12:巨神

「こちらです。どうぞ」


 ALAYAに促され廊下を進むと、程なく、巨神が眠るという部屋に着いた。

 そこは円形の巨大な部屋であった。


 部屋の中央に向かって擂鉢すりばち状に傾斜がついており、その中央に、巨大な筒がある。

 筒は透明で、その中に裸の巨神が浮かんでいた。


 二人は筒の傍まで歩み寄り、その威容を見上げる。


「これが巨神……やったわ、ベルハイド。とうとう見つけたのよ」


 一族百年の宿願。

 シロップは感動と興奮と緊張で震えている。

 ベルハイドも高揚感に包まれながら言った。


「ああ。ほんとに居たぜ……。やったな、シロップ」


 眠れる巨神――それは毛民の二人からすると、見慣れぬ姿だった。


 真っ黒く、長い髪。

 それ以外は、殆ど白い地肌が露出していた。

 毛と言えば僅かに、目の上、睫毛、そして股間に生えている程度である。


 そして『巨神』と言われるだけあり、巨体だ。

 頭頂高はベルハイドの軽く数倍、百六十㎝近くあるのではないか。

 細身の体つきだが、体重は五十㎏を下らないだろう。


 ベルハイドは筒に手を当てる。

 透明な個体。氷かと思ったが、そうではなかった。

 不思議そうに、コンコンと叩く。


 それを見たALAYAが説明してくれた。

 筒の外周は強化プラスチック、中身は保存樹脂なる物だそうだ。


 その保存樹脂は特定の条件で、固体と液体の状態が切り替わるのだという。

 今は固体なので、巨神は琥珀に閉じ込められているようなものらしい。


 ベルハイドは苦笑する。

 分かるような分からないような。


 するとシロップが呟くように言った。


「巨神は、毛民とずいぶん違うのね。毛が全くないわけじゃ無いけど……地肌がずいぶん露出してる」

「そうだな。ちょっと変わってるが、不自然には見えん。こういう毛の生え方なんだろう」


 足がまっすぐで、長い。尻尾も無い。

 二人は筒の周りを回りながら、巨神を隅々まで観察する。


「巨神……これやっぱり、女性よね」

「種族が違うのでナントモだが、まあ、股間にモノが無い男ってのは考えづらいな」


 そこにALAYAもやって来る。


「はい、博士は年頃の女性ですよ。裸をじろじろ見たらいけません」


 ALAYAによると、若い女の巨神は裸を見られるのを恥ずかしがるのだそうだ。

 そういう文化なのだろう。


「まもなくです」


 ALAYAがそう言うと、筒からごぼっ!と大きい音がして、泡が立ち上った。

 それに併せて、巨神の身体がゆらりと動く。

 どうやら、保存樹脂が固体から液体に切り替わったようだ。


「クリプトビオシス解除。新しいパナケイアと、対ペイルライダーワクチンを投与――心拍と脳波を確認」


 筒を支えている金属の柱が動き、筒の向きが縦から横になる。

