10:神殿

 地下の道から階段を上ると、拓けた場所に出た。

 広さはあるが、四方を崩れかけた建造物に囲まれているため、中庭のような印象だ。


 巨神の谷の北側に、このような場所があったとは。

 これでは地下の道を通るか、あるいは空でも飛べない限り、見つけられないはずだ。


 そこには周囲の建造物とは違う、石造りの建物があった。

 綺麗に切り出された巨石が隙間無くピッタリと組み合わさり、荘厳な雰囲気を漂わせている。


「これ、神殿……」

「ああ。なるほどな。これは確かに『荘厳な神殿』だ」


 二人は神殿の見事なたたずまいに、しばし見とれた。


 そうしながらベルハイドは耳を立て、抜け目なく周囲の様子を探る。

 先ず音から探るのがベルハイド流だ。


 すると何処からともなく、ブーン……と虫の羽のような音が聞こえた。

 一カ所からではなく複数からだ。しかもそれぞれが移動しているようである。


 生物特有の気配がしないので、それほど用心しなくても良さそうだ。

 しかし、何の音だろうか。


「おや、このような『特別な日』に来客とは」

「ッ!?」


 羽音のする方向、斜め後ろからいきなり声をかけられた。

 ベルハイドは咄嗟に声の方向へ向きながら、シロップをかばうように立ち、剣の柄に手をかけた。


 気配がしなかったため、油断していなかったと言えば嘘になる。

 まさか背後を取られるとは。


 見ると空中に、羽音――声の主が浮遊している。


 異様な外見だった。

 大きさは土鍋くらいだろうか。


 四隅に羽が付いており、高速で羽ばたいている。

 いや、羽ばたきではなく、羽が回転していた。

 その回転する4つの羽で、空中に静止するように浮遊しているのである。


「なんだこいつは!?」


 近いのは甲虫だろうか。

 だが喋る甲虫など聞いたことも無い。いや、甲虫どころか、そもそも生物なのかどうか。


 初めて対峙する存在に、ベルハイドは反射的に警戒した。

 ふーっと毛を逆立てながら抜刀し、二本の剣を構える。


「こまんど・たーみなる! ぼいすふぃるたー・かっと!」


 聖句を詠唱し、ベルハイドの身体が青い光に包まれた。


「ユビキタス、機能限定解――」

「ちょっと、殺気立たないの!」


 シロップはベルハイドを止めようと、マントをぐいっと引っ張った。


「ちょ、あぶ! 引っ張るなって!」

「羽が付いて、飛んでいて、言葉を話す……おそらく、これが神殿を守護する妖精よ」


 ベルハイドはシロップの方を向き、聞き直した。


「これが妖精……?」


 ベルハイドはおとぎ話に出てくる妖精を思い浮かべた。

 手のひらに載るほど小さく、羽が生えていて、虫のように飛べる。

 大変な悪戯好きで気まぐれな存在……。


 再度相手を見る。


 ――空飛ぶ土鍋。


「いやいやいや! 妖精かこれ!? 違くね!?」


 妖精(?)は空中に浮いたまま、カタカタと軽く上下した。

 どうやら笑っているらしい。


わたくしが何者なのかを説明すると長くなりますが、『妖精』というのは案外近いかも知れませんね。確かにここを守っていますし」


 気さくな物腰に、ベルハイドはふう、と息をついた。 

 背後を取られたことで少々過敏になってしまったようだ。

 キン!と音を立てて納刀する。


「そういうあなた方は『毛民』ですね。毛民がここを訪れるのは、百年ぶりでしょうか」

「百年! 私の先祖のことだわ! やっぱり、ここが巨神の眠る神殿なのね!」


 シロップが興奮している。


「てぃたーん……ああ、そういえば百年前に訪ねてきた毛民も、人間のことをそんな風に呼んでいましたね」

「「ニンゲン?」」


 二人は声をそろえて聞き返した。


「はい、博士は人間です。でもお気になさらず。あなた方の呼び方で良いですよ」


 ベルハイド達の言語では、毛民の頭数を「三人、四人」など、ニンという単位で数える。

 ニンゲンというのが、その語源なのだろうか。


「そのハカセ? 巨神が妖精さんのあるじで、ここに眠っている、で良いのね?」

「そういう事です」


 それを聞いたシロップは、ああ……と呟くと、がばっとベルハイドに抱きついた。


「やったわ……嬉しい」

「お、おい」


 妖精が見て居るのに大胆だな、と思ったが、無理も無い。

