第40話 義兄妹、新しい生活へ
次の日の昼休み、俺と詩音はいつも通りに昼食をとっていた。
「なあ、詩音」
「……今度は何だよ」
パンを口にくわえようとした詩音が呆れた顔で俺の方を見て返事をする。
「お前は妹とアパート暮らしをしろって言われたらするか?」
「相変わらず変な質問だな」
「変でもなんでもいいから、早く答えろよ」
「俺はしないな。あの二人と生活したら絶対に一週間も持たねぇよ」
詩音は頭の後ろを掻きながら答えた。
「だろうな」
「……で、お前は莉緒ちゃんアパートでと二人暮らしすることになったんだな?」
「……ああ」
詩音に対して質問する大抵のことは俺の身の回りに起きた出来事なので、当然ながら詩音は直ぐに話の流れを理解する。
「どうしてそうなったんだよ?」
「実は昨日、母親達が帰ってきたんだが……」
俺は詩音に昨日の内容を全て打ち明ける。詩音はそれを耳をほじりながら聞いていた。
お前から振ってきたんだから真面目に聞けと言いたくなったが、俺は構わずに話を続けた。
「……お前の家族ってまともな人いねぇの?」
「少なくとも平日に北海道旅行に行くお前にだけは言われたくない台詞だな」
「それを言われると俺も何も言えなくなるからやめてくれ」
詩音は思わず苦笑いをする。
「莉緒がしたいって言うから断れないから俺も本当に困ってるんだわ」
「それをどっちの親も認めちゃってる時点でお前に勝ちはねぇよ」
俺が今話したいのは常識的なことであって、勝つとか負けるとかの話ではない。
「高校生二人がアパート暮らしってどうなのよ……」
「俺はいいと思うぞ?考えてみろよ、今までよりも二人でイチャイチャ出来る時間が増えるんぞ?」
「それはいいんだがな……」
「それなら何も悩むことないだろ。二人だけの空間が待ってるんだぞ?もう少し嬉しそうな顔しろよ」
「んん……」
俺は唸り声を上げながら机に顔を埋める。
「陵矢、お前が何に悩んでるかは分からないが俺からお前に一つだけ言っといてやる」
「……なんだ?」
机にうつ伏せの状態で俺は返事をする。
「妹が大事で大好きなら妹を信じて最後まで一緒にいてやれ。それがお兄ちゃんってやつだ」
「詩音……」
詩音の言葉を聞いた俺は顔を上げる。
「ん?」
「お前にしては珍しくいい言葉だな」
「失礼なやつだな。兄になるならお前もそれくらいの覚悟を持てよ。常識だぞ?」
常識か、俺は莉緒の兄になるための覚悟と自覚が足りなかったのかもしれない。
詩音の一言で俺は大事なことに気付けた。
「……二人暮らし、どうなるかは分からんが頑張ってみるよ」
「ああ、そうしてくれ。また二人も連れて遊びに行くからよ」
「それだと莉緒が困るから勘弁してくれ……」
* *
そして週末になり、俺と莉緒は引っ越しをするためまとめた荷物を運ぶ。
母親が業者を手配していてくれたので机やベッドなどの大きな物は運んで貰えることになっていた。
「陵矢!莉緒ちゃん!そろそろ出発するわよ〜」
「「はーい」」
母親に呼ばれて俺達は外へ出た。
一ヶ月お世話になったこの家ともおさらばである。
「2人とも忘れ物はないかい?」
車に乗った徹さんが俺達に声をかける。
「私は大丈夫よ!お兄ちゃんは?」
「俺は元々持ってきた物が少ないし問題ないよ」
「じゃあ、アパートまで行くから2人とも後ろに乗ってね。」
俺と莉緒は後部座席へと乗り込む。
「友梨佳さんはどうする?」
「私はこっちに残るわ。帰ってきたばかりだし、私は私で荷物の整理をしたいと思うの」
「分かった。何かあったら連絡してね。それじゃあ、行っきてきます」
徹さんはそう言うと車を走らせた。
少しずつ俺達が過ごした家が遠ざかっていく。
「……いざ……離れることになると……やっぱり……寂しいな……」
莉緒を見ると涙がこぼれていた。
俺にとってはたった一ヶ月過ごしただけの家だ。しかし、莉緒はこの家で十五年を過ごしてきた大切な家。寂しくないはずがない。
「やっぱり……戻りたいな……」
「莉緒」
「……なに……お兄ちゃん……?」
「これはお前が自分で言い出したことだろ?それなら最後までその意志を貫け。お前一人で生活するわけじゃないんだ。俺もいる、心配するな」
俺は莉緒の頭をそっと撫でる。
「うん……分かった……」
「そうだ、それでいいんだ」
俺は笑顔で莉緒の頭を撫で続けた。
「〜〜〜〜!もう!お兄ちゃん!撫ですぎだよ!せっかくのツインテールが崩れちゃうでしょ!」
「ツインテール崩れるのは俺が困るな。すまんすまん」
「少しは加減してよね!お兄ちゃんは分からないと思うけど直すのだって大変なんだよ!?」
「分かった分かった……あっ……」
俺は何を思ったのか、莉緒の頭を再び撫でてしまう。
