第38話 事件の翌日と母親達の帰国

「お兄ちゃん大丈夫?顔色悪いよ?」


 次の日、朝ご飯を取っている最中に莉緒が心配そうな表情で俺を見つめてくる。


「……大丈夫だ……」


「どう考えても大丈夫じゃないよ!顔真っ青なんだよ!?」


 昨日の陽菜ちゃんとの事件で俺は精神的にダメージを受けている。あの後、家に帰ってきてからも恐怖で俺は莉緒から中々離れられなかった。


「……大丈夫……」


「無理しないで今日は学校休んだら?」


「風邪でもないし……そういうわけには……」


「今のお兄ちゃんは風邪よりも深刻だよ!学校に休みの連絡するからね!」


 莉緒は席を立ち冷蔵庫に貼ってある学校の電話番号を確認しに行こうとする。


「……大丈夫だから!連絡しなくていいから!」


「その状態でどうやって学校に行くのさ!まともに歩けるの!?」


「莉緒が肩貸してくれれば大丈夫……」


「やだよ!昨日やったけどさすがに疲れたもん!」


「頼むよ……莉緒……」


 俺は莉緒のスカートを掴み、必死に拒む。


「そんな涙目の表情したってだめなんだからね!今日は休むのよ!早くスカートから手離してよ!」


「嫌だぁぁぁぁぁ!」


「子供じゃないんだから!いいから離してよ!」


「嫌だぁぁぁぁぁ!」


 駄々をこねる俺の手を莉緒は力ずくで振り払った。その瞬間、


「あ……」


――――パサッ……。


 莉緒の声と何かが床に落ちる音がした。

 俺が顔を上げると莉緒が真っ赤な表情をしていた。


「……お兄ちゃんがスカートのチャック引っ張ってたから脱げちゃったじゃん!」


 目線を下に移すと、綺麗なスカイブルーのパンツが俺の視界に入る。


「あ、すまんすまん」


「あんまりジロジロ見ないでよ!恥ずかしいじゃん!」


 莉緒は急いでスカートを拾って穿き直す。


「……でも今更、恥ずかしがることもないだろ」


 俺は満足気な表情を浮かべる。

 これは俺がこの前に原宿に行って選んであげた物だ。


「……それ、どういう意味よ」


 莉緒が少しキレ気味で言う。


「いや、そのパンツって俺が選んであげた物だしさ。初めて付けてるところ見たけど、凄く似合ってるなーと思って」


「朝からパンツ見られて褒められたって、ちっとも嬉しくないよ……」


 莉緒は頬を膨らませてそっぽを向く。


「褒めてるんだから少しは喜べよ」


「この状況でどう喜べばいいっていうのよ!ばか!」


「ああー、なんか莉緒のパンツ見たら元気出たわ。早く学校行こうぜ」


「妹のパンツ見て元気出るってどんだけの変態なのよ……」


「なんとでも言え。俺はお前が身に付けているパンツとブラでしか元気出ないから安心しろ」


 俺は誇らしげに言う。これが俺の妹愛なのだからしょうがない。


「お兄ちゃんの変態……下着マニア……」


「下着マニアではねぇよ!」


「変態は認めるんだね……」


 新たな変態の称号を手にした俺は莉緒と一緒に今日も学校へと向かう。

 通学途中、莉緒が少しばかり距離を取って歩いていたのは内緒の話である。


      *      *


 莉緒のおかげもあり、今週は陽菜ちゃんに一度も会うことなく週末を迎えることが出来た。これに関しては莉緒に感謝の気持ちしかない。

 そして、今日ようやく母親達が帰ってくる。


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!こんな感じかな!」


 言われて振り向くと、莉緒がリビングに飾り付けしていた。


「別に帰ってくるだけなんだからいらないだろ」


「そんなことないよ!一ヶ月ぶりに帰ってくるんだからこれくらいはしないと!」


「仕事で出て行ったならやってもいいけどな……」


 二人は新婚旅行で海外に行ったため、正直言うと俺は帰ってくることに対して、それ程嬉しさがない。

 俺が溜息をついてソファに座るとスマホが通知音が鳴る。

 ポケットから取り出して、見ると母親からだった。


『今、羽田空港に着いたわ』


 どうやら無事に日本に到着したらしい。

 羽田だから、家に着くのはあと二時間後くらいだろう。


『気を付けて帰ってきて』


『今は家にいるの?』


『当たり前だろ?』


『そう。二人に大事な話があったから丁度よかったわ』


