第5話 何百年経っても作動する罠って

 下の階層へ続く穴に案内される。

 床に空いた穴は、厚い鉄の扉で蓋をされていた。

「この遺跡はいくつかの階層に分かれていますが、移動手段が見つかっていません。このような穴があるだけで、階段も梯子もありません」

 案内してくれた井口さんが不思議な事を言い出した。


「帰れないだけで、まだ下に誰かいるかもしれないな」

「怖い事言わないでよ」

 調査に潜った奴らが生き残ってるかもと、そんなつもりで言ったのだが、イチカは古代の人が居ると思ったようだ。

 まぁ、何かしらは居るようだが。


「スタッフが辿りついた場所は、照明も取り付けてあります。下におりたら発電機を探して下さい。それで、廊下の照明がつきます」

 灯りがあるのは助かる。

 何故消えているのか、何故穴を蓋で塞いでいるのか。

 怖いので考えるのはよそう。


 LEDランタンを腰につけ、ベルト付ライトを頭に着ける。

「さぁ、行くぞ……レディ・ファーストだ」

 真っ暗な穴を覗き、尹尹いちかを先に行かせる事にするが、別に怖い訳ではない。

「え、いいの? 後から降りたら、下からスカートの中覗けないよ?」


 なんで覗きたいのを前提に、当たり前のように話すのか。

 それじゃあ、いつも俺が覗いているみたいじゃないか。

「お前はなんでまた、そんな短いスカートなんだ」

 呆れたように文句をつける。


「いいじゃん。この方がカワイイもん」

「それで動き回ったらパンツ見えるぞ」

「見えるわけないじゃん。履いてないもん」

 まっくらな縦穴へイチカが降りていく。


「梯子を取り付けたのは、この穴だけです。さらに下へ行く道は発見されていませんが、どうにかして下さい」

「まぁ、なんとかしますよ。楽しみに待っていて下さい」

 井口さんと別れ、縦穴を降りていく。

 やたらと深い穴だが、どうやって掘ったのだろうか。

 下の灯りが止まったので、イチカが床に着いたようだ。

 今のところ、襲ってくる何者か、はいないようだ。


「ただにぃ、発電機ってどっちぃ?」

「南だ」

 廊下は南と西へ伸びていたが、西は何もない小部屋で行き止まりになっていた筈なので、南へ向かえと答える。

 照明が設置してあるこの辺りは、既に調査がされており、簡単な地図も見せてもらっていたので、発電機までは迷わずに辿り着けるだろう。


「南ってどっちよ」

「……こっちだ」

「なんで分かんのぉ? 虫なの?」

「方角くらい感覚で分かるだろう」

「うわっ……きもっ」

 今のは本気だったな……。

 おじさん、少し傷ついたぞ?


