第3話 日本のエレベーターって安全らしいよ

 この俺、橘 尹尹これただはトレジャーハンターだが、今日の仕事はデパートのエレベーター解体の手伝いだ。

 これも頼まれて仕方なく、本当に仕方なくやっている事だ。

 この辺りは多摩南部らしいが、個人的には、ほぼ神奈川県だと思っている。


 リス園で有名な所、チャールズ・シュルツの『ピーナッツ』のミュージアムもあったりするが、今日は駅前のデパートで、エレベーターの解体だ。

 駅前でぼったくりすぎて儲かったのか、改装するらしい。

 デパートの裏で今日の依頼主、杉村さん達EV屋さんと合流して、改装工事中の現場内へ、詰所として用意された部屋で着替える。


 まずは箱から、EVの壁と天井を外して枠と床だけにする。

 それを使って、各階の扉を外して回収していく。

 次は重りを外して回収するのだが、これが結構大変だったりする。

 今回の重りは延べ棒の様な形の小さな物で、片手で持てる程の大きさだが、片手なのは大きさだけで、重さはなんと150Kgだ。

 それが機械油にまみれてヌルヌルになっているので、そう簡単に運べるものでもなかったりする。

 一つ一つ上がってくる手のひらサイズの重りを、ハンドフォークに乗せて運び、回収していく。


注) 基本的なエレベーター

 ここで、一般的なエレベーターの構造のご紹介をさせて頂きます。

 きちんとした日本のメーカーの物で、説明しますと、エレベーターはつるべ式で、箱の反対側には、定員数の倍以上の重りが吊られています。

 屋上のウインチでを巻き上げ、エレベーターは上下します。

 電源が落ちたり、何か故障したりした場合、重りが下に落ちるのでエレベーターの、人が乗る箱部分は上へ、最上階へ運ばれるので落ちません。

 また、箱を吊るワイヤーは一本でも耐えられる物ですが、四隅と中央、最低でも5本のワイヤーで吊られています。

 ワイヤーが切れても、一本でも残っていれば落ちません。

 万が一ワイヤーが全て切れた場合でも、設定以上のスピードが出るとブレーキがかかります。

 エレベーターが上下する梯子状のレールにロックがかかり、緊急停止します。

 よく映画であるように、エレベーターシャフト内には人は入れません。

 梯子状のレールはありますが、指が沈むくらいに油が塗ってありますし、天井の点検口は照明や換気扇の配線と点検をする為のもので、外に出る物ではありません。

 アレを開けると、もう一枚天井があるだけです。

 アメリカでは、人が移動できるような作りになっているのでしょうか。

 日本のものしか見た事ないのでわかりません。


 10時の一服後、屋上のウィンチのトラブルで作業が止まってしまう。

 昼まで直らず、結局解体途中で終了。続きは明日になった。

 残りは人数が居ても仕方がない作業なので、俺の手伝いはここまでだ。

 今日は帰りに寄る所があるんだ。

 ちょっと調べものをしに、知り合いに会いに行くんだ。


 面倒な事に尹尹イチカもついていくと言い出したので、仕事終わりに駅で待ち合わせしていた。

「ただにぃ~、おっそいぃ」

 会った早々文句をいう姪のイチカ。

「仕事なんだから仕方ないだろう。ついて来たって楽しい事もないぞ?」

「いいじゃん。今度の旅行の話でしょ?」

「旅行じゃなくて、仕事だからな」

「はいはい」


 乗り換えは増えるが、安さ優先で小田急線で登戸へ。南武線に乗り換え府中本町で武蔵野線に乗り西国分寺まで行く。本当は隣駅だが、そこから歩きだな。

 目的地は小さなバー、表向きは……だが。

「……えい? 変な名前」

 我が姪ながら失礼な娘だ。


はなぶさだよ」

「ふ~ん」

 興味なさそうだ。

 ここに調べものが得意な知り合いがいるんだ。怪しくないか、依頼を調べて貰う事があると、ここに来る事にしていた。


「こんばんは~。柿崎く~ん」

「いらっしゃい。おや、いちかちゃんだっけ? 一緒に来るなんて珍しいね。いや、初めてじゃない? 歓迎するよ、どうぞ~」

 見た目は20代半ばくらいの青年、柿崎君。本当の年齢どころか、苗字以外は何も知らない。それでも、その情報は信頼できるものだった。


「え? 会った事ありましたっけ?」

「初めまして、柿崎くんって呼んでね」

 軽く混乱したイチカがこっちを見る。

「彼はなんでも知ってるんだよ。調べものが得意なんだ」


「あ~アレでしょ、ハッカーって奴だ。クラッキングとかする人でしょ?」

