第33話 カニ鍋の提案と双子の姉妹
大阪から帰ってきて三日が過ぎた頃――。
俺はいつも通り、詩音と二人で雑談をしていた。
「あ、陵矢よぉ。そういえば言うのすっかり忘れてたんだが、カニといくらはどうするよ?」
「お前ちゃんと買ってきてたんだな」
「当たり前だろ!親友の頼みだぞ!?」
「へいへい、ありがとうございますよ」
俺は力の抜けた声でお礼を言う。
「ったく、少しは喜んだらどうなんだよ」
俺はあの時、冗談半分で何を買ってきてくれるのか聞いただけだった。
まさか本当に買ってくるとは思ってもいなかったのである。
「いやいや嬉しいよ、ありがとな」
「もっと驚いて喜んでくれると思ったんだがな。少し期待外れだったかな」
詩音は少しガッカリした表情をして「はあ」とため息を付く。
「期待外れとか、そんなこと言うなよ。俺のために買ってきてくれたんだろ?まじで感謝してるよ」
「俺、お前のために買ってきてねぇもん。莉緒ちゃんのために買ってきてあげたんだよ、ばーか」
「詩音?一発締め上げてやろうか?」
俺は拳を握ってポキポキと鳴らす。
「うそうそ!やめろって!俺死んじまうって!」
「お前の場合はいっぺん死んでみた方がいいかもしれないぞ?」
「んなわけあるか!何言ってんだよ!」
「来世は金髪ストレート美少女だといいな」
「あ、それはありかもしれん……って俺がなってもしょうがねぇだろ!」
「だってお前金髪ストレート好きだろ?」
「俺は金髪ストレート美少女の彼女が欲しいの!」
「妹の髪を染めて彼女にすればいいだろ?」
「それだと近親相姦(きんしんそうかん)の一歩手前まで近づいちまうわ!絶対にやらねぇよ!」
俺もお前が絶対にやらないことを願っているよ。
まあ、あの妹達なら全力で拒否するから問題ないだろう。
「しょうがねぇよ。諦めるしかない」
「そこまで話膨らませておいて最後は突き落とすのかよ……お前最悪すぎ……」
「だってよ、俺と莉緒みたいな出会いがない限りは無理だろ?お前みたいな奴じゃ絶対そんな日は来ない」
「さっきから親友が冷たいです……誰か助けて下さい……」
詩音が深く落ち込んだ表情を見せ、机に顔を伏せる。
「まあ、そんなお前には俺から大阪のお土産をやろう」
「大阪!?いつ行って来たんだよ!?」
「先週末に莉緒と二人で」
「え?泊まり?」
「そうだけど?」
「どこに泊まったの?まさか……ラブホ……?」
俺は殺し屋モードのスイッチを入れて詩音の首を絞める。
「痛い、痛いって!悪かった悪かった!これまじで……死ぬやつ……」
「すいませんは?」
「すいませんでした……」
潔く謝る詩音の首から俺は瞬時に腕を解いた。
「――莉緒の父親の実家があったからそこに泊めさせて貰ったんだ」
「へえ、そんな偶然あるんだな」
「偶然ではないと思うぞ。莉緒はそれを分かっていた上で大阪に行きたいって俺に言ったはずだ」
「なーるほどね。俺が北海道行ってる間にそんなことがあったのか」
俺だってまさか大阪に行くことになるとはあの時は全く思っていなかった。
しかし、莉緒のおばあちゃんとおじいちゃんから豪華なおもてなしを受けたので十分楽しい旅行を送れた気がする。
「……それで話は戻るが、カニといくらは今どこにあるんだ?」
「……あー、職員室」
「……は?」
俺は詩音の言葉に耳を疑う。
「だから、職員室だってば」
「……な、なぜ?」
「発泡スチロールに入れて持ってきたら没収された」
「お前って、本当に救いようのないアホだよな」
普通に考えれば学校にカニは持ってこないだろ。
何より職員室がカニ臭くなっていないのか、一番心配である。
「う、うるせぇな!まあ、氷も大量に入れて持ってきたし状態は問題ないと思うぞ。帰りには返してくれるって言ってたし」
「じゃあ帰りに俺ん家寄ってく感じか」
「そうなるな」
「……お二人さん、何の話をしてるの?」
後ろを振り向くと、そこには莉緒の姿があった。
「丁度いいところに来たな」
「お兄ちゃん、これ。渡し忘れた弁当ね」
「ああ、届けて貰って悪いな」
今朝は俺が日直の仕事があり、一足先に家を出たため受け取り損ねていたのだ。
「ううん、大丈夫だよ。それで何の話してたの?」
「詩音がな、俺達の分のカニといくらを買ってきてくれたから今日届けてくれるって話をしてたのさ」
「カニ!?いくら!?私が食べたかったやつじゃん!」
莉緒の目がキラキラと輝いている。
忘れていたが、こいつは散々北海道に行きたいって言っていたな。