 シロップの一族、百年の念願が叶ったのだ。


「私はALAYA(アーラヤ)と申します。プロジェクト・阿頼耶識あらやしきの開発コードネームだったのですが、そのまま正式名称になりまして」


 後半は何のことやら分からなかったが、先に名乗ってくれた。


 シロップはベルハイドと顔を合わせ、思わず抱きついてしまったことに気が付く。

 そそくさと離れて、自分たちも名乗った。


「私は兎の回復術士、シロップです」

「俺はベルハイド。猫の剣士だ。シロップを護衛している」


 それを聞いた妖精――ALAYAは空中で前傾姿勢になって、戻る。

 飛んだまま器用にお辞儀をしたのだ。


「シロップ。そしてベルハイドですね。よろしくお願いします」


 その仕草にベルハイドはフッと笑った後、気になっていることを聞いた。


「最初に言っていた『特別な日』というのは、何のことだ?」

「よくぞ聞いてくれました。今日がまさに、長き眠りについていた博士が目覚める日なのですよ」

「ええええ!?」

「なんだと!?」


 ALAYAは嬉しそうにクルリと空中で旋回して言った。


「待ちに待ったこの日。程なくお目覚めになる時間です。このようなタイミングなのも何かの縁。興味があったら見ていきますか?」

「是非!」

「願っても無い……ああ、そうしてもらえるなら、是非にでも、だな」


 すると近くを飛んでいた、ALAYAと全く同じ姿の妖精が近づいてきた。

 新たな妖精が空中でお辞儀をして言う。


「私が案内します。こちらへどうぞ」


 二人が促しに応じて神殿に歩を進めると、ALAYAが言った。


「ではでは。私は見回りと掃除を続行します」


 そのまま、ALAYAは飛び去ってしまった。

 待ちに待ったという巨神の目覚め。立ち会わなくて良いのだろうか?


「ん? ALAYAのやつ、一緒に行かなくて良いのか?」

「そうね。楽しみにしていたようなのに」


 案内役の妖精が言う。


「大丈夫ですよ。足下、気をつけてくださいね」


 神殿の中に入ると、ひんやりと涼しい。

 床も壁も天井も、全て石造りだった。


 物珍しげに見回していると、妖精が聞いてきた。


「ベルハイドとシロップは、どのあたりから来たのですか?」

「ああ、ここから南にくだって――」


 あまりにもスッと問われたので普通に答えようとしたが、途中で違和感に気付く。


「――ん? おい。おかしいな。おまえはALAYAじゃ無いだろう?」

「そうね、なぜ私達の名前を知っているの? あなたには名乗っていないのに」


 妖精がカタカタ笑った。


「さっきのも私、これも私。どちらもALAYAなのですよ」


 ALAYAによると妖精の体は何百もあり、全て同じ意識を共有しているのだという。

 全てひっくるめてALAYAであり、妖精の身体は端末に過ぎないとのことだ。


「自分が複数、何百といるのか。どんな感覚なんだ? 想像も付かんな」

「不思議な話ねぇ」


 二人が感心していると、通路の奥から荷車がゆっくりとこちらに向かってくる。

 荷台には切り出されたらしい石の立方体が積まれていた。

 奇妙なことに、その荷車は誰に引かれることもなく、自ら動いているのだ。 


「すみません、通りますよ」


 荷車から声がした。口調も声質も、完全にALAYAだ。

 そのままベルハイド達の脇を通り抜け、入り口の方に進んでいく。


「なんだ今の? あれもALAYAなのか?」

「はい。地上型とでも言いましょうか」


 ALAYAはカタカタ笑い、続けて言った。


「先程、二人を招き入れる際『足下、気をつけて』と言いましたよね。あの時、入り口の段差が大きすぎるなと思ったのです。なので階段を作ります」


 それを聞いてシロップが気付く。


「あ、凄い。全体で意識を共有してるからこその手早さ。そもそも『伝達』が必要ないのね?」

「はい。それは利点の一つですね」


 ベルハイドが頭を掻いて苦笑する。


「まいった。なんとも奇妙な話だな。ALAYAと付き合うには、かなり慣れが必要だぞ」


 それを聞いたALAYAが、またカタカタと笑った。

 声に出して笑わないが、結構笑い上戸のようだ。

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