第2話 遺跡の上で暮らすなんて神秘的?
橘
今日の仕事場は古い団地の改装の現場だ。
あいにく遺跡の調査ではない。遺跡が出たのは隣の団地だ。
東京都の筈なのに、西東京市よりも西だったりする辺鄙な場所だ。
近くの団地は、改築途中に遺跡が発見され、現場が止まっているらしい。最初に建てた時は、見なかった事にして埋めて、そっと建ててしまったという事か。
住民は、知らずに遺跡の上で暮らしていた訳だ。なんの遺跡か知らないが。
関係ないが、その隣のマンションは先日作業員が、部屋の前で死んでた現場だ。
心臓に病気か何かある、おじいちゃんらしい。仕事は関係なく、休憩明けに突然倒れてお亡くなりになったらしい。
死人が出る現場は別に珍しくはない。
死人が出ない現場ならば珍しいが。
都内の大手の現場だけでも、少なくても年間500人以上死んでいる。
死人のでないマンションの方なんて、ほぼないかもしれない。基本、外の人を巻き込まない限り、ニュースにはならないし、一般に知られる事はない。
一応警察が検分に来るが、1~3時間程で作業は再開される。
人の死んだ現場を嫌がっていたら、都内に住む場所はなくなってしまう。
死因で多いのは墜落、滑落、転落だ。なので、高層マンションの方が死人が多い。
今回は小さな団地なので、何人も死んでいたりはしないだろう。
現場が始まって数ヶ月経っている筈だが、朝礼時に見た無事故記録は172時間だった。1日8時間で10日で80時間、まぁ長い方かも知れない。
今日は同じ現場内で掛け持ち、午前中は一人でボードの搬入だ。
団地だし9mm300枚、上げ終わり。楽な仕事だ。
ボードとはプラスターボードの事で壁の石膏ボードだ。置床の方は、通常パーチと呼ぶ。どちらもPボードと書いたりして、紛らわしかったりする。
石膏ボードも15mmや耐水やら、重いのは1枚16kgとかもあるが、今回はZボードもない楽ちんな仕事だ。
本設の
意味がないので、階段で運ぶ。
まぁ3階と4階だし、12枚ずつ運べばすぐに終わる。
もう一件荷揚げがあるので、体力も残しておかねばならない。
最後に厄介なオマケがあった。
軽天一抱えだが、何故か3mもある。
当然狭い団地の階段を上がれはしない。
足場に取り付けられたリフトを使うしかないが、コマリフトしかない。
……一人なのに。
コマリフトは人が乗れない小さなリフトで、操作できるのが1階だけなので、通常2人で使用するものだ。
仕方なく荷物を載せ、3階へリフトを上げる。
ダッシュで3階へ上がるが、やはり何もない。
リフトは下へ降ろされていた。
下へ降りると、どこかの職人と監督がコマの前にいた。
「すんませんね。中は通れない荷物なんだけど、一人なんでね」
「あぁ、それで誰も居なかったのかぁ」
コマを使いたいのに、荷物が乗ったまま放置してあったので、どうするか相談していたのだろう。監督に事情を話して、最後だからと、1回だけ待って貰おう。
「じゃあ乗っちゃいなよ。上げてやるから」
監督が、おかしな事を言い出した。
コマリフトは人が乗ってはいけない物で、荷物専用だ。
「え、そう? じゃ、よろしく」
何かあった時、責任を取るのが監督のお仕事だ。お言葉に甘えてリフトに乗って、荷物と一緒に3階まで上げて貰った。
「OKでぇす。ありがと~!」
最後の荷物を部屋へ入れて終了。
10時の一服前に終わった。早すぎたな。
飯に行くにも早すぎるので、詰所に入ってまったり一服する。
10時を過ぎると、職人たちが休憩に集まって来た。
何故か、景気が悪い話で盛り上がってしまった。
一番は電気屋さんで、半年、給料を貰ってないらしい。
半年給料無しで暮らせて、仕事にも出て来てるのなら、今までが貰い過ぎだったんじゃないのか? それか、払う側かもしれない。
