第35話 義妹は義兄の部屋を探索する
「お兄ちゃん、部屋見せてよ」
土曜の夜、莉緒が突然言い出す。
二人でゲームをしている最中なのだが飽きたのだろうか。
「なんでだよ?」
当然だが、俺は莉緒に理由を聞いてみる。
「いや、ふと思ってさ。お兄ちゃんは私の部屋に入ったことあるけど、逆に私はお兄ちゃんの部屋入ったことないなーって」
「……確かにそうだけどな」
「ということで、今から部屋に見せて」
「いや、今からはちょっと……」
「大丈夫だよ。エロ本とかあっても、私は気にしないよ。お兄ちゃんもそういうお年頃だもんね」
お前は俺の母親か。
というか、そんな台詞を実際に言われたこともない。
「残念ながら、エロ本はないんだがな。今ちょっと散らかってるんだ……」
「なーんだ、エロ本ないんだ。つまんなーい」
莉緒は残念そうに頬を膨らませてソファに飛び込んだ。
「そもそも、どうして俺の部屋がみたいんだ?」
「同じこと何回も聞かないでよ。お兄ちゃんが私の部屋を見てるのに、私が見てないのはどう考えても不平等でしょ?」
部屋を見ているかいないかで不平等とか言われてもこっちが困る。俺だって好きで莉緒の部屋に入ったわけではないのだから。
「……そうだな……明日ならいいぞ」
「なんで今日はダメで明日ならいいのさ!」
「だから散らかってるんだってば!」
「さては、お兄ちゃん。何か見られてはいけない物でも部屋に隠しているんだね?」
「……そ、そんなわけないだろ……?」
俺は思わず動揺して言葉が震える。
「怪しいな……そうだ!」
莉緒は立ち上がってリビングから颯爽と出て行った。間違いなく俺の部屋へと向かったはずだ。
「お、おい!莉緒!待てってば!」
俺も急いで莉緒の後を追う。「あれ」だけは見られるわけにはいかない。
莉緒が持っている物ほどではないが俺の部屋にもそれがある。
見られてしまっては何も言い訳が出来ない物だ。
「遂にお兄ちゃんの部屋に入れ――」
「莉緒!それ以上俺の部屋に近づくな!」
俺は危機一髪のところで追いついて莉緒を止めることに成功する。
「ここまで来てら入らないわけにはいかないよ」
「お、お前の好きな物なんでも買ってやる!今はそれで手を打ってくれ!」
「例えば?」
「ほ、北海道のカニとか……?」
「それならいいかなー」
「交渉成立だな?」
「それは買って貰うとして……じゃあ、お兄ちゃん入るねー!」
莉緒はドアノブに手をかけて俺の部屋へと入ろうとする。
「いやいや!約束が違うだろ!」
俺が更に近づいた頃には莉緒はすでに部屋の中へと入ってしまっていた。
「これがお兄ちゃんの部屋ね。案外、普通だね」
「……そうだな」
俺の部屋の広さは六畳。そこに勉強机とベッド、そして本棚や小物入れの棚があるくらいで至って普通である。
「別に散らかってる感じしないじゃん。綺麗だよ?」
「……それはどうも」
「お兄ちゃん大丈夫?元気ないよ?」
「……お前のせいだろうが!勝手に入りやがって!」
俺は莉緒の頭に渾身の拳骨を食らわす。
「い、痛いじゃん!そ、そんなに怒らなくてもいいじゃん?」
「怒ってねぇよ!いいから早く出てけ!」
「やだよ、もう少し探索してからね」
「何もねぇから早くしろって!」
莉緒は中々出て行こうとしない。
部屋の中を探索するのだけはやめてくれとそれだけを俺は願っていた。
「……とりあえず、本棚見てみよっと!」
本棚なら大丈夫だ。何も隠している物はない。
そして一冊の本を莉緒は取った。
「……あれ?この本の表紙のキャラって金髪ツインテールじゃん。お兄ちゃんほんとに好きなんだね」
「当たり前だろ。金髪ツインテールは俺の人生だ」
莉緒はもう一冊の本を手に取る。
「これもじゃん。もしかして……」
そう言うと莉緒は並べられた本を一作品ずつ確認する。
「そんなに本見てどうしたんだよ?」
「やっぱりそうだ!お兄ちゃんが持っている本のメインヒロインって全部が金髪ツインテールだよ!」
「それしか興味無いんだからしょうがないだろ!」
俺は少し強めの口調で答える。
「逆にそれだけを集められる方が凄いよ!」
言われてみればそうかもしれないな。ここにある本は俺が厳選に厳選を重ねた物だ。集めるのに軽く十年は費やしただろう。