大阪から返ってきた後もずっと行ってうるさかったくらいだ。
「そうだ!せっかくなら俺達でカニ鍋やらねぇか?」
「俺達って三人で?」
「俺の妹も二人連れていく。多い方が楽しいだろ?」
「え!詩音先輩って妹さんいるんですか!?」
莉緒が机に手を付き前のめりになって驚く。
「あれ?莉緒ちゃんには言ってなかったっけ?」
「初耳です!」
「そっかそっか、じゃあ尚更連れて行った方が面白そうだな」
「妹さんに会えるんですか!嬉しいです!」
「――そういうことで、陵矢いいよな?」
「別に構わないぞー」
俺は棒読みで受け答えをした。以前に興味本位で詩音の妹に会ったのだが俺は恐ろしい体験をしたのだが、ここでは黙っておくことにしよう。
その方があの二人に会った時に莉緒も楽しめるだろう。
「よし、じゃあ部活終わったら……って、その前にお前ら今どこに住んでんの?」
「「え?」」
「だってお前ら一緒に住んでんだろ?アパートでも借りてんのかと思ってさ」
俺と莉緒は顔を見合わせる。
瞬時にアイコンタクトで答えを出して同時に言うことにした。
「「莉緒(私)の家」」
ありきたりな返答に詩音は少し不満げな表情を見せた。アパートで二人暮らしとかだったらこいつは一体何を言うつもりだったのだろう。
* *
部活終了後、無事にカニを回収して俺達は詩音の妹が待つ渋谷へと向かう。
学校からだと意外と距離があり、電車でも最低一時間はかかる。
「……なあ、詩音。どうしてお前の妹は渋谷にいるんだ?」
「それは基本あいつらが遊ぶのが渋谷とか原宿だからだな。平日の今の時間に来ればナチュエン出来るぞ?」
「そ、そうか……」
そんな決まった時間にしか現れないポケモンみたいな言い方するなよ。
しかし、二人が毎日遊んでいることもそれはそれで凄い。
「とりあえず、犬の銅像前にいるってLINEが来てたんだけどな……あ、いたいた。おーい!
詩音の声に気付いて、二人の美少女がこっちに近づいてくる。
「兄ちゃん遅い、罰として瑠奈にタピオカ奢って」
「兄ちゃん遅いよ、罰として瑠香にはクレープ奢ってね」
「お前らさ、俺からのLINEちゃんと見たよな?」
「「見た(よ)」」
「だったら分かるだろ?カニ鍋するんだから余計な物は食うな」
「瑠奈にとってタピオカは栄養ドリンクだから。摂取しないと死んじゃう」
「瑠香にとってクレープは健康食品なの。摂取しないと死んじゃうよ」
なんて独特て自己中心的なルールなんだ。
相変わらずこの姉妹は恐ろしすぎるぞ。
「あぁぁぁぁ!お前ら本当に面倒くさいな!」
詩音は頭を抱え込んだまま地面に倒れ込んでしまう。
俺にとっては見慣れた光景である。
「二人とも、相変わらずのマイペースだな」
詩音に代わって今度は俺が二人の相手をする。
「あ!陵矢さんだぁ!こんにちは!……と、その隣にベッタリとくっ付いている金髪の美少女はどちら様ですか?」
瑠香ちゃんが不思議そうな表情で莉緒を見つめる。
「は、初めまして!莉緒です!二人ともめちゃ可愛いですね!」
「「いえいえ、とんでもないです!」」
「私は双子の姉の
「私は双子の妹の
小柄な顔に桜色の唇と大きな瞳、透明感のある肌。見るからに二人揃って美少女だ。
そして双子なので顔は瓜二つだ。髪の長さもショートヘアで一緒なのだが、瑠奈ちゃんの髪の色はミントグリーンで瑠香ちゃんはネイビーブルーと見分けが付きやすい。
「……あれ?でも、陵矢さんって一人っ子でしたよね?」
「母親が再婚してな。妹が出来たんだよ」
「瑠香!これは……大変なことだよ……!」
「そうだね!瑠奈!陵矢さんに妹……大変だよ……!」
「しかも……陵矢さんの大好きな金髪ツインテール……これは……これは……」
「「おめでとうございます!」」
「うん、ありがとな」
この二人は話を大きくしようと頑張るのだが、いつもこの様に失敗してしまう。
――――ツンツン……。
莉緒が俺の背中を指で突っついて「耳貸して」と小さな声で呟く。
「お兄ちゃん、あの二人ってあんな感じなの?」
「そうだな、2人ともマイペースで周りの雰囲気に飲まれないタイプの人間だな」
「それを相手にしている詩音先輩って凄いね」
「莉緒で精一杯の俺には無理な話だ」
「……さて……遅くなる前にそろそろ行きますか」
さっきまで意気消沈していた詩音が復活して呼び掛ける。
無事に合流して五人になった俺達はカニ鍋をするために莉緒(俺)の家に向かう。
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