第34話 双子の姉妹の脅威とカニ鍋パーティー

 大宮駅の改札を出た俺達は家に向かって歩き出した。


「……今更かもしれないんですけど、急にお邪魔しても大丈夫なんですか?」


 瑠奈(るな)ちゃんが不安気な様子で聞いてくる。


「それに関してなら問題ないよ。うちの両親、今いないから」


「……え?それってどういうことですか……?」


 今度は瑠香(るか)ちゃんが不思議な表情をして聞いてきた。


「……いや、それがさ……再婚決めた途端に二人で新婚旅行行っちゃってさ……」


「な、なるほど……凄い両親ですね……」


 瑠香ちゃんは困惑した表情を見せた。

 聞いたら誰でもその反応をするだろう。


「そんで、こいつらの仲が悪いってことで陵矢の母親に一ヶ月間だけ二人で生活して仲良くなれって言われたらしいぜ」


「「え!?じゃあ、今は二人だけ生活しているんですか!?」」


 驚いた瑠奈ちゃんと瑠香ちゃんが口を揃えて言う。


「そ、そうだな……二人で生活してるよ……」


 俺は答えづらかったが言うしかなかった。


「いいなー。私も陵矢さんの妹として生活してみたいなー」


「瑠奈に同じくー。こんな役に立たないお兄ちゃんじゃなくて陵矢さんがお兄ちゃんなら良かったのに」


「……お前ら、好き放題言いやがって……後で覚えてろよ……」


 詩音が二人を睨みつけながら言う。


「二人とも、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんです!誰にも渡すつもりはありません!」


 ここまで静かにしていた莉緒が遂に口を開く。


「莉緒さん、そこまでムキにならないで下さいよ。本気でなりたいなんて思ってないですよ?」


「瑠奈に同じくー。冗談です、冗談」


「そ、それならいいですけど……あんまり変なことは言わないで下さいね!」


 莉緒は少し不機嫌そうに一人で先走って行ってしまう。

 それを見た二人の頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。


「……実は莉緒の友達に本気で俺のこと奪おうとしてるやつがいてな。それでちょっと気に触ったのかもしれないな」


 俺は莉緒の心境を概ね理解しているので、それを二人に伝えた。


「……なんか悪いことしちゃいましたかね……」


「瑠奈に同じくー。後で謝るのがいいかも」


「ああ、そうしてくれると助かるよ」


「……お前ら、早くしないと莉緒ちゃん、あのまま一人で行っちまうぞ?」


 詩音に言われて前を見ると既に莉緒は数十メートル以上離れてしまっていた。


「……あっ!やばい!莉緒待てって!」


 俺達は急いで莉緒の後を追いかける。


「「莉緒さーん!」」


 瑠奈ちゃんと瑠香ちゃんが呼びかけると莉緒は歩みを止めた。


「……なんですか?」


「莉緒さんの気持ちを考えずに発言してしまって、さっきはごめんなさい」


「瑠奈に同じくー。ごめんなさいです」


 二人は揃って莉緒に頭を下げた。


「そ、そこまでして謝ることじゃないから!気にしないでよ!なんか私が悪いみたいじゃん!」


 中学生相手にあんな態度取ったお前が全部悪いと俺は思わず言ってしまいそうになる。


「怒ってないんですか?」


「怒ってないよ!大丈夫だから頭上げてよ!」


「怒ってないなら良かったです……」


 安心した二人は頭を上げてほっとした表情をする。


「カニ鍋食べるのに怒ってなんていられないよ!せっかく二人にも会えたんだもん!」


「莉緒さん……私達に会いたかったんですか?」


「……あ、いや……ち、違うの!そういうことじゃなくてね!」


 莉緒、墓穴を掘ったな。あとは二人のペースに飲み込まれるだけだ、頑張れ。


「会いたかったんだってさ!瑠奈!?」


「そうみたいだね!瑠香!」


「……え、え、ちょっと待って!」


 瑠奈ちゃんと瑠香ちゃんは莉緒に両サイドから近づいて抱きついた。


「最初からそう言えば良かったのに〜。莉緒さんってツンデレなんですね!」


「ツンデレいいよね〜!弄りがいがあって楽しいよね〜!莉緒ちゃんは瑠香達のいい玩具になれるよ!」


「別にそういうわけじゃないから!ただ二人に会いたかっただけだから!……って今なんて言った!?玩具って言ったよね!?」


 この二人に気に入られたら最後、遊ばれておしまいだ。


「莉緒さーん。中々いい身体してますね!羨ましいなー!」


「ほんとだ!すごーい!」


「ちょっと!二人とも、どこ触ってるのよ!」


「「おっぱい」」


 なんて生々しい回答なんだ。やはり、この二人は恐ろしい。


「別に口に出さなくていいのよぉぉぉぉ!」


 甲高い莉緒の声が空高くまで響き渡った。


      *     *


 一悶着はあったが、家に着いた俺達は分担してカニ鍋の支度を開始する。


「鍋の味どうする?家にあるのはこれなんだが……」


 俺が出したのは普通の醤油だしの素だった。

 味噌やとんこつもあったが果たしてカニに合うのか分からない。


「素はそれで大丈夫だろ。基本醤油だし」


「そうなのか?」


「あっちで食べてきた鍋も醤油だったからな」


「じゃあ、これでいいか」


 食べてきた本人が言うのだから間違いはないだろう。


「……具材の方は大丈夫か?」


 俺はキッチンの方を見る。


「ちょっと、瑠奈ちゃん離れてよ!切りづらいでしょ!」


「え〜、どうしてですか?もっと莉緒さんの料理上手な姿を間近で見たいんですよ〜」


