16:問答

 風を切りながらフローターが飛行する。

 さくらがシロップの頭を撫でながら声をかけた。


「毛民はさ、自分たちが急激に進化したことをどう捉えているの?」

「ええとね、そこは『道を示された種族が暁を迎えた』という表現をするわ」


 不思議な言い回しである。

 シロップが続ける。


「例えば鳥は毛民になっていない、なので鳥は道を示されていない、とかね」


 鳥類は除外……さくらが呟く。

 線引きは何処にあるのか? 考えを巡らせる。


 ALAYAから報告にあった映像記録を思い出すと、犬やいたち、狸の毛民は居るようだ。

 そしてベルハイドとシロップ、猫と兎。


 共通するのは少なくとも胎生、真獣類に属する動物。


「ふむふむ、要は『卵を産む者は毛民になっていない』。で合ってる?」

「合ってる、けど――」


 ベルハイドが口を挟む。


「直接子を産む者でも、毛民になっていない種族はいくらでも居るぞ」

「そうなの? 例えば?」

「馬や牛、豚、鹿とかだな。それらは道を示されていない」


 さくらは少し考えてから言った。


「うーんと、さっきから話に出てる『道を示された』って、何にさ?」

「そりゃ、『道を示す者』にさ」


 さくらの目がぱっと輝いた。


「そうか、宗教的な言い回しなんだ! 毛民達の信仰! 聞きたーい!」

「ふふ。各集落には導師が居るわ。興味あるって言ったら喜んで説法してくれるでしょう」

「ど、導師! たまらん」


 興奮するさくらを、ALAYAが諫める。


「博士、そこは後回しにしましょう」

「うは、ごめんごめん。えーと、なんだっけ――」


 さくらは興味がわいたことにグイグイ行くので、放っておくと話が逸れがちなのだ。


「そうだ、馬とか牛の話だ。てことは奇蹄目と鯨偶蹄目は除外か」

「不思議ですよね。その辺りは猫と同じローラシア獣類なのに、除外されている」

「うん。分類的には食肉目の猫と真主齧しんしゅげつ上目の兎の方が、よっぽど遠いと思うんだけど。どういう基準なんだろう」

「基準と呼べる物が存在するのかどうか。……それはそうと博士、専門外なのに随分お詳しいですね」


 ALAYAが感心したように言うと、さくらは得意げに笑う。


「にひひ。だって動物、好きだもの。AI研の動物番長とは、あたしの事だぜ~」

「あれ? 渾名は『うっかり番長』でしたよね? 『動物番長』ってよばれてましたっけ?」

「自称だよ。なんだよーう。いいだろー」

「承知しました」


 続けてさくらは『霊長類も居なくなってしまったから除外』と言おうとして、その言葉を飲み込んだ。

 暴走したペイルライダーは人類のみならず、霊長類全体を攻撃対象にしたのだ。


 ニホンザルは勿論、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン……世界中の類人猿がなすすべも無く滅んで行った。

 人類の争いとは無関係の、可哀想な動物たち。


 何故あんなにざっくりとした括りで攻撃対象としたのか。

 遺伝子疾患や遺伝子変異の人間も漏らさず対象にする殺意によるものか、人類は所詮猿であるという悪意でも込められていたのか。

 今となってはわからない。


 さくらは考えながら、二人に聞く。


「その他の真獣類……キリンは鯨偶蹄目だし……あ、ゾウとかライオンは?」

「きりん? ぞう? シロップは知ってるか?」

「聞いたこと無いわね。らいおんも含めて」


 それを聞いたさくらとALAYAは顔を見合わせる。


「ありゃ。動物園組は生き残れなかったのか?」

「自然繁殖できなかったみたいですね。少なくとも日本では。気候が異なる地で、人間の保護と飼育もなくなり、そもそもの個体数も少なかった。仕方ないと言えば仕方ないですが」

「じゃあ取り急ぎ確認できるのは、飼育数の多かった家畜動物、ペット動物、もとから日本にいた野生動物くらいかな」

「そうなりますね」


 野生、野生……さくらは呟き、ベルハイドに聞いた。


「豚が対象外ってことはイノシシも除外だよね。えーと、熊は? ツキノワグマ」

「イノシシも熊も、獣のままだな」

「え!? 熊除外?」


 さくらは大きな声を上げた。かなり意外だったようだ。

 シロップがさくらを見上げ、不思議そうに訪ねる


「どうしたの?」

「熊は食肉目なの。兎のシロップちゃんよりよっぽど、猫のベルハイドに近い仲間。それが『道を示されていない』」


 さくはしばらく考えてからALAYAに言った。


「なるほど、毛民になる、ならないの基準や線引きは、多分存在しない。これってひょっとして――」

「人為的、例えば遺伝子操作の類いと仰りたいのですか?」

「まあ……」


 大戦中に、何者かが動物たちの遺伝子を操作するナノマシンを散布したのではないのか。


 どの動物を進化させるかの選択は、制作者の趣味なのか、全ての種族への対応が難しかったのか。

 いずれにしろ毛民達の勃興は自然現象では無く、作為的な人工進化だったのでは……さくらはそう考えたのである。


 するとALAYAが言う。


「なるほど。一方で私は、別の可能性もあるのかなと考えています」

「ALAYAは、この進化が自然現象だというの?」

「生物進化の歴史において、進化の中間にある生物の痕跡が見つからないことは、珍しくありません。種族は突然現れる」


 さくらは唸った。


「うーん、確かに『カンブリア爆発』は自然淘汰じゃ説明できないけどさ~。知能の獲得というレアケースが、そうそう起きるかなあ」

「私はそこを逆に捉えています。ちょっと遺伝子操作したくらいで、動物が知能を獲得できますか? そんな事が可能なら、博士は私を産み出すのに苦労なさらなかったのでは?」


 言われたさくらは髪をワシャワシャした。

 知能。意識。自我。言語能力。ALAYAを産み出すのに、どれだけ苦労したことか。

 身に沁みていた。


「ぐおおお、それはそう。な、ん、だ、が~。やっぱり不自然だって、こんな事。あり得ないよ」

「カンブリア紀をはじめ、生物進化の歴史で何が起きてきたのか。これまでは化石から類推するしかなかった訳ですが、毛民のケースは初めてまともに観測された『神の御業』なのかもしれませんよ」


 それを聞いたさくらは顔を上げて感慨深げな面持ちで言う。


「はっはー。科学の申し子であるALAYAが、そんなこと言うなんて」

「おかしいですかね?」

「いやいや、あたしゃ感動してるんだよ」


 そう言うとさくらは首をかくっと傾け、は~~っと長いため息をついて嘆いた。


「人為的にしろ神の御業にしろ、熊さん除外するかよ普通~。ああ、熊のプ○さんに逢えるかと思ったのに……」


 フローターによる飛行に慣れてきたベルハイドはさくらの肩までよじ登った。

 猫は高いところが好きなのだ。ここからだとさらに良い眺めだ。

 そのままさくらの肩口にちょこんと腰掛けて聞いた。


「なんだ、プ○さんって」

「いやいや、こっちの話」


 そういいながらさくらはベルハイドの尻尾の付け根に手を伸ばすが、その手をペシッと叩かれる。

 ALAYAがカタカタ笑いながら言う。


「博士、古典のネタはほどほどに。怒られますよ」

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