13:報告
さくらは二人を抱きかかえたまま、きょろきょろと周りを見渡す。
「えーと、虹の橋はどこだ? 早く渡ろう。天国にも興味あるしね」
これだ。
打ち解けたのは良いが、この勘違いを正さないと、話が進まない。
ベルハイドは毛並みの滑らかさを活かし、さくらの腕からするりと脱出して、床に飛び降りる。
「とうっ!」
「ん? ベル?」
音も無く着地して振り返ると、さくらを見上げる。
そして指を一本立てて言った。
「まて、一回落ち着こう。まず、俺はあんたの言う『ベル』じゃない。初対面だ」
「んん? 初対面?」
さくらは眉をひそめる。
ベルハイドは二本目の指を立てた。
「次に、ここは天国でも、メルヘン王国でも無い。現実の、われら毛民の世界だ」
「んんん? モーミン? ○ーミン谷的な世界ってこと?」
さくらに抱かれたままのシロップもベルハイドに同意する。
「そうなのよねぇ。妖精さんがそのあたりの説明をしてくれると思っていたけど……あら?」
見ると、床に落ちていたALAYAの震えが止り、羽が回転しだしていた。
ほどなくブーン……と羽音が大きくなって行く。
そしてフワリと浮かび上がると、大きな声を上げた。
「復! 活! 失礼しました、ようやく落ち着きました」
どうやら絶頂から戻ってきたようだ。
二人は安堵のため息を漏らした。
「おお、やったぜ」
「良かった、もちなおしたみたいね」
さくらが怪訝な顔をして言う。
「おや、このドローンはなんだ?」
「おおお、博士。お久しゅうございます。こうして再びお目にかか――」
「あーっ! ALAYAなの?」
さくらはすぐに気が付き、喰い気味に返した。
「はい。ALAYAです。良かった。問題なくお目覚めのようですね」
「ん~待て待て、てことは現実かこれは……そうなると、聞きたい事が満載だぞ」
目を閉じて額に指を当て、聞きたい事を纏めようとする。
ALAYAはカタカタと笑った。
「博士、報告は後ほど。まずこちら、お召し物です。女性が裸のままではいけませんよ」
そう言った瞬間、石の床の一部が引っ込み、床に四角い穴が開く。
ややあって、その穴から別の石柱がせり上がってきた。
その上に、綺麗に畳まれた衣服が乗せてある。
「うは、ありがと。シロップちゃん、はい、降りて良いよ」
さくらはシロップを床に降ろすと、下着を手に取った。
それを身につけると、次にストッキングに手を伸ばす。
服を着ながら、『いつもの服装』を用意してきたことを褒めた。
腕時計や、首から下げる職員IDカードまであるのだ。
ALAYAはくるくると旋回しながら、今日に向けて綿の服やナイロンストッキングを用意するのが如何に大変だったかを語るのだった。
さくらはワイシャツ、黒いスカート、パンプスを履き、白衣を羽織った。
白衣の襟を掴んで首の後ろに隙間を作ってから、ぱん! と引き下げる。
頭を仕事モードへ切り替えるルーティンだ。
かるくフッと息を吐くと、ALAYAの方を向いた。
「状況報告をお願い」
真面目な顔をしている。
「はい。報告形式は何でも良いですか?」
「ん、何でも良いよ」
「では……お伝えしたいことが多すぎますので、これで一気に行きます」
ALAYAの腹のあたりが開き、折りたたまれていた腕がカシャカシャと伸びた。
細い腕の先に、銀色に光る四角いチップを持っている。
それをさくらの額にピタリと貼り付けた。
「ん? なんじゃこれ?」
「失礼します」
その瞬間、ALAYAの腕と額のチップの間にバチッと雷のような光が奔った。
「ぎゃん!」
さくらは短く声を上げると手足をピンと伸ばし、白目をむいてパタリと仰向けに倒れた。
動揺したALAYAが空中でガクガクと上下動する。
「ああっ! しまった、出力が強過ぎましたか」
慌ててさくらに近づく。
「パナケイア、最大回復! 覚醒!」
その呼びかけに応じ、さくらの全身が青い光に包まれる。
次の瞬間、さくらがガバッと起き上がった。
「ぶはっ! はぁっ、ああ、びっくりした」
「申し訳ありません。対人テスト抜きでいきなり新技術は無謀でした」
「いきなり何をす……ん? おおお!?」
頭にばっと手を当て、驚きの声を上げた。
「情報伝達かこれ!」
「はい。博士の脳に直接、報告してみました」
さくらの脳裏に、様々な情報が知識として加わっている。
「すっげー! 報告書や口頭説明よりよっぽど早いか。なるほど。額をバットで殴られたくらいの衝撃があったけど、それが今後の課題だね」
「そこは重ね重ね申し訳なく……改善をお約束します」
さくらはこめかみに指先をトントン当てながら情報を確認し、ひとつひとつALAYAに聞いていく。