「ちなみに俺の一番のお気に入りはこれだ。『転校してきた金髪ツインテールの同級生が、なぜか俺に好意を持った』だな。」
「いかにもお兄ちゃんが好きそうなタイトルだね……」
「このヒロインが可愛くてなー!最初はただ主人公と話すだけだったんだが、優しい主人公に対して少しずつ好意を抱いていくのが最高なんだよ!お前も読んでみるか?」
「……いや、遠慮しとくよ……」
「そうか、面白いのにな……他にもおすすめあるぞ?」
「……大丈夫、本棚はそろそろ終わりにするから」
「……莉緒?なんか怒ってない?」
「べ、別に怒ってないし!お兄ちゃんの勘違いでしょ!ばーか!」
莉緒は逃げるようにベッドへと向かった。絶対に少し不機嫌そうな顔をしていたが、何か気に障るようなことをしただろうか。
「さてさて、ベッドには何があるのかなー」
莉緒は枕や布団の中を物色する。
もちろんだが、ここにも隠している物は何もない。
「寝るだけだし、ここには何もないぞ?」
「そんなことないよ!エロ本を隠すなら枕の下かベッドとマットレスの隙間って相場が決まっているんだから!」
「そんな一般常識は存在しねぇよ!」
「うそだぁぁぁぁぁぁ!絶対に存在するんだからぁぁぁぁぁ!」
莉緒はそう叫び、再び必死になってエロ本を探す。
しかし、俺がエロ本を持っていないことに変わりはない。
「……なかっただろ?」
「……うん」
莉緒はがっかりした表情で軽く頷く。俺がエロ本持っていると思われていたと考えると、逆にメンタルがやられそうだ。
「じゃあ、これで俺の部屋の探索は終わりでいいな?」
「……ううん!まだやる!あとひとつ見たいところがある!」
まさかとは思ったが、予想は的中した。
莉緒は俺が一番見て欲しくない小物入れの棚に近づいた。
「……り、莉緒!そこはダメだ!」
「どうして?」
「どうしてもだ!俺の大切なものが入っているんだ」
「へー、そうなんだ……じゃあ開けてもいいいよねっ!」
「はっ!?ちょっと待てよ――!」
しかし、莉緒は棚の引き出しを開けてしまった。
もう隠すことは不可能だろう。
「残念だったね、開けちゃいました♡」
「……終わりだ」
「何が終わりなのさ。別に見られて困るものなんて……」
莉緒が遂に俺の秘密を見つけてしまう。
「……莉緒……見たか……?」
「……見たよ」
「……何か聞きたいことはあるか?」
「……どうしてお兄ちゃんが私の写真を持っているの?」
莉緒は引き出しから一枚の写真を取り出す。
その写真には満面の笑みで部活をしている莉緒の姿が写っている。
「俺との練習中の姿を詩音が撮ってたみたいでな。それで「欲しいか?」って聞かれたから貰ったんだ」
「……そ、そうなんだ」
「……これが俺の秘密だ……嫌だったら写真破り捨てていいぞ……?」
しかし、俺の言葉を聞いた莉緒は写真を破かずに戻して引き出しを閉じた。
「お兄ちゃん……?」
「どうした?」
「こんなこっそりと隠して置いておくならちゃんと額縁に飾ってよ?」
「……え?」
莉緒の発言に俺は耳を疑う。
「だから!ちゃんと飾って欲しいの!」
「飾っていいのか?」
「あ、当たり前じゃん!それなら何のために貰って来たのさ!」
「ま、まあ、そうだが……もしかしてお前嬉しいのか?」
「ち、違うよ!そんなわけないじゃん!せっかくあるんだからちゃんと飾って欲しいだけなんだからね!」
そう言うと莉緒は立ち上がって颯爽と部屋から出て行ってしまう。
「……なんだったんだ、一体……」
予想だにしていない出来事に俺は混乱していた。
まさか、莉緒に写真を飾れと言われるとは思わなかった。
――――ガチャン!
勢いよくドアが再び開き、莉緒が入ってきた。
「分かった!?絶対に飾るんだからね!飾らなかったらお兄ちゃんの部屋を私の写真で埋め尽くしてあげるんだから!覚悟しててね!」
「……は、はい」
俺が返事をすると莉緒は部屋から出て行った。
秘密はバレてしまったが、未だに状況整理だけが出来ていない。
とりあえずは額縁を買ってこればいいいのかなと考える俺だった――。
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