14:進化
さくらとALAYAのやりとりを聞きながら、シロップは膝の上のベルハイドの頭を撫でている。
「凄いわね、聞いていても何のことやら、全くわからない」
「ああ。言語は同じなんだろうけどな。単語が全部わからん……まだかかるのかねえ」
ベルハイドは、くぁ……と大きな欠伸をした。
撫でて貰うのが気持ちよく、喉がごろごろ鳴っている。
こういう時の猫は分かりやすい。シロップは笑いそうになるのを堪えた。
一方、さくらとALAYAの話題は毛民に移っていく。
「でも一番の
チラリとベルハイド達の方を見たと思ったら、急に大声を上げた。
「ああああ! イチャイチャしとる! 膝枕しとる! え、なに、尊い!」
指を差して大騒ぎだ。
ベルハイドはパッと起き上がって、ばつが悪そうに咳払いをする。
「オホン、邪魔が入った」
「あはは、見つかっちゃったわね」
シロップは座ったまま器用にススス……と距離をとった。
さくらの大騒ぎは止まらない。
「ぬあー、離れちゃった! 動画取り損ねた! アップしたかった!」
「博士、落ち着いてください。まずアップ先がありませんし、アップしたところで見る人が居ません」
シュッと床から石の柱が突き出された。
見ると、上に水の入ったコップが置いてある。
さくらはコップをパシッと取り、一気に水を飲み干した。
「ぷはあ、ごめんごめん。水ありがと、ALAYA」
「いえいえ」
少し落ち着いたようだ。
コップを柱の上に戻すと、床にシュッと消えていった。
「えーと、なんだっけ。膝枕が尊すぎて、何を話そうとしてたか、飛んじゃった」
「はい、『まさか人類以外に言語』と言いかけていました」
さくらがぽん、と手を叩く。
「そうだ、人類以外に言語を話す生物が現れるなんて、一体何事かとね」
「はい。私は介入するべきでは無いと判断し、見守るだけでしたが……かなり性急な進化でした」
「うーん……」
さくらは報告を受けた脳内の情報に意識を集中する。
ALAYA視点での映像記録だ。報告用に上手く編集されている。
◇◇◇
人類がすっかり居なくなってから、ほどなく。
草原を行く野犬の群れに、二本足で立つ犬が混ざっているのが確認できる。
二本足の犬は、四本足の犬と、子を成すことが出来るようだ。
生まれてくる子犬は、二本足の子と四本足の子が混在していた。
そして世代を経るごとに、二本足の割合が増えていく。
早回しの映像になり、瞬く間に犬は全て二本足となった。
同時期に、猫、狸、兎、鼬……様々な動物が二本足となっていくのが映し出される。
二本足の割合が増えていくのに併せて、前足も変化していく。
どんどん指が伸び、手となっていき、器用に道具を使い始めたのだ。
そして同時に、知能と言語野が発達し、コミュニケーションが高度化していく。
最初に二本足の犬を見つけてから、およそ四百年。
圧倒的な速度で、動物達はすっかり『毛民』となっていた。
◇◇◇
さくらは大きく息を吐いた。
「いやこれは、『自然淘汰』じゃ説明が付かないな~」
「博士もそう思われますか」
いわゆる進化論では、生物は環境への適応と生存競争によって進化すると考えられている。
毛民のような急激な進化は、進化論から大きく外れる事象だ。
しかも一つの種ではなく、様々な種が同時に進化しているのである。
「それともう一つ。動物がすっかり毛民になってから現在までは、千六百年くらいでしょ?」
「そうなりますね」
さくらは難しい顔をして、額に指を当てて言う。
「いくらなんでも、早すぎる。文化レベルの進歩もさ、恐ろしく早いんだよね」
「ホモサピエンスですら農耕の発生まで十万年かかった。ところが毛民は……ですか」
人類がアフリカ大陸から世界に広がりはじめてから、定住して農耕を開始し、豊かな文化を醸成しはじめるまでにおよそ十万年。
その間、人類は文化的にあまり発展せず、長い間狩猟採取生活を営んでいたと考えられている。
「そう。千六百年かそこらで、服を着て武器を携えた猫の剣士と兎の回復術士が訪ねてくるなんてさ」
「私も彼等を監視していたわけではないので詳しい事は把握しておりません。なんとなく、想像は付いていますが」
うむむ……と、さくらは腕を組んで唸った。
「そこは直接聞いた方が早いか……ありがと、ALAYA。とりあえず報告は以上ね?」
「はい。ひとまず、博士がパニックにならない程度の基本情報はお伝えできたかと思います。あとは都度、お尋ねください」
