第37話 陽菜と体育館で監禁事件

 俺は今、絶体絶命のピンチを迎えている。

 このまま行けば間違いなく死ぬだろう、精神的に。


「誰も助けに来ない感じですし、子孫を残すためにこのままセックスしませんか?陵矢先輩♡」


「お前はよくこの状況でそんなことが言えるな!そもそも、子作りしたって生まれる前に俺達が餓死して終わりだ!」


 現在、俺と陽菜ちゃんは体育館の準備倉庫に閉じ込められている。

 こうなってしまったのも、全ては陽菜ちゃんのせいである。


「……確かにそうですね。じゃあどうしましょうね?子作りするのはやめて、ひたすら私といちゃいちゃする方向でいいですか?」


「却下だ」


 俺は即答する。


「どうしてですか!?やっぱり私のことが嫌いなんですか……?」


「……嫌いではない。だけどな、好きでもないやつと俺はそういうことはしない。ましてや、俺には莉緒がいるからな」


「莉緒、莉緒、莉緒ってそんなに莉緒が大事なんですか!?少しくらい私のこと見てくれたっていいじゃないですか!」


「今更、何言ってんだよ!莉緒が1番大事に決まっているだろ!俺の世界でたった一人の妹だぞ!」


「血は繋がってませんですけどね!」


 莉緒に嫉妬したのか、陽菜ちゃんが嫌味を言う。


「それについてはもう触れなくたっていいだろ!クソビッチが!」


「……クソビッチ……いい響きですね……もう一回お願いします……!」


「言うわけねぇだろ!クソビッチ!」


 勢いで俺は結局言ってしまった。

 ひとまず、なぜ閉じ込められてしまったのか説明しよう。


      *      *


 今日の体育館の掃除当番は俺達だった。

 掃除を終えて、用具を片付けていた時に陽菜ちゃんが俺に話しかけてきたのだ。


「陵矢先輩?」


「なんだ?陽菜ちゃん?」


 ここ最近は陽菜ちゃんと話す機会が殆どなかった。

 顔を見るのも久しぶりな気がするくらいだ。


「好きです!付き合って下さい!」


 お前、それ言うの何回目だよ。

 以前は会う度に言われていたため、どこか懐かしさを感じてしまう。


「無理」


 俺はいつも通りにこの二文字だけを言い返す。

 それ以外に返す言葉がないのだから仕方ない。


「無理を承知で告白しているんです!いいから早く承諾してくださいよ!」


「無理なものは無理だって何回言ったら、お前は分かるんだ!」


「そんなこと知りません!陵矢先輩が私のことを好きになってくれるまで永遠に言い続けますよ!」


 なんて自己中で面倒くさい女だ。

 こんなやつが莉緒の友達になれたのだろうか。俺にはさっぱり理解出来ない。


「永遠に言い続ける間に俺は莉緒と結婚してるから。一人で頑張れよ、応援はしてる」


「どうして、私にはそんなに冷たくするんですか!私は全然構わないんですけどね……ぐへへっ……」


「お前は相変わらずそういうところは気持ち悪いな」


 俺はゴキブリを見るような目で陽菜ちゃんに視線を向ける。


「あぁ!その視線!最高です……至福です……もっと私のことを蔑んで下さい……お願いします……」


 心の底から心配になるほどのドMっぷりだ。

 容姿は完璧なのに本当に残念でしょうがない。普段、こいつはどんな学校生活を送っているのか気になるな。今度、莉緒に聞いてみることにしよう。


「俺はもう帰るからな!お前も気を付けて帰れよ!じゃあな!」


「えー!もう終わりですか!?もっとお話しましょうよ!久しぶりに会えたんですから〜」


「お前と話しても楽しくない!」


「そう言われるともっとお話したくなっちゃいますね!絶対に帰らせませんよ!……ふふふっ」


 俺は倉庫の扉を開けて外へ出ようとする。しかし、


――――ガチャガチャ……。


「……あれ?扉が開かない……?」


 俺はもう一度、扉を引っ張る。


「……嘘だろ……そんなことって……」


「陵矢先輩、どうしたんですか?そんな青白い顔して」


「……扉が開かない」


「まさかー!陵矢先輩、言うならもっとまともな嘘を……ってあれ?」


 陽菜ちゃんも扉を引っ張るが、開く気配はない。


「これって……まさか……」


「そうですね!閉じ込められちゃいましたね!」


「うそだろぉぉぉぉぉぉぉ!」


 俺は膝から崩れて床に倒れ込む。


「大丈夫ですよ。まだ誰かいるかもしれないですし」


「そ、そうだよな……!」


「試しに助けてって叫んでみたらどうです?」


「助けてくれぇぇぇぇぇ!誰かいないのかぁぁぁぁぁ!」


「…………」


 大声で叫んでみたが、全く反応はない。


