第6話 おっさんとおばちゃんは違うんだよ

 久しぶりの本業にワクワクが止まらない俺は、橘 尹尹コレタダ

 姉の娘である姪の柚木 尹尹イチカと、謎の遺跡を探検中だ。

 凶悪な罠と徘徊する謎の怪物。

 それらを華麗に躱して潜り抜け、財宝あふれる宝物庫を目指している。


「ん~……」

「なぁに~、どぉーしたのぉ? もぉ、何もない通路は飽きたんだけどぉ」

 そろそろ飽きてきたイチカが、立ち止まる俺にぐずりだした。

「やっぱり、おかしいな」

「だから何がよぉ~……セイッ! しつこいなぁ」


 脇道から飛び出してきたゾンビのような怪物を、イチカが蹴り飛ばす。初めて見た時はキャーキャー言っていたが、もう慣れたようで、うっすい反応で対処している。

 まだ、それほど時間も経っていないが、適応力が高すぎないか?

「さっきの短歌を覚えているか?」

「たんかぁ? ミイラと一緒にあったやつ?」


「そうだ。あれは妻の為に、新しい家に囲いを作ろうって歌だ。まぁ、ざっくり言うとそんな意味なんだよ。ここもそうなんじゃないのか?」

「意味わかんないんだけど……あそこが二人の新居って事?」

「いや、宝物庫を新居に見立てたんじゃないのか? 何かを囲むように通路があるのは、そういう事じゃないのか」


「つまり……どういうこと?」

「宝物庫の場所が分りそうだって事だよ」

「うっそ! 凄いじゃん」

 何もない通路だけが続き、だらけていたイチカも興味をしめす。そりゃそうだ、宝物庫なんて見た事ないもんな。

「たぶんこっちだな」


 出雲の宮殿の八重垣のように、宝物庫を囲む石壁と通路を中心へ、姫の待つ御殿を目指して迷路のような通路を進む。

 既に俺には、隠された宝物庫の位置が分かっている。

 天才トレジャーハンターだからな!


 幾重にもまわされた壁を回り込み、ついに大きな石の扉の前に辿り着く。

「ここが……」

 イチカも興奮から言葉もないようだ。

「あぁ、この扉の向こうには金銀財宝の山が待ってるぞ」

 その扉に近づくのを待っていたように、背後から声が掛かる。

「そこまでよ」


「アンタ、あの時の……どうやって入り込んだんだか。よくついてきたなぁ」

「ふふ……案内ご苦労様。後は私がやるから、アナタは帰っていいわ」

 こんな地下遺跡の中でも、深くスリットの入ったスカートの真っ白なスーツ姿で、妙に色っぽい……というかエロいおばちゃんだ。


「マサキとか言ったっけ……大人しく宝だけ渡すとでも?」

 今回はイチカがいるからな。俺も強気だ。

 いくらセクシーでも、おばちゃん一人ならイチカが蹴り飛ばすだろう。

「ただにぃ、何処見てんのぉ。なんか目がやらしい」

「なっ! そ、そんなわけあるかぁ!」

「あらヤダ。気になっちゃう? 仕方ない子ねぇ」


 おばちゃんがをつくって、太ももを見せつけながら、胸を持ち上げるように腕を組んで俺を見る。

 いや、エロいけど! でも見てない。そんな目で見てなんていないぞ。

 ちょっとだけしか見てない。

 おい、イチカ。そんな目で俺を見るな。なんだその残念な子を見る目は。


「ただにぃ……アタシはアレの相手はしないよ?」

「はぁ? なんでだよ。やっつけてこいよ」

「はぁ~……あいつ、あんな格好だけど強いよ? 無傷じゃ勝てないくらいにはね」

 こいつがそんな事を言うなんて、あの女そんなに強いのか。


「マジか」

「アタシは女の子なんだよ? 鍛えた男の方が強いのは、当たり前でしょ」

「……は?」

 俺の思考が停止する。今、なんて言った?

「あら? すぐ気付くなんて、やっぱり女の子ねぇ」

「はぁぁあああっ?」


 エロいおばちゃんだと思ってたら、おっさんだった。何を言っているのか分からないが、おっさんはダメだ。セクシーなおっさんは、とにかくダメだ。

「おうっ……」

 意識を失いそうになっていた俺は、イチカにケツを蹴られて意識を取り戻す。

 なんてこった。あれがおっさんだったなんて。


「ショックだったの坊や? ちゃんと名乗ったじゃない」

「マサキ……」

 正木か真崎だろうか。それか何だというのか。

「仕方ないわねぇ」

 おっさんマサキがポケットから何か取り出した。

 免許証のようだ。


権藤ごんどう 政樹まさきまさ……き……そっちかよ!」

「あんな女はいないよ、ただにぃ」

 騙された。何かを失った気分だ。何かを返せ!

「さて……あまり荒事は好きじゃないのよ。でも、好きじゃないだけなんでね。退いてくれないのなら……ね?」


 どうする? どうやって逃げる?

 イチカと同じくらい強いとなると厄介だぞ。

 考えろ考えろ。何か……周りを、壁を見渡し、何かないか視線を走らせる。

「イチカさがってろ!」

 俺は叫んで走り出す。


「無駄な手間を取らせないで欲しいわねぇ」

 おっさんは強さに自信があるのだろう。余裕こいてやがる。

 見てろよ。

 俺は宝物庫前の広間を駆け回り、壁を、床を触り捲る。大事な宝物庫の前だ。さぞかし強力な罠が張り巡らせてあるだろうよ。全部作動させてやる。

「ちょっ、ちょっとアナタっ」

 俺の狙いに気付いたようだが、もう遅い。部屋の罠が次々と作動する。


 壁から矢が、床から槍が飛び出す。巨大なギロチンの様な刃が部屋を横断する。

 いやいやいや、いやぁ~! 罠多過ぎるだろぉ。こっちもヤバイ。

 おばちゃ……いや、おっさんは余裕をもって飛んでくる罠を躱している。

 くそっ、俺だけが死にかけてるじゃないか。


 天井で嫌な音がする。ゴグッっと何かが外れる大きな音に続き石が崩れるような音が広間に響く。これは、天井ごと崩れるやつか?

 部屋の中の三人の目が天井に向かう。

 その瞬間。

 床が抜けた!


「は?」

 余裕こいてたおっさん、政樹の間の抜けた声が漏れる。

 政樹の居た床だけが綺麗に抜け落ちた。

 天井に注意を向けさせた直後に床が落ちるという鬼畜な罠。これは予想外だった。

 当然おっさんも、何も出来ずに落ちていく。

 何も見えない、何処まで続くのかも分からない闇の中へ、おっさんが落ちて行った。結果オーライだ。これなら戻ってはこれないだろう。


「ただにぃ、やりすぎぃ」

「ははは……びびったな」

 イチカに怒られるが、渇いた笑いしか出ない。正直びびった。

 だが、これで邪魔者もいないし、依頼達成だ。


「まぁまぁ、宝の山が俺たちを待ってるぜ」

 ごまかして宝物庫の扉を開ける。

 重い石造りの扉が、音を立ててゆっくりと開いていく。

 さぁ、お宝とのご対面だ。

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