15:飛翔
エレベーターの扉が開くと、ALAYAは得意げに言った。
「博士のお目覚めに併せて設置しました。さあ皆さんどうぞ」
「ありがと、ALAYA」
さくらはそう言って、ベルハイドとシロップもエレベーターに乗るように促した。
全員乗り込むと、シュッと扉が閉まる。
スルスルと地上階に上昇を始めるが、感覚の鋭い毛民二人は何が起こっているかすぐに察した。
「昇っている……! なるほど、ショーコーキ。階段を使わずに昇り降りする機構、か」
「凄い、これは便利ねえ」
瞬く間に神殿の一階に着く。
扉が開くと、さくらはホールと廊下を見渡して言った。
「全部石造り。これは雰囲気変わるというか、趣があるね」
「如何ですか、この意匠」
「うん、歴史のある銀行とか、ヨーロッパの建築みたいで格好良いよ」
さくらに褒められたALAYAはぐるぐると旋回する。
またイッたりしないかと、心配になる勢いだ。
「さあ、外はどうなってる」
さくらはそう言うと、歩を早めた。
石の床に靴の踵の音を響かせながら、大股で廊下を歩いて行く。
早く外が見たいらしい。
ベルハイドとシロップも早足で続いた。
神殿から外に出ると、午後の日差しである。
さくらは眩しそうに目を細めた後、きょろきょろと辺りを見回した。
先程のALAYAはエレベーターホールに残り、神殿の周囲を見張っているALAYAの内の一体が、スイッと寄ってくる。
勿論ALAYA同士で情報が同期されており、さくらもそれを承知していた。
「はっはー、なるほど。この辺の建物全部オジャンだ。これってトウテツの影響じゃないんだよね?」
「はい。単純に鉄筋コンクリートの耐用年数の問題ですね」
「うーむ。パンテオンに負けとるやんけ」
パンテオンとはローマ帝国時代の古代コンクリート製の神殿で、さくらが眠りについた二十一世紀後半にも残っていた、著名な建築物である。
ローマ帝国時代から少なくとも二千年以上、健在だった訳だ。
さくらの時代の鉄筋コンクリート制の建築物は、それより耐用年数が短かかったという事になる。
「そうですね……コンクリートの中性化とひび割れで鉄筋まで雨水が染み込むと、結構ガタガタ~っと行くんですよ」
「メンテナンスの有無にも左右されるんだろうけど……おおっ!?」
さくらが何かに気付き、大きな声を上げた。
ベルハイドがさくらの視線の先を見ると、手すりの付いた丸いお立ち台(?)が置いてあった。
神殿に訪れた時はこんな物は無かったから、ALAYAが運んできた物だろうか。
「これがALAYA謹製の、最新のフローター! かっこいい!」
「恐れ入ります」
ベルハイドとシロップからすると、初めてお目にかかる代物だ。
なんとも奇妙な台で、さくらが一人立てるくらいの大きさがある。
台からは四つの足が伸びており、それぞれの足の先に筒のような物が付いている。
ベルハイドが筒をのぞき込むと、ALAYAの羽を大きくしたような物が見えた。
この羽も高速で回転するに違いない。
ベルハイドは数歩下がり、改めて台の全体像を見る。
この台が何かに似ていると思ったが、要するにALAYAに似ているのだ。
ALAYAを大きくして、その背中にさくらが立てるような形だ。
「おいおいおい、こいつはまさか……」
そう言ってさくらを見ると、つかつかと台に乗るではないか。
「ベルハイドとシロップちゃんも、おいで~」
さくらは、そう言って手招きする。
二人は台に乗り込み、さくらの足にしがみついた。
左足にシロップ、右足にベルハイド。
シロップが言う。
「私も察しが付いた……けど、嘘でしょ? そんなことあり得るの?」
さくらは乗り込み口の手すりを閉めながら、ALAYAに声を掛けた。
「じゃあ行ってくるよ、ALAYA。留守はお願いね」
すると、手すりに取り付けられた四角い端末からALAYAの声がした。
「あ、私も一緒に参ります。勿論、留守の方もきちんと見ておきます」
「ぬお!?」
「はい。このフローターも私です」
直後にさくらの腕輪からも声がした。
「ついでに腕時計も私です」
さくらは愉しそうに笑った
「にひひ。やるじゃん。諸々補助をよろしくね」
「勿論です。私が操縦しましょうか?」
「いったん、こっちでやってみるよ」
先程の『報告』には、このフローターの基本的な構造と操作マニュアルも含まれていた。
この最新のフローターを、試したくてしょうがないのだ。
「はっしーん」
そう言って端末を触ると、四つの筒から激しく風を切る音がする。
強い気流が発生し、フローターはゆっくりと宙に浮き上がった。
「きゃああ!」
「うおおおおお! と、飛んでる、飛んでる!」
シロップが悲鳴を上げ、ベルハイドが無意識に爪を出す。
「いだだだ、ストッキングが伝線しちゃうよ、ベルハイド」
