 集落中に鐘の音が鳴り響き、毛民達が何事かと家屋から出てきた。


 見張り台の上でムササビが空を差し、大声でわめいている。

 それで皆一様に空を見上げ、浮かんでいる物体に気が付いた。


 それは大きく、丸い形をしており、四つの足が生えている。

 そしてそれぞれの足の先に、円い筒のような物が付いていた。


 それが飛ぶでもなく、落ちてくるでもなく、ゆったりと空中に静止しているのである。

 いや、静止ではなく徐々に降りて来ているのか。

 いずれにしろ初めて目にする物だ。


 毛民達にどよめきが広がる。


 すると、降りて来る物体から小さな影が身を乗り出すのが見えた。

 手を振りながら何やら叫んでいる。

 良く聞くと『おおい、俺だ、俺だ』などと言っているようだ。


「うん? この声、ベルハイドじゃないか?」


 誰ともなく声が上がった。

 それを聞いた皆が目を凝らすと、確かにベルハイドだった。


「あ、本当だ。ベルハイドだ」

「何やってるんだあいつ。護衛に出かけたんじゃなかったか」

「乗ってるアレは、なんなんだ……?」


 口々に言う。


 ベルハイドが乗った謎の物体は、見る間に高度を下げてくる。

 どうやら、集落の入り口のすぐ外、拓けた場所に降りるようだ。


 調査隊の護衛で出かけたはずが、謎の物体に乗って帰還するとは。

 一体どういう事なのかと、毛民達はぞろぞろと集落の外に出て、ベルハイドを迎える。


 程なくして、ベルハイドの乗った物体が着陸した。


 すると皆、同時に気が付いた。下から見上げていた時はわからなかったが、ベルハイドの他に、調査隊長であるシロップと、それを抱き上げる見慣れぬ者が乗っているではないか。


 初めて見る者だ。なんという巨大な体躯だろうか。

 真っ黒で美しく、長い髪。それ以外は殆ど毛が生えておらず、地肌が露出している。そして見るからに洗練された服装。


 ティ、ティ……言い淀んだ声が広がる。


「「「巨神ティターンだーっ!?」」」


 毛民達が、揃って驚愕の声を上げた。

 さくらはそれに応えるかのように、にこやかに、張りのある声で言った。


「毛民の皆さんこんばんは~! はい、巨神の『さくら』です! よろしくね~!」


 おおおおお、と歓声が上がり、拍手が巻き起こる。

 ALAYAが言った。


「大人気ですね、博士」

「にひひ、よかった、歓迎してくれるみたいね」


 そう言ってさくらは大勢の毛民達を見渡した。

 犬、猫、栗鼠、かわうそ、兎、ムササビ、アライグマ、狸……多くの種が混在している。


「はっはー。皆可愛いのう。ベルハイドには否定されたけど、ある意味やっぱり天国、かつメルヘン王国だぞ」


 さくらはフローターの手すりを開き、左腕でシロップを抱いたまま、右腕でベルハイドをひょいと抱き上げる。

 ベルハイドは『いちいち抱っこしなくて良い』などとブツブツ言うが、さくらは意に介さず、二人を抱きかかえたままつかつかとフローターを降り、地面に降り立った。


 するとフローターの背中――さくらが立っていたあたり――が開き、いつのものドローンタイプのALAYAが出てきた。

 それを見たさくらが言う。


「おお? マトリョーシカみたい」


 言われたALAYAがカタカタ笑った。


「はい。フローターでは小回りが利きませんし、腕時計では出来ることが限られますからね。お仕えするには、結局ドローンが便利なのです」


 そうこうしていると、毛民達の間から小柄な者が歩み出た。

 杖をつき、ざっくりしたローブを纏っている。プルプル震える、チワワの老人。陽だまり集落の長老である。


 ベルハイドとシロップが言う。


「あ、長老」

「ああ。うちの長老だ」


 長老はプルプル震えながら、感慨深げに言った。


「お、お、お。まさか生きている内に巨神にまみえるとは。長生きはしてみるもんじゃの~」


 そして優しい笑みを浮かべながらシロップに言う。


「巨神調査隊長、シロップ殿。見事に役目を果たされましたな。こやつはお役に立てましたかな?」


 さくらは小柄な長老に威圧感を与えないように膝を付くと、シロップをおろした。

 シロップは長老に歩み寄ると深々とお辞儀をする。


「色々ありましたが、このとおり巨神を発見することが出来ました。陽だまり集落が誇る剣士、ベルハイドの護衛のおかげですわ」

「ほっほっほ。なにより、なにより」


 するとベルハイドが巨神に抱っこされたまま、キメ顔で皆に告げる。


「詳しくは後で話すが、丁度長い眠りから覚めた時に出逢うという幸運にめぐ――にゃはあああんッ! さ、さくら! 尻を撫でるなと言うのに!」

「にひひ、何か格好付けてたから、つい」


 さくらは笑いながらベルハイドをおろした。

 ベルハイドは咳払いする。


「オホン、なんというか、この調子なんだ。好意的なのは良いんだがな」


 それを聞いた長老は改めてさくらの方を向き、お辞儀をした。


「巨神殿、さくら殿でよろしかったかな。お初にお目にかかる。陽だまり集落の長老、フリーボーンと申す」

「はい、よろしくね。フリーボーン長老」


 そういってさくらは右手を差し出す。


「些か長いでな、単に長老と呼んでいただければ結構」


 そう言って長老は差し出された手の指を握り、ひょこひょこと上下に振った。

 握手の習慣があるようだ。

 さくらはくぅ~っと唸って天を仰ぎ『小さい……可愛い……』と呟いた。


 長老が笑う。


「ほっほっほ、このような老骨を可愛いとな。ともかくじゃ、集落をあげて歓待せねばなるまいて」


 そして集落の皆の方に向き直り、言った。


「皆の者、宴の準備じゃ」


 わーっ! っと大歓声が上がった。

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