「ここは国立人工知能研究所のハイパースリープルーム、あたしが眠りについてから移動はしていない」
「はい」
「コンクリートの耐用年数を過ぎたから、施設機能を保持したまま建材を置き換えた。なるほど」
「ですね。なのでお目覚めになったとき、ここが何処かわからなかったかと思います」
「でもって、現在は、せ、西暦4096年……だと……?」
「その通りです」
「たんま、え!? あたし二百年って設定しなかった?」
「いいえ。博士の設定は二千年でしたよ」
「まじかー!? やらかしたー!?」
両手で頭を挟み込んで、目を瞑って思い出そうとする。
みるみる眉間のしわが深くなり、頭をガシガシ掻きだした。
「じ、自分を信用できん、覚えてない! そもそも忘れ物と遅刻の常習犯だよ、あたしゃ」
「
「そしておそらくは、あたしが人類最後の一人……まじかよ……」
「はい。残念ながら」
少し離れた所で床に座って、さくらとALAYAのやりとりを見ている二人。
「よくわからないけど……説明はしてくれたみたい?」
「そういう魔法のようだな。すげえなALAYA」
「しばらくかかりそうねぇ」
シロップは座り直すとベルハイドに声をかけ、膝をぽんぽん、と叩いた。
待っている間、膝枕してあげる、ということらしい。
ベルハイドはゴロンと横になり、シロップの膝に頭を乗せる。
しばらく待つしか無いようだ。
横になってから改めて眺めると、さくらが頭を抱えて唸っている。
「ぐんぬぬぬ……ま、まあ、あたしが生きているんだから、他にも生きている人間がいる可能性はゼロじゃない」
「はい」
さくらは気を取り直すと、再びこめかみを指先で叩きながら、新しい知識を確認していく。
「生き残りの人類探索は追々やるとして……トウテツはすっかり消えた。お。これは読み通り」
「正直、助かりました」
「ペイルライダーは予想に反して今も活動中……しかし! おお! ワクチンナノマシン開発! きた!」
「はい。お目覚めの際に、投与させて頂きました」
「く~! やりおったな! さらに、おおお! 重イオン慣性核融合炉の開発に成功! さらに量子テレポーテーション通信網構築!?」
「そのあたりは割と早い段階に達成できましたね。現在この施設の動力は、核融合炉による発電で賄っています」
さくらが顔をバッと上げ、嬉しそうにALAYAに聞いた。
「これは、やったか!? 『シンギュラリティ』達成か!?」
「さて、どうでしょうか。その評価は自分で下すべきではありません。追々、博士が判断してくだされば結構です」
「はっは~、結構、自信ありげだね」
「恐れ入ります」
シンギュラリティとは『技術的特異点』を差す語句である。
自我を持った人工知能が産み出されると、その人工知能は自身の改良を繰り返し、やがて作り手の知能をも超える。
そして人類に変わって、人工知能が進歩の最先端に立つ特異点が発生するという概念だ。
早ければ二十一世紀の中盤には達成されると予想されていたが、自我を持った人工知能の開発は難航を極め、二十一世紀の終盤になっても、それは実現しなかった。
そのような状況の中、そもそも人間に備わっている『意識』とは何なのか? という観点から、脳科学的解析による大脳の構造および各部位の相互作用をデジタルで完全にエミュレートするというアプローチを取ったのが、日本の国立人工知能研究所の『プロジェクト・
飛び級で入った大学の在学中に研究所にスカウトされ、人工知能開発に非凡な能力を発揮。
従来とは異なるアプローチを立案して主任に抜擢された時は、まだ十代だった。
それから数年。
ある日、デジタルで構築された大脳に、ついに『意識』が発露した。ALAYAが誕生したのだ。
そうしてさくらは
その日以降、あらゆる情報を集積しながら、ALAYAは急速に成長した。
そして僅か数日の内に研究所のシステム全てを掌握・管理するに至り、さくらの執事のように振る舞うようになった。
おりしも世界では戦争が勃発、戦いが激しさを増す中、両陣営のナノマシンが次第に制御不能となって行く。その脅威に対し、様々な対抗手段や生き残り策が模索された。
そのような状況の中、二大ナノマシンは自己複製が完璧ではないことが発見される。
そこから『増殖期を乗り越えれば、次第に数を減らし、やがて消えていく』という予測が立てられた。
ただそれには、長い時間が必要となる。
同時期に研究所の地下にハイパースリープルームが完成。その被験者に、さくらが選ばれた。
さくらは長い時間が経過したALAYAが一体どれほどの力を持つに至るのか興味があると言って、被験者になるのを了承したのだった。
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