さくらは笑ってベルハイドを撫でながら、続けて言った。
「まだホバリングだよ。浮いてるだけ。飛ぶのはこれから」
「な、な、なれてる感じだが、こんなふうに飛んだ経験あるのか?」
「あるよ~。この手のフローティングマシンは、眠りにつく前には割と一般的だったからね。もっとも当時はエンジン駆動が主流だったけど。これがモーターとバッテリー駆動なのは驚きだ」
端末からALAYAの得意げな声がする。
「バッテリーも研究を続けていましたからね。全固体電池から四世代ぐらい技術革新しています。報告にはそのあたりの技術を含んでいませんでしたが、バッテリーとかお好きでしたっけ?」
「うわー、いいや、あんまり興味ない。あたしはほら、興味があることにはとことん集中できるけど、そうでない物には、なんともね」
「博士らしいですね」
さくらが端末を触る。
画面上の様々な表示を指で触ることが、フローターへの指示になっているようだ。
するとフローターはぐんぐん垂直に高さを増していく。
みるまに神殿を囲む崩れかけた建造物の高さを越え、一気に視界が拓けた。
さくらが目を細めてALAYAに言った。
「これが二千年後の世界……別物だね」
見渡す限りの大自然だ。
巨神の谷は山岳地帯にあるのでそれなりに標高があり、さらに上空に居るので、遠くまで見通せる。
澄み渡った空に雲が流れ、遠くを白い鳥の群れがゆっくり飛んでいくのが見えた。
「はい。人類が築き上げた物は、ほぼトウテツに食い尽くされました。その上ペイルライダーによって誰も居なくなり、さらに二千年経つと、こうなるわけですね」
「まったく、あの二つの組み合わせは……」
そう言ってさくらは眉をひそめながら、雄大な景色をゆっくりと見渡した。
すると何かに気が付き、ぱっと表情が明るくなる。
「ああー、あれ富士山でしょ。で、あの辺が箱根だ。大体わかると言えばわかるな」
「はい。地形は概ね、変わっていないですね」
さくらは二人に声を掛ける。
「集落は南だっけ? ここから目印になる地形とか見えたりする?」
「うん、私の集落もベルハイドの集落も、南の方だけど……」
「目印というと一本松峠か。いや、見えるかな。かなり距離があるからな」
ベルハイドが南を向いて目を凝らす。
すると少し間を置いて、ALAYAが言った。
「南方面の山頂および峠に、大きな針葉樹がある地形。該当する候補は三カ所。画面、出ます」
端末に画像が映し出される。
「ベルハイド、どれが一本松峠?」
さくらはベルハイドを抱き上げると、端末の画面を見せた。
ベルハイドは画面を見る前に、眉をひそめてさくらを見上げながら言う。
「いや、さくら。抱っこされなくても見えるんだが。抱っこしたいだけじゃないだろうな?」
「なんだよーう。良いじゃんかよー」
ベルハイドはやれやれと呟いて、画面を見る。
「なんだ? これは絵なのか? どういう仕組みだ」
「簡潔に説明するの難しいな。えーと、要するにALAYAは遠くまで見ることが出来て、見た景色をここに映し出せるの」
下から見ていたシロップが画面を指差してベルハイドに言った。
「あ、これ?」
「ああ。これだ。この右下の絵が、一本松峠だ」
すると一本松峠の画像が明るくなり、ALAYAが言う。
「目的地に設定しました。自動運転に切り替えたい場合はいつでも仰ってください」
「おっけ~、じゃ、向かうとしますか!」
そういってさくらが端末の表示をヒョイヒョイ触る
すると四つの筒が傾き、南に向かって飛行を開始した。
なめらかに加速していく。
「うおお、飛んでる! 今度こそ飛んでる!」
「にひひ。大丈夫だよ、ベルハイド。はい、爪出さないでね」
さくら笑いながらベルハイドを下ろし、右足にしがみつかせた。
「おお……『示す道に幸あれ』……落ちたりしないわよね!?」
シロップは目をつぶって何やら祈るような言葉を言った。
端末からALAYAが応える。
「決して落ちません。安心してください」
さくらは目を細めて伸びをし、首を少し振って髪を風に靡かせた。
「ああ、気持ちいいねえ……」
空の旅! ベルハイドとシロップからすると未知の体験だ。
眼下をスルスルと景色が流れていく。
これならあっという間に集落に戻れそうだ。
「なあ、シロップ」
ベルハイドがシロップに声をかける。
「うん?」
「俺さ、来る途中『巨神はほんとに神と言えるほどの存在だったのか懐疑的だ』って言ったよな」
「言ってたわねえ」
頭を掻きながら言う。
「撤回するわ」
「ふふ、これはびっくりよね」
午後の日差しの中、晴れ渡った空を、フローターが横切っていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます