学校で一番仲の悪い金髪ツインテールの後輩が俺の義妹になりました。

第29話 義妹との旅行へ出発

　時刻はまもなく三時を過ぎる――。

　俺と莉緒は電車に乗って大宮駅から東京駅に着いていた。

「……お兄ちゃん」

「どうした……？」

　着いて間もなく、莉緒が怯えた声で俺の名前を呼ぶ。

　あまりの怯えようだ。幽霊か不審者でも見えたのか。

「私、切符の買い方が分からない……」

「まじかよ……」

「だって、いつもSuicaなんだもん」

　幽霊よりも怖い現象が今、まさに起きた瞬間だった。

「じゃあSuica使う前はどうやって電車乗ってたんだよ？」

「私は小学生の時からお父さんにSuica預けられてたから。ずっとSuica育ちです」

　なんだよ、その温室育ちのゆとり世代みたいな言い方は。なんか腹が立つ。

「はあ、分かった。俺が買い方教えてやるから券売機行くぞ」

「はーい」

　俺が「やれやれ」と頭を横に降って呆れながら歩いているのとは対照的に、莉緒はニコニコしながら俺の後ろをくっ付いて歩いてくる。

　そもそも、本当にこいつは買い方を知らないのかが疑問だ。

　しりとりで同じような手口を食らったばかりだからな。

「とりあえず、東京から新大阪行きの切符を買えばいいんだ」

「えーっと、どれ押せばいいの？」

「はあ、まじで分からねぇんだな」

「だから最初からそう言ってるじゃん！」

「はいはい、ごめんなさいね。まずこれ、次にこれ。その次にこっち押して――」

　冗談抜きで切符の買い方を知らなかった莉緒に俺は一つずつ丁寧に教えていく。

「やったぁ！買えたぁ！」

　切符を両手で掲げて、莉緒はその場でくるくると回った。余程嬉しかったのだろうが、切符を買っただけでここまで喜ぶ高校生ってどうなんだろう。

「……よかったな」

　一方の俺だが、疲れ果てていた。切符を一枚買うのに十五分も掛かったのだから当然である。

　指定席だと言っているのに自由席押してみたり、新大阪なのに広島押してみたりと、こんな細かいミスに永遠と付き合わされた。

　始めから俺がまとめて買えばよかったのではと買ってから気付く。

「四時の新幹線だし、それまでにコンビニで食べ物とか飲み物買ってこいよ」

「りょうかーい。お兄ちゃんは？」

「俺は自販機で炭酸飲料だけ買うから大丈夫」

「えー、一緒に弁当か何か食べようよ……？」

　莉緒が寂しげな表情で俺を見つめてくる。

「俺はいいって言ってるだろ。お前だけ買ってこい」

「いーーーーーやーーーーーだーーーーー！」

「三歳児か！お前は！」

「やだ！やだ！やだ！お兄ちゃんと一緒にお弁当食べりゅの！」

　やっていて恥ずかしくないのかと俺は思わず冷たい眼差しを送ってしまう。

「とても見てられないので今すぐやめてください……」

「もう、お兄ちゃんがいけないんだからねっ！ばぶぅ！」

「せっかくの妹キャラが滅茶苦茶だよ」

「あれ？三歳児の金髪ツインテール妹は嫌だった？」

「三歳児で「ばぶぅ！」なんていうやついるか！ある程度は話せるようになってるだろ！」

「お兄ちゃん、随分詳しいね？……はっ！もしかして私というものがありながら、すでに別の女と……」

「そんなわけねぇだろ！何考えてんだ！」

　どうして急に昼ドラみたいな設定作るんだよ。

　世界観までもが崩れるだろ。

「性欲モンスターの変態お兄ちゃんならやりかねないなーと思ってさ」

「それならこの旅行行くのやめて陽菜ちゃんのところにでも行ってこようかな」

　俺は冗談で莉緒に言ってみた。

「お兄ちゃん！そんなことしたら……殺しちゃうぞ？」

　案の定、莉緒は怒った。

「お前がそういうこと言うのがいけないんだろ？」

「だって！経験なかったらそんな知識ないでしょ！？」

「俺の年齢考えろ！まだ十七だぞ！」

「うるさい！うるさい！お兄ちゃんの性欲モンスター！おっぱい大好きマン！」

「……莉緒、俺そろそろキレてもいいかな？」

　俺は飲み終わっていたアルミ缶を握り潰す。

「……ごめんなさい……」

　潰れたアルミ缶、青ざめた莉緒の顔。

　俺は一瞬にしてこの場の状況を鎮圧させた。

　　　　　　＊　　　　　　＊

「――そういえば、聞いてなかったがお前は父親の実家に行ったことあるのか？」

　新幹線の発車前に俺は莉緒に聞いてみる。

「ん？ないよ？今回が初めて」

「……お前……それでよく行く気になったな」

「だって、ずっと行ってみたかったし。今回が丁度いいかなと思ってさ」

　いくら父親の実家だとしても、俺だったら絶対に行かないな。一人でなんて絶対にだ。体験談として、母親の実家で俺は痛い目にあっている。

　それはまた別の機会に話すとしよう。

「……まさかとは思うが、おばあちゃんの顔知らないとかいうのはないよな？」

「前にこっちに遊びに来てくれたから、さすがにそれは大丈夫だよ」

「そ、そうか。それなら安心した」

「心配することないって！今さっき連絡したら新大阪駅に迎えに来てくれるらしいから。着くまでの三時間ゆっくりしてようよ！」

「まあ、それもそうだな」

　新幹線が無事に出発し、俺達は買っておいた弁当を袋から出す。

　結局、俺も弁当を食べることにした。

「お兄ちゃん、焼肉弁当と卵サンドならどっちがいい？」

「お前……どんな組み合わせで買ってんだよ……」

「あ、ちゃんとハムサンドもあるよ？」

「それなら最初から両方とも同じにしろよ。焼き肉弁当必要だっか？」

「そう言うと思って焼き肉弁当は牛タンとカルビの二種類買ってあるよ」

「買ってあんのかよ！」

「それでどれにする？」

　選択肢が一気に増えてしまい悩んだが、俺はハムサンドにした。

　焼き肉弁当は三時に食べるには重すぎる。

「もう少し考えて買い物しろよ？」

「はーい。じゃあ、私は牛タン弁当にするね」

　――――俺も食べたかったのに。

　俺はよだれが出そうになったが、間一髪のところで踏みとどまった。

　ハムサンド食べて、お腹に余裕があったらカルビを食べよう、そうしよう。

　ここから大阪まで三時間、長旅の始まりだ。