夢と浪漫と現場作業員手伝い

とぶくろ

第1話 崩れる壁って怖くない?

 俺の名はたちばな 尹尹これただ

 姉は元、橘 尹尹これちか

 同じ字が並んでて面白い。そんなふざけた理由で付けられた、遊び心満載な名だ。

 身長174cm体重68kg32歳。

 職業はトレジャーハンターだ。

 お宝を求めて冒険するのが、俺の仕事だ。男のロマンってやつだな。


 そんな俺が明け方に何をしているのかというと、作業着でヘルメットとリュックを背負い、始発の電車で建築現場へ向かっている。

 本業はトレジャーハンターだが、現場作業の手伝いもしている。昔の仲間やら、知り合いだのに頼まれて仕方なく手伝っている。

 そう、あくまでも仕方なくだ。

 今日の現場は都内だが、大分外れの方、駅から大分離れた場所にある。

 現場はマンションで、システムキッチンの搬入が今日の仕事だ。


注) システムキッチン

 好きなキャビネットを組み合わせられる、というのをウリにしたのがシステムキッチンです。施工後に組み替える事は出来ませんが『オプションの食洗器やオーブンを、後からキャビネットと交換出来ます』などと、平気で嘘をく営業もいたりします。

 その場合は取り付け業者の誰かが、無駄な苦労をする事になります。

 マンションでは、シンクと引き出しの300mm、コンロ下のガスキャビに調味料入れの150mmくらいが一般的でしょうか。

 他にもL型などもあったりしますが、水栓と巾木等の部材で、一部屋あたり10回前後、往復する事になります。

 メーカーと値段で、素材は色々です。

 ベニヤから鉄まで幅広く、重さも様々です。


 駅前で合流した友人の車に乗り、現場に向かう。住宅街で、大きな時計屋の工場が近くにあった。住宅街だと狭くて搬入が面倒だったりするが、今回も酷かった。

 マンションの脇に止めたトラックから、荷物を降ろし、仮置きも出来ずに正面へ回り、エレベーターまで運ぶ事になった。さらにエントランスは別の作業で通れないという、おまけ付きだった。まぁ、いつもの事だが。


 今回のキッチンの天板は、嫌がらせなのか人工大理石。表面の見た目と脆さと、重さが本物と同じという、ふざけた代物だ。一番小さい部屋の物でも75kgある。

 偽物のクセに。

 さらに今回は、コンロと一体型のオーブンがある。

 こんなもの、そうそう使わないだろうに80kgもある。


 キッチンの取り付け職人である友人に頼まれ、搬入の手伝いに来たのである。ちょっとだけ違法だったりするが、内緒で職人のフリで働く。

 敷地内に運び込んだ荷物に、図面をみながら運び入れる部屋番号をふっていると、後ろで何か崩れる音が響いた。


 工事の音ではない。

 これは何かやらかした音だ。

 見に行くと、エントランス脇の小屋に大きな穴が空いていた。


「アレって、チャリ置き場だっけ?」

「……だな。鉄筋コンクリートって話だったけどなぁ」

「ないよな……鉄筋」

「見当たらないな」


 友人と穴を見に行って呆れてしまう。よくある事だが、鉄筋を減らしすぎて崩れたようだった。大人が2人、両手を広げて通れるくらいの、大きな穴が空いている。

「最近は碌に叩かないし、中スカスカだもんなぁ」

「この間の現場は天井が落ちて、吹き抜けになってたな。今日だけでも耐えて欲しいなぁ。作業中に床が抜けるのは勘弁して欲しいよ」

「あぁ、アンカー打ったら水浴び喰らったのもあったな」


 最近の躯体くたいは中がスカスカで、雨が降ると中の空洞に、水が大量に貯まったりする現場が多い。穴を開けると溜まった水がドバっ、と噴き出したりする。何日か後に壁や天井から、染み出してくる現場もあった。