「だからってそれはくっつきすぎよ!」


 瑠奈ちゃんは後ろから莉緒に抱きついて離れようとしなかった。

 あれでは動きづらくてしょうがない。


「……それで瑠香ちゃんはそこで何をしているの?」


「観察だよ?」


 一方の瑠香ちゃんはキッチンの手前から顔をひょこっと出して莉緒をじーっと見つめていた。


「そんなに見つめられるとやりづらいのだけど……」


「見てるだけなので、お気になさらずどうぞ」


「それが気になるって言ってるのよ!」


 莉緒がキレた。


「そんなに大声出さなくても聞こえてるから。早く下処理してよ〜」


「……誰のせいだと……思ってるのよ……」


 莉緒の包丁を持つ手が震えていた。

 頼むから間違っても暴れたりするなよ。


「莉緒ちゃんも大変なことになっちまったな、あはははっ!」


 詩音は気分良さそうに笑っている。自分が体験しているからこそ、他人が同じような目に遭ってるのを見ると面白いのだろう。


「瑠奈ちゃんも瑠香ちゃんもあんまり莉緒の邪魔するなよ。俺だって早く鍋食べたいんだからさ」


「はーい」


「承知です」


 俺も我慢出来なくなったしまい二人に言ってしまう。

 すると瑠奈ちゃんは莉緒から離れて、瑠香ちゃんは立ち上がった。


「どうして二人はお兄ちゃんの言うことは聞くのよ!」


「だって陵矢さんを困らせるわけには行かないんですもん。そうだよね、瑠香?」


「そうだね!瑠奈!」


「じゃあ二人とも早く手伝ってよ!この切った野菜持って行って!」


 莉緒の指示を直ぐに聞き入れて二人はテーブルへと野菜やカニを運ぶ。

 最初からそうやってくれれば良かったのに。


「じゃあ、皆準備は良いな?


「いいぞ」


「もちろん!」


「「いつでも!」」


 四人の同意を得て、俺は鍋の蓋を開ける。湯気の中から現れたのはグツグツと煮込まれた野菜や豆腐、そしてメインのカニだった。


「……やばいな」


 俺はあまりの迫力に圧倒されて手が動かない。

 こんな鍋を高校生五人で食べていいのか、不安になってきた。

 明日辺りに車に撥ねられたりしないよな、大丈夫だよね。


「よし!私が一番乗りね!」


 莉緒が勢いよくカニの足に手を伸ばす。


「お前は……もう少し感動とかそういうのがないのか?」


「……え?冷めたら美味しくないじゃん。じゃあいただきまーす♡」


 莉緒はカニの足を口の中いっぱいに頬張る。


「莉緒ちゃんどうだ?美味しい?」


「んん〜!めっちゃ美味しい!お兄ちゃんも早く食べてみなって!」


「そんな急かさなくたって食べるってば」


「陵矢の驚く顔、早く見せてくれよ〜」


 詩音にも軽く煽られながらも、俺は鍋からカニの足を取って口へと運ぶ。


「……美味い」


 ぷりっとした身は淡白の中にも深い味わいがある。

 これは何本でも食べたくなってしまう。


「陵矢、美味いだろ?」


「これはやばいな……」


「やばいだろ!買ってきて良かったぜ!」


「美味しすぎてお兄ちゃんがフリーズしちゃってる!面白すぎ!」


 隣で莉緒が笑っている声が聞こえたが俺はそれどころではなかった。


「――さて、陵矢と莉緒ちゃんが食べたことだし、俺達も頂くとしますか……ってお前ら!二人が食べてる最中に何勝手に食ってんだよ!」


「「えっ?」」


 詩音が怒鳴った方向を見ると、バクバクとカニを食べ進める瑠奈ちゃんと瑠香ちゃんの姿があった。すでに四本ずつ食べてしまってる。


「これは莉緒ちゃんのために買ってきたカニなんだぞ!お前らはあっちで散々食べてきただろうが!」


「お兄ちゃん下心丸出しで草すぎ」


「瑠奈に同じく。草で草」


「う、うるせえ!後輩思いの優しい先輩なだけだ!」


 詩音を頬を赤らめながら誤魔化した。


「なんでもいいけどよ、まだカニあるよな?」


「そ、それなら大丈夫だ!まだまだあるから食べてくれ!」


「やったぁ!まだまだ食べるよぉ!」


 そして俺達は詩音が準備してくれたカニを全て食べてしまった。俺と莉緒だけで食べていたら四回はカニ鍋が出来ていたくらいの量はあっただろう。

 しかし、皆で食べる食卓というのはいいものだ。会話も弾んで楽しく食事が出来る。早くあの場かな両親が帰って来たら一緒に食べたい。


「――それじゃあ、俺達はこれで」


 鍋を片付けて、俺と莉緒は詩音達を玄関先まで見送る。


「ああ、今日は三人ともありがとな」


「親友として当たり前のことをしたまでよ」


「私は急に呼ばれてびっくりしましたけど、楽しくご飯を食べれてたので良かったです!いい玩具も見つけましたし!」


「瑠奈に同じく!また莉緒ちゃんで遊びたい!」


「だから!私は絶対に嫌だからね!」


「そういうところがツンデレなんですよ?自覚ないんですか?ほんと可愛いですね!」


 瑠奈ちゃんはもう莉緒のことが大好きみたいだ。


「シンプルに嫌だって言ってるじゃん!もう!」


「瑠奈に同じく。これは自覚なしだね。あれだけやられてたのに喜んでいたからね」


「お前ら、これ以上は莉緒ちゃん困らすな。さっさと帰るぞ」


「「はーい」」


「それじゃあまた明日な」


「ああ、また明日」


 こうして、俺達のカニ鍋パーティーは莉緒に大きな傷跡を残して終了した。

 次、二人に会う機会がある時は絶対に莉緒は行こうとしないだろうな。

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