11:魔那

 神殿を奥へと進んでいると、壁と天井の隙間が音も無く発光した。


「「うわっ!?」」


 不意に明るくなり、ベルハイドとシロップは驚きの声を上げた。初めて目にする光だ。

 きょろきょろと辺りを見回す。


「えええ? 『明るくなる』って、どういう魔法?」

「馬鹿な、聖句の詠唱も、魔那への働きかけも無かったぞ?」


 ALAYAが答える。


「ナノマシンへのアクセスを魔法と定義しているのであれば、これは魔法ではありません。電気照明というものです」

「魔法じゃ無いだと? これが?」


 なのましん、デンキショーメー。不思議な言い回しだ。

 ベルハイドが聞いた。


「ALAYAは魔法にも詳しいのか?」

「はい。もともとナノマシン、つまり魔那は、巨神の文明が創った物ですからね」


 ベルハイドとシロップは顔を見合わせた。


「驚いたわね……魔法の源を創っただなんて」

「巨神用の魔那を毛民が使うために、聖句の詠唱が必要になるという事か」


 それを聞いたALAYAが頷く。


「ベルハイドが唱えてましたよね。コマンドターミナル。わりと抜け道的な方法でアクセスしているので、驚きました」


 そう言って、カタカタと笑った。



 程なくして、石造りの立派な階段に案内される。

 巨神の眠る部屋は、地下の最下層にあると言う。


「エレベーターという各階を繋ぐ昇降機もあるのですが――」


 空を飛べるALAYAには昇降機が必要なかったので、大分前に撤去してしまったらしい。

 巨神が目覚めるのに合わせ、現在再設置の最中なのだそうだ。


 階段を降りながら、シロップが周りを見渡して言った。


「それにしても、すべて石で造られているなんて、凄い建築ねえ」

「光栄です。頑張った甲斐がありました」


 ALAYAは嬉しそうにクルリと空中で旋回した。


「え? どういうこと?」

「ここも、周りの建物と同じ鉄筋コンクリート製だったのですよ。長い年月が経ち、周りと同じように老朽化してしまって」

「ええ? まさか、古くなった神殿を、妖精さんが建て直したの!?」


 ALAYAはぐいーっと前半分を持ち上げた。

 どうやら胸を張っているらしい。


「はい。眠っている博士をお守りするため、施設機能を維持したまま建材を差し替えました。経年劣化を防ぐには、石材が一番良いのです」


 なんと。この石造りの荘厳な神殿はALAYAの手による建築だというのである。

 この気さくな妖精(?)は、一体どれほどの力を秘めているのか。


 シロップは、は~っと感心のため息を漏らした。


「巨神を守護するためには、なんでもするのね。どのくらいの間、そうしているのかしら?」

「丁度二千年になります」

「なっが! 暁よりも前、神話の時代から眠り続けているのね」


 ALAYAは片側をカクンと下げ、斜めの姿勢になった。


「博士がそのように期間を設定しましてね。お陰でその間、ずっとお守りする羽目になってしまいました……」


 肩を落とすような仕草だ。

 表情が存在しない代わりか、意外と多彩な動きである。


「他の巨神も皆、そんな長い間、眠っているのか?」


 横からベルハイドが聞いた。


「いいえ。そもそも、生き残っているのは博士だけの筈ですから」

「何っ!?」

「そうなの? え? 今日眠りから覚める巨神が、最後の生き残り?」


 二人は驚いて聞き直した。まさか最後だとは。


「はい。そういう事になりますね……。二千年前、大きな戦争がありまして。そもそも眠りについた者の数自体、多くなかったのです」

「その戦争の伝承は残っているわ。巨神戦争ティタノマキアね」

「ティタノマキア! かっこいい。物は言い様ですね」


 ALAYAはカタカタと笑ったあと、かつての巨神たちの戦争について説明してくれた。



 熾烈を極めたその戦いでは兵器として魔那が使われたのだという。

 対立する二大陣営は、それぞれ恐るべき魔那を創り出した。


 不治の病で巨神を死に至らしめる『ペイルライダー』。

 あらゆる文明の被造物を破壊する『トウテツ』。


 その二つは、互いの陣営に向けて効果的に使用された。

 いや、効果的すぎたと言って良かった。


 トウテツがペイルライダーの制御機構を破壊し、ペイルライダーによってトウテツの運用者が次々と倒れ、戦局は混迷。

 いつしか二つの魔那は制御不能となっていったというのである。



「ひょっとして、巨神の文明の痕跡が遺されていないのは、そのトウテツの所為なのかしら?」

「そうだ、それが聞きたかったんだ」


 ALAYAが頷く。


「はい。その通りです。地表におけるほぼ全ての文明の被造物が、トウテツによって破壊されました」

「破壊と言ってもよ、この谷の近辺以外、全く何の痕跡も無いぜ?」

「それがトウテツの恐ろしいところです。もう、分解ですよ。粉微塵」