「なんか混ざってるな。ハッカーはハッキングする人だ」

「クラッキングは?」

「クラッカーだな。どっちもやる事は一緒だが、目的が違うんだ。簡単に言うと、良い人がクラッカーで、悪い人がハッカーだ」

 よく混ざってたり、逆になってたりするけどな。

「へぇ~。柿崎さんは?」

 柿崎くんがニヤリと笑う。

「それは秘密かな。まぁ、やる事は一緒だからね」


 情報を得て店を出て駅まで歩く。

 考えていたよりも危ない仕事かもしれない。

 イチカはついてくると言ってきかないが、柿崎君の話だと遺跡自体が危険なんてもんじゃなさそうだし、何やら何処かとモメてるようだ。


「一言で言うと『ヤバイ』ね。依頼主は、井関って男で珍しく本名だよ。土地を買ったら遺跡が見つかったみたいだね。井関の遺跡だね。何かが出たのか、金目の物が埋まってると確信しているみたいで、こっそり掘り起こしてるらしいよ。彼の遺跡調査の依頼で、最近何人も姿を消してるんだ。彼の遺跡に行った人間は、誰も帰って来ないみたいだね~。皆死んでるって噂だけど、死体も見つかってないね」


 フリーの、怪しい自称トレジャーハンター達が、何人も遺跡に潜り帰って来ないので、プロの俺に話が回ってきたようだ。

 怪しい盗掘屋の流れではない。

 気になるのはモメてる組織の方だな。

 面倒な対立は勘弁してほしい。


「ちょっといいですか? 何処へ行くんですか?」

 突然声を掛けられる。

「家に帰るとこですよ」

 二人の男は警官だと、手帳を見せる。スーツ姿の警官、刑事だった。

 暗くなってきた道で、制服の女子高生を連れた作業着姿のおっさん。

 まぁ、声を掛けられるのも仕方ないか?


「身分証はありますか? ちょっとそこまで来て貰ってもいいですか?」

 何か事件でもあったのか、しつこいな。この二人、何か違和感がある。

「国分寺警察ですか?」

「そうです。捜査課の者ですが、ちょっと話を聴かせて欲しいんですよ」

 どっちにしろ犯罪者だな。


「こいつら、やっつけろ。駅まで走って逃げるぞ」

 イチカに耳打ちすると、少し驚いた顔をするが、躊躇なく攻撃を開始する。

 今更だが、危険な姪だ。やはり血なのだろうか。

「しっ! ふっ……せぁ!」


 しなやかな長い脚が、男のアゴを突き上げる。

 不意討ちに反応も出来ず、意識を狩られた自称刑事が崩れる。

 男が倒れる前に、もう一人のみぞおちに肘を突き入れ、下がったアゴを飛び膝が、短いスカートを靡かせて突き刺さる。

 二人の自称刑事は一息で、叫ぶどころか呻き声も漏らせずアスファルトに沈んだ。


「本当に大丈夫だったの?」

 ダッシュで逃走して、駅に着いた処でイチカが今更気にしていた。

「あぁ。あいつら警官じゃないからな」

「そうなの? 刑事だって言ってたよ? まぁ警官にしては弱すぎるけど」

 警官の強さを知るなよ。


「国分寺は小金井警察の管轄で国分寺警察はないよ。それに捜査課があるのは警視庁だけで、所轄にそんな課はない」

「おお~、そうなんだ。でも、本当は小金井とか警視庁の人かもよ?」

「地方公務員なら、身分や所属を偽っちゃいけないって決まってんだよ。警官でも、偽物でも犯罪者だって事だ」


 問題は何故俺達に声を掛けたのか、だ。

 たまたまなのか、例の遺跡の井関関係なのか。

 イチカを連れていくのは心配だが、何が埋まった遺跡なのか、興味が湧いて来た。

尹兄ただにぃが、賢く見える。不思議」


 失礼な姪だが、不意打ちとはいえ、一息で大人の男二人を蹴り倒すとは、油断できないな。昔、彼女の母親チカが高校生の時、8人の男子高校生を殴り倒したのを思い出し、ブルルっと震えが来る。

「そんな短いスカートで暴れてると、パンツ見えるぞ」

「尹兄がやれって言ったんじゃん。それに見える訳ないでしょ……履いてないもん」

 義兄さんは、大人しい真面目な人なのにな。

 こんな乱暴者を連れて行くのかぁ。あっちもこっちも心配しかないな。


 中央線で新宿まで行き、埼京線で帰る。

 いよいよ久しぶりの遺跡、本業の宝さがしだ。

 トレジャーハンターの本能が騒ぎ出して、ワクワクが止まらないな。

「はしゃいじゃって……叔父さん、子供みたい」

 そんな呟きも聞こえないくらいには、はしゃいでいたようだ。

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