第36話 間もなく迎える二人暮らしの終焉

「お兄ちゃん、ちゃんと写真飾ったー?」


 次の日の夜、莉緒は再び俺の部屋にやってきて写真を飾ったかどうかを聞いてくる。


「……写真か?写真ならそこの棚の上だぞ」


 勉強をしていた俺は顔を上げることなく、写真を隠していた棚を指差す。


「おー!飾ってくれたんだね!ありがと♡」


「あんだけ言われて飾らないわけないだろ」


「まあ、確かにそうだよねー」


 莉緒は軽い口ぶりでそう言ったが、どれだけ俺に「飾ってね」と言ったのか自覚はあるのだろうか。

 ちなみにだが、今日は朝から会う度に絶対一回は言っていたので軽く三十回は超えているはずだ。


「額縁もいいだろ?」


「うん!これもしかして有印良品のやつ?」


「そそ。高かったけど、せっかく飾るならと思って買ってきたんだよ」


 莉緒があまりにもうるさかったから学校帰りに寄って探してきたのだ。

 クリアのアクリルフレーム二枚で写真を飾るため、シンプルで写真がとても映えるのである。


「さっすが!お兄ちゃん!そういうところが本当に好き!」


「邪魔だ!抱きつくな!勉強出来ないだろ!」


「少しならいいーじゃん。騒ぐとキスしちゃうよ?」


「よくねぇよ!」


 俺は莉緒の襟を掴んで引きずりながら部屋の外へと追い出した。


「ねぇ!お兄ちゃん!何も追い出すことないじゃん!」


「うるせぇ!勉強してんだから静かにしてろ!」


「……はーい」


 俺が怒ってから数分後、莉緒が自分の部屋へと戻っていく足音が聞こえた。

 そして、俺は立ち上がって写真のある棚へと向かう。


「……全く、あいつは……静かにしてれば俺だって何もしねぇのによ。もう少し俺のこと理解してくれると本当に助かるんだけどな……」


 俺は写真を手に取り、笑顔の莉緒を見て「ほんとお前は可愛いよ」と呟く――。


      *      *


 俺と莉緒が二人だけの生活を始めてから、もうすぐ二五日が経つ。

 そろそろ母親達も帰ってくるのではないかと思った俺はLINEを送ってみた。


『おひさ。母さん、いつ帰ってくるの?』


 既読が付くとすぐに返信が来る。


『久しぶり。もうすぐ一ヶ月経つわよね。そろそろ帰ろうと思っていたところよ』


『いつ頃になりそうなの?』


『最低でも三日かしらね。でも私達が帰るの遅くなっても問題ないでしょ?』


 問題はないが、そろそろ親としての威厳がなくなるぞ。いい加減に早く帰ってきて欲しいと思っている息子の気持ちを察してくれ。


『そもそも、今どこにいるんだよ?』


『イタリアよ』


『は?日本にいねぇの?』


『そうだけど?何か問題あるかしら?』


 どこに行くのかを聞かなかった俺達にはも非はあるが、これに関しては問題しかないだろ。俺はてっきり国内旅行だと思っていたため、国外旅行していることは想定外である。


『いや、別にない』


『あら、そう?、どこに行くかも言わなかったから、てっきり怒られるのかと思っていたわ』


 自覚があるならLINEででも言えば良かっただろうに。

 一ヶ月もあったのだからいつでも言えただろ。


『とりあえず、無事に日本に帰ってきてくれ。俺からは以上』


『分かったわ。お土産も沢山あるから楽しみにしててね。おやすみ』


『ああ、おやすみ』


『莉緒ちゃんにもよろしく伝えておいてね』


 ひとまず、母親への怒りを抑えるべく俺は椅子から立ち上がり深呼吸をする。


「……莉緒のところ行くか」


 母親達の状況を知らせるために俺は莉緒の部屋へと向かう。


――――ドシャーン!


 ドアが開くような軽い音ではなく、タンスが倒れるような大きな音が莉緒の部屋に響き渡る。


「ちょっとお兄ちゃん!そんな勢いよく開けたらドア壊れちゃうでしょ!」


 ベッドで寝転がって本を読んでいた莉緒が起き上がって俺に怒鳴る。


「あー、ごめんごめん。今凄い機嫌悪くてなー」


「その棒読みやめて。一体何があったの?」


「今さっきまで母親とLINEしててな……」


「それで?」


「あの二人は今イタリアにいるらしい」


「……」


 莉緒が黙り込んで下を向く。

 親が子供置いて外国にいるのだからガッカリして当然のことだ。


「まじで信じられねぇよな。俺も最初見た時驚いて返信出来なかったよ」


「……」


「おい、莉緒?大丈夫か?」


「……った」


「……?なんだって?」


「……い…った」


 声が小さすぎて何を言っているのか聞き取れない。


「もう少し大きな声で喋ってくれ!」


「イタリアにー!いーーきーーたーーかっーーたーー!」


「今度はデカすぎだ!ばか!」


「あ、つい思わず。ごめんちゃい♡」


 こいつは本当に加減を知らないから困る。


「……ん?待て、お前行きたいって言ったか?」


「言ったよ?」


「イタリア好きなのか?」


「好きというか、イタリアは行きたくない?本場のパスタとかピザ食べてみたいじゃん?」


 俺も食べたいとは思う。

 しかし、今はひとつだけ確かめておかなければならないことがある。


「お前、怒ったりしないのか?」


「怒るって何に対して?」


 莉緒は不思議そうな顔で俺に聞いてきた。


「いや、あの二人は俺達を置いて国外に行ってるんだぞ?普通なら有り得ないだろ?」


「んー、私は別にいいかな」


「どうしてだ?」


「だってお父さん、ずっと私のために働いてくれたからさ。こういう機会でしか息抜き出来ないじゃん?友梨佳(ゆりか)さんもそうなんじゃないの?」


 言われてみればそうなのかもしれない。

 俺達の両親はお互い一人でここまで俺達の面倒を見てきてくれた。せっかく再婚して旅行するタイミングというのも今が一番ベストなのだろう。


「……莉緒の言う通りかもな」


「そうでしょ?」


「俺の怒りも収まったよ。それじゃあな」


「うん、おやすみ〜」


 俺は莉緒の部屋から出て行こうとした時に、ふと伝え忘れたことに気付き足を止める。


「…あ、忘れてた。三日後位には大量のお土産持って帰ってくるってさ」


「お土産!?イタリアのお土産ってなんだろう!楽しみ!」


 莉緒は顔をニコニコさせながら心を躍らせる。

 俺はお土産は二の次で、二人が無事に帰ってくることだけを願うのであった。

 莉緒との二人だけの生活も残りあと五日である――。


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