『大事な話?』


『それは帰ってから話すわ』


『分かった』


 大事な話とはなにかなと少し気にはなったが、帰ってくるなら気にすることもないだろう。


「今の連絡って友梨佳さんから?」


 莉緒は作業の手を止めて俺に聞いてきた。


「そうだよ。今、羽田に着いたってさ」


「ほんとに!?じゃあもうすぐだね!早く準備しないと!」


 俺からの知らせを聞いた莉緒は嬉しそうに作業へと戻っていく。


「あと、なんか俺達に大事な話があるってさ」


「話?なんだろうね?」


「さあ?教えてくれなかったから分からん」


 そして二時間が経ったお昼過ぎにインターホンが鳴る。

 音を聞いた莉緒が玄関へと向かう。


「はーい」 


「莉緒ちゃん!ただいまー!」


「友梨佳さん!おかえりなさい!」


 久々の再会に母親と莉緒は玄関で抱き合う。

 普通なら俺と抱き合うはずなのだが、俺もそんな歳ではない。

 なんならそんな気分でもない。


「陵矢くん、遅くなってすまないね。ただいま」


「徹さん、おかえりなさい」


 俺は徹さんの疲れ切った表情を見て何かを察した。


「中々、友梨佳さんが帰ろうとしなくてね。少しばかり長引いてしまった。本当にすまない」


「いえいえ、うちの母が迷惑をかけたみたいで。こちらこそ、すいません。」


「ちょっと!徹さん!陵矢に余計なこと言わないでよ!」


 母親が徹さんのことを軽く小突いた。

 あんたはそういうことする立場の人間じゃないだろ。


「徹さんに迷惑かけたんだから。母さんも少しは反省しろよ」


「し、仕方ないじゃない!楽しかったんだから!」


「だからって子供を放ったらかしにして一ヶ月も海外旅行に行く親がどこの世界にいるよ!」


 思わず、俺の溜まっていた怒りが爆発してしまう。


「でも、その分だけ莉緒ちゃんと仲良く慣れたみたいじゃないの。良かったじゃない」


「それとこれとは話が別だ!」


「まあまあ。玄関で話しているのも何だし、早くリビングに行こうよ!」


 中間に莉緒が入り、俺と母親の言い争いを止める。

 莉緒が止めてくれなければ、俺の怒りはさらにヒートアップしてしまっていただろう。本当にたまに空気読んで行動してくれるから助かる。


「あら!綺麗な飾り付けね!」


 リビングに入った母親が莉緒の飾り付けを見て喜ぶ。


「二人が帰ってくるなら、せっかくだし派手にお出迎えしたいなって思って!」


「莉緒ちゃんありがとね!嬉しいわ!こんな優しい娘が出来て私は幸せよ!」


 母親が莉緒の頭を撫でる。

 撫でられた莉緒は満面の笑みを浮かべていた。


「友梨佳さんみたいな人が母親になって本当に良かったな、莉緒」


「うん!お父さんありがと!」


 俺はその光景をソファで横になって見ていた。

 幸せそうで本当に何よりである。俺は少しばかり不機嫌だがな。


「お兄ちゃん!イタリアのお土産だよ!」


「俺はいいよ。お前だけ楽しめ」


 俺はソファにあったクッションを顔に被せて動こうとはしなかった。


「えー、一緒に見ようよー」


「莉緒ちゃん、陵矢は大丈夫だから。三人で楽しみましょ」


「……う、うん」


 莉緒の寂しげな声が聞こえてきたが俺は無視した。


「そうだ、莉緒。大事な話があるって陵矢くんから聞いてたか?」


 莉緒達がお土産を見ている最中に徹さんが莉緒に言う。


「聞いてたよ?内容は知らないけど」


「じゃあ、ここからは私が単刀直入に聞くわね」


 母親が莉緒の前に座り、じーっと見つめる。


「莉緒ちゃん。あなた、陵矢と一緒にアパートを借りて二人暮らししなさい」


「は!?」


 とんでもない母親の発言に俺は驚きの声を上げてソファから飛び起きた。


「どういうことだよ!母さん!」


「今は莉緒ちゃんに聞いてるの。陵矢は黙ってなさい。どうする?莉緒ちゃん?」


「……私は……全然おっけーです!」


「分かったわ。詳しい話は後ほどね」


「……いやいや、俺の意見は……?」


 母親達の帰国で更に思わぬ方向へと向かおうとする俺達の日常。

 金髪ツインテールの美少女に出会ってから俺の人生、ろくなことがない。





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