さくらは納得した顔で頷くと、ベルハイド達の方を向いて言った。
「ベルハイド、シロップちゃん、毛民の社会で、歴史に詳しい者は居る?」
ようやくさくらとALAYAの話に一段落付いたようだ。
二人は顔を見合わせた後、答えた。
「ある程度は私が。でも一番詳しいのは、うちの集落の長老だと思う」
「俺の所の長老連中も詳しいな。毛民の社会では、長老達が代々歴史を語り継いでいるからな」
さくらは首をポリポリ掻きながら、なるほどね……と呟いた。
「よし。ALAYA、出かけるよ。フローターを用意してくれる?」
「承知しました」
それを聞いたシロップがさくらの足下にとことこ近寄った。
さくらを見上げながら言う。
「もしかして、集落まできてくれるの!?」
「うん。起きたばかりで問題山積みだけど、今はぶっちぎりで毛民に興味がある! だから案内してほしいんだ」
どうやって長老達をこんな僻地に連れてくるか思いを巡らせていたベルハイドも、感心したように言った。
「驚いたな。好奇心旺盛というか、なんというか」
すると、さくらはベルハイドに近づくとヒョイと抱き上げた。
油断していた訳ではないが、簡単に捕まってしまう。猫に近づいて抱き上げるのに長けているのだ。
「ベルハイド、さっきはごめんね。私の家族だった『ベル』に、あまりにもソックリだったから」
「ああ、そういう事だったのか? まあ、おかげで友好的な邂逅になったのであれば、悪いことではなかった」
さくらが笑う。
「にひひひ。しっかし、柄までこんなに似るもんかねえ? ベルハイドはベルの生まれ変わりだよ、きっと」
「ウマレカワリ? なんだそれは? 巨神の信奉する概念か?」
「ははあ~、死生観や宗教観が大分違うみたいね」
ベルハイドは腕を組んで、少し不満げに言う。
「で? なんでソックリだの何だのを伝えるのに、いちいち俺を抱っこするんだよ」
すると、さくらは悲しいような、嬉しいような、優しい表情で言った。
「えーとね、もっかいだけ。ぎゅーってしても良いかな?」
そういう事か。
さくらはベルハイドに、遙か昔にこの世を去ったベルの面影を見ているのだ。
居なくなった大事な者にそっくりな者と逢ったら、誰でも感傷的な気分になるだろう。
ベルハイドだって妹とそっくりな者と相対したら、どんな気持ちになるか。
「ん……まあ、ほどほどにな」
「ありがと」
さくらは目を閉じ、ベルハイドを抱きしめて、ベルに想いを馳せた。
「よちよち、ベル、可愛い可愛い……」
揺り籠のように、抱き上げた腕を揺する。
「ちっ、男に可愛いは無いだろ」
さくらは同胞の巨神達よりも、ベルへの想いの方が大きいようだ。
先程言っていたように、まさしく家族だったのだろう。
とは言えだ。さくらも若い女だ。
シロップも見ているし、このストレートな愛情表現は、少し不味いのではないか。
……などと思っていると、突然、さくらがベルハイドの尻尾の付け根をリズム良く叩きはじめた。
「よちよちよち、ベル、おちりぽんぽんぽーん」
快感が全身を奔り抜ける。
ベルハイドは総毛立ちながら、情けない声を上げた。
「にゃっはあああんっ!」
シロップがぶはっと吹きだした。
猫の尻尾の付け根は、毛民達の間でも有名な『性感帯』だ。
それゆえ毛民社会では、公共の場で猫の尻尾の付け根を叩くのは厳禁とされていた。
ベルハイドは顔を真っ赤にして(毛に覆われているのでばれてないと思うが)叫ぶ。
「さくら、おっ、おまえ! ふざけるなよ!」
シロップも見ているというのに、ほかの女に性感帯を叩かれてヨガリ声を上げてしまった。
不味い、実に不味い。
だがさくらはお構いなしだ。
満面の笑みでベルハイドの喉元に手を伸ばす。
「はいはい、ベル、ごろごろごろ……」
喉ごろごろは猫を良い気分にさせて、気分を落ち着かせる。
これも家族や恋人など、ごく親しい者にのみ許される行為で、他者の目があるところでやる物ではない。
「ばっ……! 馬鹿にしやがっ……ゴロ……ゴロゴロゴロ……ウニャ~」
シロップがお腹を抱えて笑っている。
「あっははは! これが猫男子の扱い! 勉強になる!」
最近知り合った女二人が、どちらも悪戯好きというか、クールに振る舞うのを阻害するタイプなのは何故なのか。
酷い話である。
(お尻ポンポンと喉ごろごろには勝てなかったよ……ゴロゴロゴロゴロ……)
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