 真っ暗な廊下を僅かな灯りを頼りに進む。

 分かれ道が結構ある面倒なフロアだ。

 行き止まりは少ないので、少しくらい間違えてもすぐに元の道へ戻れるが、迷いやすいともいえる。


「ちゃんとついてこいよ」

「なんで道分かるの? 上で地図見ただけじゃない?」

「地図を見たんだから分かるだろう」

「うわ……」

「キモくないっ!」


 今何か聞こえた気がした。

「今の……なんだ?」

「何、なに? やめてよぉ」

 そういえば、尹尹(コレチカ・イチカ)は母娘おやこ揃ってお化けやら、幽霊は苦手だったな。

 殴ったり蹴ったり出来ないのがダメなのだろうか。


 何か聞こえた気がしたのだが、何事もなく発電機のある部屋へ辿り着いた。

 赤い大きなボタンを押して、把手のついたワイヤーを力いっぱい引く。

 ドルルン……と鳴るが、動かない。

 二回、三回と引くとエンジンがかかり、発電機が動き出すと、天井に釣られた照明に明かりが灯る。


「ふぅ……やっと明るくなった。文明、様様だねぇ」

 照明に照らされ、見えなくても良いものまで見えてしまう。

 床には二人の男が倒れていた。

 先に入った探索者のようだが、何かに噛まれたような傷が体中にあった。


「何かしらは、いるようだな……」

「……死んじゃってたりする人? 救急車呼ぶ?」

 すぐ近くで怖がる人間を見ると、恐怖は薄れるものだ。

 連れてきて良かったかもしれない。

「いや、いらないだろう。何に襲われたんだろうな」

 死体を残し部屋を出ようとすると、その疑問は早くも答えが出た。

 知りたくなかったが。


「ひぃっ!」

 短い悲鳴をあげるイチカ。

 俺でも叫びたいくらいだ。

 ボロボロになった服……だったものをその身に絡ませた、痩せこけた人……だったもの達。殆ど骨と皮だけのようになり、眼球も失くしたナニカがそこにいた。


「うぉっ……こっちもか!」

 床に倒れていた二人も、呻き声を漏らしながら動き出した。

「いぃぃやぁあああああっ!」

 悲鳴をあげるイチカが、動き出した床の二体に躍りかかる。

 叫びながらも的確に脇腹の急所を蹴り抜き、既に死んでいるとはいえ、体中の急所へ連続蹴りを叩きこんでいく。


 止める間もなく首を踏み折り、再び眠りに就かせてしまった。

 だが、入口からも骨っぽいのが入って来ている。

 床に転がる、動かなくなった二体を蹴り続けるイチカの、腰の辺りを後ろから掴んで持ち上げると、くるりと向きを変える。


「いぃやぁああっ!」

 盾代わりに掴んだイチカを、迫る骨っぽい人に突き出した。

 悲鳴をあげるイチカの蹴りが、骨の顔面を捉え、部屋の外へ蹴り飛ばす。

「っ……っ!」

 頭を失くした骨っぽい人を見て、声なき悲鳴をあげるイチカ。

 そんな彼女を掴んだまま部屋を駆け出して、さらに南へ向かう。


「うぅ……もぉ、やだぁ……むりぃ」

 肩に担いだままのイチカが泣き言を漏らす。

 結局三体仕留めているのだが。

「やっぱ、ヤバイ遺跡だったな。その辺、勝手に触るなよ?」

「その辺ってなによぉ……あっ……」

「どうした……うぉっ!」


 いきなり壁から目の前ギリギリに槍が飛び出した。

「壁がへこんだ……ただにぃ……降ろして……」

 咄嗟に担いでいたイチカを持ち上げ、後ろに逸らしていたので、彼女は俺の背後で逆さに釣られた格好になっていた。

 掴んでいた足を放すとイチカは、床に手を着き、くるんと綺麗に着地した。


「なんだこりゃ……罠……か?」

 イチカが触れた壁の一部がへこんでいた。

 どういう仕掛けなのか、壁のボタンを押すと槍が飛び出すようだ。

 目的がわからん。


 触った先で槍が飛び出す罠。罠?

 前を歩く誰かを殺すための仕掛けだろうか。

「まだ動くんだねぇ」

 変なところにイチカが感心しているが、確かに古そうな遺跡なのに、作動する罠が残っているとは驚きだ。

 さらに驚く事に気付いた。


 ここに来るまでずっと、壁も床も天井も石造りだが、継ぎ目がまったくない。

 まるで一枚岩をくり抜いたような遺跡だ。

 そんな巨大な岩が埋まっていたとして、どうやってくり抜いたのか、掘った石はどこへいったのか。どうやって罠を仕込んだのか。


 人ではないナニカと殺意の籠った罠。

 進めば進む程、謎ばかり増える遺跡探索だ。

 そんな地下に眠る宝とは、どんなものなのか。

「震えがくる程楽しみだよな」

 ワクワクが止まらない俺を、イチカが覚めた目で見ていた。

 ふん。男のロマンは分からないだろうさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る