「おっかねぇ。早く終わらせようか」


 取り敢えず、端の一部屋分だけ運び込み、友人は取り付けに入り、俺は残りの部屋へキッチンを運び入れ、包装を取って、ゴミを纏める。

「飯いこうぜぇ」

「おぅ、これ縛って終りだ」

 ゴミを持って降りて行くと、衝撃的な光景を見てしまった。


 今朝空いた穴に金網を充て、上からモルタルを塗って誤魔化していた。アレだけで済ませるつもりなのだろうか。……恐い現場だ。

 近所に一軒だけあった、角のラーメン屋で昼を済ませ現場に戻る。

 午後は取り付けの手伝いだ。……まぁ、ほぼダラダラ、ゴロゴロしているだけだったりはするが、メインはラジオ代わりに喋る事だったりもする。


 夕方になると道具を片付け、帰り支度を始める。

 帰りは車で事務所まで送ってくれる。

 何故か、帰りはいつも友人の事務所まで、連れていかれる。

 現場から直接帰った方が、近くて楽なのだが。

「いいから、いいから。一人で運転して帰るの、淋しいんだよ」

 おかしな理由で遠回りして、日当を貰って帰る。


 最寄り駅を降りて、自宅へ向かって歩いていると、高校生くらいの男女が居るのが見える。一人の女の子を、3人の男子高校生が囲んでいるようだ。

 仲良く下校途中……といった雰囲気ではなさそうだ。

 商店街を抜けて裏路地に入った所で、線路際の薄暗く狭い路地だった。


 短いスカートから伸びた長い脚、鍛えて引き締まった背の高い女子高生は、不機嫌そうに長い黒髪を纏め、持っていたゴムで留めた。


「やばい!おいおいおい!」

 俺は慌てて走り出す。……間に合いそうにないが。

 ニヤニヤと笑っていた男子高校生が、いきなり倒れる。

 糸が切れた操り人形のように。


 短かすぎるスカートでのハイキックが、男子のアゴを捉え、一撃で意識を刈り取っていた。残った2人も、驚きから身構える間もなく、同じハイキックを喰らい道端に倒れていった。

 派手に足を上げるが、何故か中は見えない。鉄壁のスカートだ。

 俺は諦めて速度を落とし、ため息を吐きながら近づいて声をかけた。


「ハァ……そんな短いスカートで暴れると、パンツ見えるぞ」

「見えるわけないじゃん。……履いてないもん」

 確かにパンツは見えなかったが……。

「はぁぁ~……チカにそっくりになってきたなぁ」

「ママはもっと清楚じゃん」


「結婚してからはな。昔は酷い暴れ者だったぞ。今30代半ばの男は、大概アイツに殴られてるからな。関東一円で殴られてないのは義兄さんくらいだぞ?俺の奥歯だって、アイツに殴られて折れたんだから。義兄さんは、凄いよ。あんな大人しい人なのになぁ。本当に勇者だよ」

「また言ってる。ホントなの?信じらんないんだけど?」

 結婚してからは大人しいが中学、高校は本当に酷かった。

 アイツはいつも、メリケンを持ち歩いてたからな。


 この女子高生は姉の娘、俺の姪だ。

 姉の結婚相手は、人を殴った事なんてなさそうな人だが、豪胆な尊敬できる人だ。

 俺とコレチカの名前を、面白いと言って、娘にもつけてしまうくらいの人だ。

 姉は結婚して、今は柚木 尹尹コレチカ

 娘である俺の姪は、柚木 尹尹イチカ

 同姓同名親子だった。

 姉を『チカ』と呼んでいたので、紛らわしいったらない。


「叔父さん仕事帰り?」

「仕事じゃない。手伝いだ!仕事はトレジャーハンターだって言ってるだろ? 現場仕事はただの手伝いなんだよ。それと叔父さんて呼ぶな。まだお兄さんの歳だ」

「はいはい。おっさんなのにねぇ。都内に埋蔵金とかないでしょ~。船も飛行機も乗れないのに、どこのお宝を探す気なのよ。群馬とか?」


 確かに乗り物に弱く、すぐに酔ってしまうので船には乗れない。

 高い所が苦手なので、飛行機にも乗れない。

 それなのに、東京北区のアパートに住んでいる。

「最後の秘境とか言われてるけどな、群馬には無いだろう。だが、まだ日本の何処かに、お宝が埋まっているんだよ。夢とロマンなんだよ」

「夢ねぇ。野望じゃない? まぁ、あんまりママを心配させないでよね」

 生意気なセリフを吐いて、小走りに帰っていく姪。


注) 野望

 叶う事のない、分不相応な願いをといいます。

 夢ならば叶う事もありますが、野望は奇跡が起きても叶いません。

 叶ったら野望ではなくなりますから。


 そんな30代でも夢を諦めない、ちょっとイタイおっさんの物語。

 宝を求める冒険活劇となりますか、悲しいおっさんで終わるのか。


 この作品はファンタジーでフィクションです。

 実際の建築物、名称、その他とは、関係……ないといいですね。

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