 同時に筒の中の液体がごぼごぼとどこかに排出され、巨神は仰向けに寝ている姿勢となった。


「経過順調。自律呼吸再開」


 すると巨神の身体が青く輝き、ゴポッと大量の液体を吐き出すと、スウスウと息をしはじめた。

 ALAYAの言葉に魔那が呼応し、巨神の復活を手助けしていく。


「お目覚めの時にずぶ濡れは良くないですね。乾かしておきましょう」


 そう言った瞬間、巨神を濡らしていた液体がバシャッと体から離れて、すぐに蒸発してしまう。


御髪おぐしも整えないといけません。勿論コンディショナーもサービス」


 髪が一度空中に持ち上がった後、サラサラと下りていく。

 そうすると真っ黒の髪は、艶々と輝きをたたえていた。


 ALAYAの手管に、二人は感心する。


「巨神のたてがみ、綺麗ねえ……それにしても、妖精の魔法って凄いのね」

「ああ。魔那に直接働きかけているように見えるな」


 すると筒がガパッと開き、左右二つに分かれていく。

 その動きで筒の中の巨神が外に出され、ゆっくりと石の床に横たえられた。


「バイタルオールグリーン。覚醒準備。5、4、3、2、1、覚醒」


 ぴくっと身じろぎした後、巨神が半目を開いた。


 伝説の巨神、最後の生き残り。二千年ぶりの目覚めである。

 ベルハイドとシロップは固唾をのんで見守る。

 どのような言葉をかわすべきか。


「ん……う……ん」


 巨神は顔をしかめ、もぞもぞと起き上がろうとする。

 まだ意識が朦朧としているようだ。

 二千年の眠りから覚めたのだ、無理もない。

 

 巨神はゆっくりと上半身を起こし、床に座る姿勢になった。


 その様子を見ていたALAYAはぐるぐると旋回し出す。

 旋回は喜びの仕草だ。


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐる……いや、これは回りすぎではないのか。


「お、おい。大丈夫かAL――」


 ベルハイドが声を掛けたその時、ALAYAはハゥッ! と頓狂な声を上げてパタリと地面に落ちて、静かになってしまった。

 羽の回転も止まってしまい、辺りが静寂に包まれる。


 ベルハイドとシロップは慌てた。


「ええええ? この状況で?」

「おい! 巨神への状況説明とか、取りなしをしろって!」


 ベルハイドはALAYAを持ち上げてガクガク揺する。

 ALAYAはうなされるように小声で何か言っているようだ。

 耳を近づけると、微かに『んほぉ~最愛なる……』などと聞こえた。喜悦の絶頂だ。


 ベルハイドは、うへぇ、という顔でシロップに言う。


「だめだこいつ、完全にイッてるわ」

「妖精ってイッたりするのねえ……」


 他のALAYAを呼ぼうと、通路の方に目を走らせる。

 ――が、すぐに思い当たった。全体での意識の共有。まさか今現在、すべてのALAYAがイッているのか?