まぁ、どこも手間賃が下がってて工期は短くなってるので、大変なんだろうな。
暇だし、飯でも行くかな。次の仕事は午後からなんだよ。
搬入したのと別の棟を通りかかったところ、おかしなものを見かけた。
スパン横にブルーシートの被った何かがあった。
「なんだ? かなりな量だな、なんの資材だろう?」
「よぉ! 今日はどこだい?」
「おぉ、ボードが終わって、午後は左官小屋の移動だってさ」
たまに現場で会う、知り合いの職人に出会った。
「これって何しまってんの?」
暇なんでブルーシートの中身を訊ねてみた。
「キッチンだよ。昨日搬入だったんだけどね。入れられないし、取り付けも出来ないんで、外に置きっぱなんだよ」
「キッチン屋、なんかあったの? それにしてもスパン横って邪魔でしょ」
搬入で使うロングスパンエレベーターの横に、どっさり置いてあったら邪魔だろう。と思ったのだが、そんな事もなかった。
「入ってた設備屋が潰れて内装は進まないんだよ。組に金無くてね、スパンも電源切れて止まってて使えないんだよ。だから邪魔にもならねぇんだ」
想像以上に酷かった。
午後の仕事は左官小屋の移動だ。
6棟ある団地の端にある左官小屋を、反対側に移動させるらしい。
真ん中に造れよ。
セメントを新しい小屋まで運ぶのが仕事だな。
午後になると他の雇われたメンツも集まって来た。
知った顔も何人かいた。さっさと終わらせるか。
「結構、距離あるよな。乗っけてくれ」
何度も組んで仕事をしている奴に、声を掛ける。
「2つでいいか?」
「よろしくぅ」
昔のセメントは1
早く終わらせるには往復回数を減らすのが一番だ。
しかし手が短いので、4袋しか担げない。そこで2袋上に乗せて貰って、6袋運んでいく。降ろす時は前に真っ直ぐ、崩れない様に落として、腹の前で受け止めてから降ろす。これならすぐ終わる。
何人かで軽く飲んで帰った処で、電話が鳴る。
「タダにぃ~、ごはん持って来たよぉ」
かかってきた電話に出ると、いきなり
たまに姉の
子供じゃないと言っているのに。
入って来たイチカに通話中だと見せると、彼女はキッチンへ入っていった。
「もしもし、田辺さん? 久しぶりですねぇ」
電話相手は田辺さんという、ちょっとだけ怪しい仕事をしている骨董屋さんだ。
裏の世界では結構名の売れた人で、発掘関係に顔が売れている。
「え? マジっすか! やるやる! やります! はいはい……はい。じゃあ金曜に、はい。また、そん時にぃ~はぁい。いえいえ、どぉもっす」
電話が終わると晩飯の支度をしたイチカが、お盆に乗せ運んで来てくれた。
「仕事? 嬉しそうって事は、怪しい方ね」
「本業といいなさい。田辺さんからでな、仕事をまわしてくれたんだよ」
「あぁ、盗掘屋ね。大丈夫なの? またママに怒られるよ?」
姉のコレチカは、まともな仕事をしろと煩かったりする。
「盗掘とか言うなよ。チカには内緒だぞ? ロマンのわからん奴だからな」
「じゃあ、私が一緒に行く! 遺跡に行くんでしょ? 私も行きたい! そしたら黙っててあげる。連れてってくれないとママに全部話しちゃうからね」
「うぐぅ……でも都内だぞ? 西の山の中だ」
「やったぁ! 山ってスキ。鍾乳洞行きたい」
「そうか……近くにあるぞ? 鍾乳洞も滝も温泉もあるから、大人しくな」
面倒だが仕方がない。
まぁ、いっても都内だ。そんな危険もないだろう。
気になるのは依頼主だが、一応確認はしておくか。
久しぶりの本業だ。
トレジャーハンターの仕事を、姪っ子に見せつけてやるとするかな。
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