「だめみたいですね。とりあえず、誰か来るまで待ちましょうか」


「そんな……」


 とてもじゃないが陽菜ちゃんと二人っきりなんて耐えられる気がしない。


      *      *


 時は戻って現在、俺達はマットの上に何をするわけでもなく並んで座っている。

 早く誰か助けに来てくれないかとそれだけを願って。


「せんぱーい、やっぱりセックスしましょうよー」


「何回言っても俺は絶対にしないからな」


「どうしてですか?このままだと童貞のまま死んじゃいますよ?」


「勝手に俺が童貞だと決めつけるな!」


「あら、違いました?もしかして、もうすでに莉緒としちゃったりして……」


「してねぇよ!ばか!」


「なーんだ。してないんですか。つまんないなー」


 陽菜ちゃんは話すことに飽きたのか、立ち上がって背伸びをする。


「……まじで誰か来てくれ……って、おい!お前なんで脱いでるんだよ!」


 隣を見ると陽菜ちゃんが体操着を脱いでいる最中だった。


「だって陵矢先輩が言っても聞いてくれないんですもん。それなら行動に起こした方が手っ取り早いなって思ったんですよ。私賢いですね!」


「全然賢くねぇよ!ただの変態だわ!」


「変態でも構いません!私は陵矢先輩の童貞をここで奪ってやります!」


 体操着を脱ぎ捨て、下着姿になった陽菜ちゃんが俺に襲いかかる。


「お、おい!やめろ!」


「やめませんよ。私の下着姿を見た以上は童貞を残したまま帰すわけには行きません」


「お前が勝手に脱いだんだろうが!」


 俺は必死に抵抗するが、陽菜ちゃんに押し倒される。

 そして馬乗りになられた俺は全く身動きが取れなくなってしまった。


「ふふふっ……これでもう逃げられませんよ……」


「陽菜ちゃん……やめてくれ……頼むから……」


「嫌です……私の溜まりに溜まった性欲を今ここで出し切ってやるんですから!」


 やばいぞ、本当にやばい。やばいしか言葉が出てこない。

 こういう時に語彙力って本当になくなるんだな。

 そして、陽菜ちゃんが俺のズボンを下ろそうとしたその時、


「お兄ちゃん!大丈夫!?」


 ガチャンと扉が開く音とともに莉緒の声が聞こえてきた。


「り、莉緒!助けてくれ!」


「ちょっと陽菜!これはどういうことよ!」


「莉緒こそ、どういうつもりよ!せっかく陵矢先輩の童貞を奪えるチャンスだったのに!」


「そんな簡単に奪えるわけないでしょ!いいから早く服着なさいよ!このド変態!」


 莉緒の登場で陽菜ちゃんは諦めたのか、俺の上から立ち上がって脱いだ体操着を着る。


「莉緒、ありがとう……死ぬかと思った……」


「本当に死ぬ寸前だったよ!気を付けてよね!」


「……ああ、早く帰ろう……もうここにいたくない……」


 俺は莉緒の身体に抱きついて体育館を出る。


「陽菜、鍵はあんたにやるから。ちゃんと閉めてから帰ってね」


「分かった」


「……あと、これ以上、お兄ちゃんに手を出したら私も本気を出すから覚悟しててね」


「……」


 莉緒の鋭い視線に陽菜ちゃんは思わず怯んだ。

 今まで見たことがない莉緒の怒りの表情に俺も背筋がゾッとした。


「……莉緒、よく俺があそこにいるって分かったな」


「今日、掃除当番って知ってたし。さすがに帰ってくるのが遅かったから心配になって戻ってきたのよ。案の定、先生が鍵閉めちゃってたみたい」


「……そうか……すまんな」


「そんなに落ち込まないでよ、大丈夫だから」


 俺の頭を莉緒が優しく撫でる。今の俺にとってそれがどれだけ安心出来るものなのか、莉緒はきっと分からないだろう。


「莉緒……?」


「……ん?どうしたの?お兄ちゃ……」


 俺は莉緒の唇にそっとキスをした。


「ちょ……ちょ……ちょっと……!お兄ちゃん……!急に何するのよ!」


「何ってキスだけど?」


「そ、それは分かるわよ!どうしてキスしたのよ!」


 莉緒は顔を真っ赤にして俺から距離を取る。

 出来れば今は離れて欲しくないのだが。


「嬉しくて……つい……」


「いくら嬉しくてもさ!タイミングってあるじゃん!?絶対今じゃないでしょ!」


「いや、今だったよ」


「……もう……意味わかんないっ!」


 莉緒の助けで絶体絶命のピンチを乗り越えた俺は無事に家へと帰るのであった。

 そして後日、先生に陽菜ちゃんとの掃除当番は二度と組まないようにして欲しいと莉緒が頼んだ。




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