「う〜〜〜〜!」
「り、莉緒!すまん!わざとじゃないんだ!」
「だから!撫でないでって言ってるでしょ!」
莉緒の右拳が俺の腹部に直撃して「グハッ!」と俺は叫び声を上げる。
「莉緒……何しやがる……」
「私知らないもん!撫でないでって言ってるのに撫でるお兄ちゃんが悪いんだからね!」
莉緒は怒って窓の方を向いてしまった。
「……二人とも……車内では静かにしててね……?」
徹さんが苦笑いしながら小声で俺達に注意する。
「は、はい。すいません」
「……」
俺は謝ったが、莉緒は黙ったまま窓の外を眺めていた。
そして、車を走らせること三十分で俺達がこれから住むアパートに着く。
「徹さん、このアパートやたらと綺麗じゃないですか?」
「それは当然だよ、出来たてほやほやだからね。一週間前に入居者募集の記事を見て、すぐに応募したんだよ」
「よく応募通りましたね」
「このアパート建てた企業って僕の営業先なんだよ。だから、ちょっとだけ……ね?」
徹さんは人差し指を口の前に立てて「シー」と言う。
一体何をしたのか気になってしょうがないが聞き出せそうもないので俺は諦めることにした。
「……とりあえず、部屋に行くか。徹さん、部屋どこですか?」
「二階の一番右端だよ。業者さんが先に入って荷物運んでくれてるはずだから鍵は空いてると思うよ」
「分かりました!じゃあ莉緒行こうか?」
「……うん」
まだ怒っているみたいで少し頬が膨れていた。相変わらず感情がもろに表情出るから助かる。
階段を上り、俺達は新しい新居の前で足を止めた。
「「お、おじゃましまーす」」
おどおどしながらも、俺達は新居の玄関を開けて中へと入っていく。
奥へと進んでいくと、まず最初にリビングダイニングキッチンが広がっていた。徹さんの話によると十三畳あるらしい。
そして洋室が一つとバスルーム、トイレと二人暮らしには丁度いい物件である。
しかし、俺には気になっていることがあった。
「徹さん、洋室が一つしかないんですけど、どういうことですか?」
そう、なぜか洋室が一つだけなのである。
俺と莉緒で暮らすならそれぞれ別の部屋が欲しい。
「ああ、二人同じ部屋でいいかなと思って一つだけにしたよ?別に問題ないだろ?」
「問題ありますよ!」
「陵矢くん、そんなに声を荒げないでくれ。洋室は十畳あるから広さは問題ないだろ?」
「広さの話をしてるんじゃありませんよ!どうして同じ部屋なのかって聞いているんです!」
「莉緒がそうしたいって言うからそうしたんだよ」
俺は莉緒の方を見ると、莉緒は慌てて目を逸らした。
さっきまでの表情とは打って変わり、焦りの表情を見せる。
「……おい、莉緒」
「な、なによ!」
それでも莉緒は強気な口調で歯向かう。
そんな莉緒に対して俺は一言だけ口にした。
「ばーか!」
「ちょっと何よ!そのシンプル過ぎる罵倒は!」
「バカのくせに罵倒なんて難しい言葉、よく知ってんな。しかも使い方微妙に違うわ!」
「べ、別にいいじゃない!対して変わらないでしょ!」
新居に到着して五分と経たずに俺達は喧嘩をしてしまう。
「二人とも!」
物静かな徹さんの怒鳴り声に俺達は驚いて固まる。
「……な、なんでしょうか、徹さん?」
「引っ越して早々喧嘩するのはやめてくれ。仲がいいのは分かる。けど、この調子だとこの先が思いやられるよ」
徹さんの真っ当な意見に俺達は納得して喧嘩をやめることにした。
「……お父さん、ごめんなさい。車の中でも騒いじゃったし……」
「分かればいいんだよ。それじゃあ、僕はこの辺でおいとまさせて頂くよ。後は二人で頑張ってね」
「分かった!」
「分かりました」
「あ、陵矢くん。ちょっと玄関まで来て貰ってもいいかい?」
俺は徹さんと一緒に玄関へと向かう。
「なんでしょうか?」
「ここまできてから言うのもおかしな話だと思うんだが僕の聞いて欲しい」
本当に今更だと思うので何を言われても俺は「はい」しか言えないだろう。
「徹さんの話ならちゃんと聞きますよ」
「……そうか……じゃあ、将来は莉緒を嫁として貰って欲しい。よろしく頼むよ」
「……え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
これは金髪ツインテールをこよなく愛する男子高生に金髪ツインテールの義妹が出来た物語である。仲の悪かった二人が互いを愛するまでになり、再び二人暮らしをスタートさせるところまできた。
莉緒の父親が陵矢に言ったことが今後のストーリーにどう影響するのか。
それはまだ誰にも分からない――。
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