 そうだとすると、巨神との邂逅をALAYAの助けなしに果たさなくてはならない。

 自分たちだけで良い関係を築けるのか。


「げほっ、あー、ギボヂワルー」


 巨神が言った。

 二人は咄嗟に身構える。


「喋ったぞ!」

「妖精さんと一緒で、私達と同じ言葉を使うのね」


 その声を聞きつけた巨神が目を見開き、くるっ! とベルハイド達の方に顔を向けた。


「「……!」」


 巨神と視線が合う。緊張感が張り詰める。

 相手がどう出るか、全く予測が付かない。


 巨神は目をまん丸にし、暫くの間ベルハイドとシロップを凝視していたが、やがて口を開いた。


「……服を着たネコチャンとウサチャンがおる……しかも喋っとる……可愛い……」


 か、可愛い? ベルハイドとシロップは軽くずっこけた。

 太古の支配者であり、その中でも特別な力を持った巨神だというのに、あまりに口調が軽い。


 そのまま巨神があたりを見回す。


「何処だここ? 明らかに様子がおかしいぞ」


 座ったまま足をあぐらに組み直し、石の床をコンコンたたいてから額に手を当てる。

 少々混乱しているようだ。


「これ異世界転移ってやつ? 【目が覚めたらメルヘン王国に居る件について】とか?」


 腕を組んで顔をしかめ、うーむと考え込んだ。

 ややあって顔を上げ、二人の方を向く。


「ネコチャン、ウサチャン、こんにちは」


 あぐらをかいたまま、左右の膝の上に手を乗せ、ぺこりとお辞儀をする。

 尊大さは全くなく、拍子抜けするほど物腰が柔らかい。


「君たちは何だね? ここはどこだね? おしえてくれないかにゃ?」


 気さくだ。いや、気さくと言うより、幼子に接するような物腰だ。

 毛民社会の基準ではベルハイドもシロップも立派な成体であるが、巨神からすると幼子みたいな物と言うことか。


「あっ、はじめまして。私は兎の回復術士シロップ。こっちは猫の肉食男子ベルハイドです」


 ベルハイドはぶっと吹き出した。

 この状況でぶっ込むとは、なんて女だ。


「おま……っ!」


 わたわたと慌てているベルハイドを見て、巨神が心配そうに言った。


「あっ、あっ、ネコチャン警戒してる? 大丈夫、よちよち……ん?」


 怪訝な顔で目をこする。


「え? ベル……? ベルなの……?」


 ベルハイドを知っているような言い方だ。

 シロップがベルハイドに聞く。


「ええ? し、知り合い?」

「ばっ、そんな筈あるか!」


 巨神は嬉しそうな顔で四つん這いになって、こちら向かってきた。


「やーん、ベルなの~? どちたの、そんな格好して~」


 裸の巨神の高速ハイハイ。

 ドドドドっと、凄い迫力だ。満面の笑顔だ。


 巨神はヘッドスライディングで滑り込むようにしてベルハイドに抱きつく。

 逃げるまもなく抱き上げられてしまった。


「ちょ、なんだ?」


 そして抱き寄せられ、頬ずりされる。


「ん~、ベル~、ベル~」

「うおおお、や、やめろ! なんだ、なんだ?」


 シロップはそれを見て、ぷっと吹き出した。

 これは良い関係を築くどころではない。いきなり最大級の好意的な邂逅となった。


「ああ、ここは天国の門、虹の橋のたもとなのか。きっとハイパースリープに失敗したんだ。迎えに来てくれたんでちゅね、ベル~」


 巨神は何やら誤解しているようだが、それは後で解けば良い。

 ひとまず安心したシロップは悪戯っぽい顔でベルハイドに言う。


「おやおや~? モテモテですな~、流石肉食男子」

「ふざけてないで助けろ!」


 巨神が若い女だからだろうか。

 シロップの言い方に、微妙に棘がある気がする。目が笑っていない。


「ベルのコスプレ可愛い~。久しぶりに会うから、おしゃれしてきてくれたの? ちゅ、ちゅ」

「ちゅーするなああああ!」

「毛民社会の未来は肉食男子のオンナタラシっぷりにかかってますぞ~」


 すると巨神は右腕だけでベルハイドを抱きなおすと、ひょいっと左手を伸ばした。


「ほれ、シロップちゃんもおいで」


 そう言うと、器用に片手でシロップを抱き上げる。


「わっ、わっ」


 シロップは慌てた声をだしたが、巨神は両手に二人を抱きかかえ、ご満悦だ。


「ああああ、モフモフだあ……」


 そう言ってシロップの首筋に顔を埋め、深呼吸する。


「すーん、ああ、お日様の、いいにおい。シル○ニア感すごいな。かっわいいのう!」

「しる○にあ……? ふふ、ありがとうございます」

「ありゃ、敬語じゃなくて良いよ~。あたしは『さくら』。よろしくね。シロップちゃんは、ベルのお友達?」


 関係を聞かれたシロップは、クスクス笑いながら言う


「うん、よろしくね。お友達というか……そこの肉食男子が『お友達の範疇』を踏み越えてきた感があるけど」

「こ、こんニャろ……!」


 巨神――さくらは興奮したように右手に抱いたベルハイドの方を向き、聞いてくる。


「ぬおお!? 付き合ってるの? ベル、彼女できたの!?」

「いやその……」

「あはは、付き合ってる、のかな~? ちゃんと言って貰った覚えが、ないのよね」


 さくらがぶはっと豪快に笑う。


「出~た~! ヤルことヤッといて、関係性をハッキリさせない男~!」

「あっははは! それ!」


 これが女同士の共感なのだろうか。あっという間に打ち解けて、ゲラゲラ笑っている。


「いや、おまえら、打ち解けすぎだろ……」


 そう言ってベルハイドは頭を掻いた。

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