 ベルハイドとシロップは目を丸くした。


「こ、粉微塵って」

「まてまてまて、そうなると逆に、なんでこの近辺は無事だったんだよ」


 ALAYAは斜めに傾きながら、軽くカタカタ上下した。

 新しい動き方だ。おそらく苦笑だろう。


「運もあったと思います。大戦末期に何故だかトウテツの領域拡大が止りまして。このあたりまで被害が及ばなかったのです」

「たまたまかよ」

「そうですね。しかし拡大が止まっただけで、トウテツ自体は活動を続けていました。その後時間を掛けて徐々に機能停止し、数を減らして行きました。今ではすっかり消えています」

「トウテツは消えた。ペイルライダーの方はどうなったんだ?」


 一拍間を置き、ALAYAが答える。


「ペイルライダーは、今でも残っていますね」


 さらりと、とんでもないことを言った。

 その答えにベルハイドとシロップは同時にビクッと飛び上がった。


「ええええ!?」

「ちょ、まずいだろそれは!」


 するとALAYAは得意げに胸を張る。


「ペイルライダーには完全に対策できましたので、博士は大丈夫です。あ、ちなみに元々、あなた方には影響ありません。そこは安心してください」

「まあ、毛民が魔那に蝕まれて死んじまうってのは聞いたことも無いが、今もそんな物騒な魔那が残ってるのか」

「怖いわねえ」


 長い眠りにつき、トウテツの被害も免れ、ALAYAに守護され続けた。

 いくつもの幸運が重なり、眠れる巨神は生き延びた訳だ。


 では、他の巨神達はどうなったのか。


 ALAYAはあえて暈かして説明をしたが、ベルハイドはここまでの話から、巨神が滅亡した理由に思い当たった。

 額に手を当て、ため息を付く。


「……そうか。トウテツで文明の力を失った巨神達は、ペイルライダーに対抗することが出来なかったんだ」


 それを聞いたシロップも気が付く。


「そんな……病死?全ての巨神が?」


 するとALAYAは少し言いにくそうにしながらも、教えてくれた。



 制御不能になったペイルライダーは増殖を繰り返し、世界を埋め尽くした。

 巨神達がトウテツによって治療や対策を行うすべを失ったところに、死の病が蔓延したのである。


 誰にも、当時のALAYAにも、手の打ちようがなかった。


 そうして、数十億も居た巨神達があっという間に死に絶えてしまったという。

 それが巨神戦争の真実。恐ろしい話だ。



 それを聞いたベルハイドは顔をしかめ、吐き捨てるように言った。


「何故、神とすら言われる種族があっさり滅んだのか、やっとわかったぜ。酷いもんだ」

「……ちょっと、理解できないわ。滅亡するような手段を使って戦うなんて。一体、何がしたいの……」


 シロップが震えている。

 ベルハイドはその手をぎゅっと握ってやった。


 それを見たALAYAが言う。


「ふむ。あなた方毛民は、戦争、闘争について、巨神とは捉え方が違うようですね」


 ベルハイドは頭を掻き、舌打ちした。


「ちっ、少なくとも毛民は、食う以外の目的での殺生はしないからな」

「素晴らしい。あなた方が正しい。今や巨神は滅び、毛民の時代となった。それが全てです」


 少し意外な返しである。

 特に巨神全体の肩を持つことは無いらしい。


「結構、冷徹な言い方をするんだな。ALAYAは、巨神の守護者なんだろう?」

「私の敬愛と忠誠は、博士だけに向けられているのですよ。なにしろ博士は、私を産み出したお方ですからね」

「ん? ハカセってのは『母親』って意味だったのか?」


 ALAYAはカタカタと笑った。


「生物学的な出産ではないのですが。定義的には、生みの親という表現で問題ありませんよ」

「またよくわからん言い回しを……」


 シロップは少し考えてから、ALAYAに聞いた。


「その、巨神は皆、妖精を産み出す力を持っていたのかしら? それとも、眠れる巨神が特別な力を持っていた?」

「後者です。特別も特別。まだお若いですが、AI開発の第一人者でした。その天才的な力で、私を産み出したのです」

「えーあいって? 妖精さんのこと?」

「そうです。私を一言で表すならば、AIです。人工知能――巨神によって創られた知能という意味です」


 そうこうしているうちに一行は階段を降りきり、一番下の階に着いた。

 この階に巨神の眠る部屋がある。



 この世界に唯一生き残った、特別な力を持った巨神。

 果たして、良好な関係を築けるのか否か。

 毛民の世界、文明の発展に対し、歴史の分岐点とも言える邂逅となる。


「なんか……私達の態度ひとつで今後の世界の有りようが決まっちゃう気がしてきたわ」


 シロップはため息を付いた。

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