第22話 義妹との約束

 陽菜ちゃんとの謎の騒動を終えて、俺と莉緒は帰宅した。

 そして、俺達はリビングのソファに座る。

 しばらく沈黙が続いたあとに俺は莉緒に問いかける。


「――なあ、莉緒。陽菜ちゃんって一体何者なんだ……?」


「お兄ちゃんが見た通りの人間だよ。陽菜はどうしようもないドМなの」


「だからってあれはおかしすぎだろ」

 

「……確かにそうだね」


「お前はいつから知っていたんだ?」


「私は陽菜とは中学からの付き合いだから。その頃にはもう知っていたかな」


「まあまあ古い付き合いなんだな。それで、どうやって陽菜ちゃんがドМだって分かったんだ?」


「ある日ね、約束の時間に陽菜が遅刻して私が怒った時があったの。そしたら陽菜は表情を一変させて、こう言ったのよ。「もっと私のことを貶して」って」

 

 どんなホラー映画よりも怖すぎるだろ。よく友達続けていられるな。


「その後、お前はどう対処したんだ?」


「対処出来るわけないじゃん。キモいとか変態って言っても全く動じないし、あの時は本当に困ったよ。だから私は怖くなってその場から逃げたよ……」


 莉緒は俯いて青ざめた表情でボソッと答えた。

 思い出したくなかったのだと察した俺は申し訳ない気持ちに駆り立てられる。


「……なんか、嫌なこと思い出させちまったかな。すまん」


「ううん。大丈夫だよ」


「ていうか、その場から逃げて陽菜ちゃんに怒られたりしなかったのか?」


「怒られなかったよ。たぶん、陽菜はドМのスイッチが入ると記憶が曖昧になるみたいなの」

 

「は……?なんだよ、それ」


「私にも分からない。けど次の日に学校で聞いてみたけど何も覚えていなかったの。だから今日のこともきっと忘れているはずだよ」


「そうか。それなら安心だな」


 俺はそれを聞いて安堵の表情を浮かべる。

 覚えられていると何かと学校生活で不便だからな。


「……でもね、お兄ちゃん。私一つだけ許せないことがあるの」


 莉緒が立ち上がり、にっこりとした笑顔で俺を見つめている。

 その笑顔の奥にはとてつもない闇を感じる。


「どうしたんだ、莉緒?」


 俺は白々しく答える。

 無論、何のことか分かっている。


「約束したよね。他の女の子と出掛けないって」


「……約束しました」


「それなのに貴方は陽菜とデートに行こうとしたんですよ?」


「……はい」


「私と陽菜、どっちが大事なんですか?」


「……莉緒です」


「それなら普通はきっぱりと断りますよね?違いますか?」


 莉緒が敬語で問い詰めてくる。

 陽菜ちゃんも怖かったが、莉緒は違う意味で怖い。


「……違くありません」


「では、どうして陽菜とデートしようと思ったんですか?」


「……それは……いつも莉緒が仲良くして貰ってるし、たまには先輩として遊んであげてもいいかなって。ただそれだけです……」


「いかがわしい気持ちは一切無かったと?」


「断じてないです……」


「陽菜をラブホに連れてってセックスしたい気持ちは全くなかったと?」


「よくもまあ、そんな台詞を恥ずかし気もなく言えるな!お前は!」


 俺の妹は本当に妹なんだよな。弟だったなんてことないよな。

 いや、そんなはずは決してない。

 莉緒に「あれ」が付いていないことは一緒に風呂に入った時に確認済みである。


「今の立場でそんな口の利き方してていいのかな。ねぇ?お兄ちゃん?」


「……え……いや、はい……すいません……」


 怖い、怖すぎるよ、俺の妹。


「いかがわしい気持ちが無いことは分かったよ。でもね、妹との約束を簡単に破っちゃうお兄ちゃんにはお仕置きが必要だとは思わない?」


「お仕置きですか……?」


 俺は嫌な予感がした。

 こういう時の莉緒に限って生半可なことをしてくるはずがない。


「ここは逆に聞いてみようかな。お兄ちゃんは何をしたら私が許してくれると思う?」


 ここでの返答次第では俺の命に関わる。

 間違っても莉緒の機嫌を悪化させることを言っては言ってはいけない。


「そ、そうだな。キ、キスとか?」


「それは当たり前でしょ」


「ハグは?」


「当たり前じゃん」


「一緒にお風呂に入るとか?」


「それも当たり前だよ」


 一緒にお風呂に入ることが当たり前ってどういうことだよ。

 キスだって当たり前の範囲じゃないぞ。


「一緒に弁当食べるのは?」


「あー、それはいいね。追加しておくよ」


 そう言うと莉緒はポケットからスマホを取り出してメモをした。

 まさかとは思うが、そのメモに俺との約束全部書いてあるわけじゃないよな。


「じゃあ、毎日一緒に登下校するとか?」


「ちょっと段々ハードルが下がってきてるんですけど。真面目に考えてる?」


「も、もちろん!考えてるよ!」


「ならさ、もっと私達にしか出来ないことを考えてよ。そうじゃないと面白くない」


 キス、ハグ、お風呂、十分に俺達にしか出来ないことだと思うのだが……。

 莉緒はまだ満足してくれない。


「一緒に寝るのはどうだ?」

 

 俺は一か八か、まだ莉緒としたことが無いことを提案してみた。


「――お兄ちゃん」


「……な、なんだよ?」


「私が待っていたのはそれだよ……!」


「え……?」

 

 目をキラキラさせて喜ぶ莉緒の反応に俺は思わず戸惑う。


「ということで、お兄ちゃんにはこれから毎日私と一緒に寝てもらいます」


「待て待て、展開が急すぎる」


「今のお兄ちゃんに拒否権はありません。素直に従ってください」


「頼むから、俺の話を聞いてくれって」


「嫌です、聞きたくありません。お兄ちゃんはしばらくの間は私の管理下に置くことにします。分かりましたか?」


 俺達って家族だよね。いつから看守長と囚人の関係になったんだよ。


「わ、分かりました……」


 しかし、今回ばかりは俺が悪いので莉緒の言う通りにしよう。

 反論したところで勝てるわけがない。

 

「ちなみに寝るのは私の部屋だから。よろしくね」


「俺の部屋じゃだめなのか?」


「自分の部屋だと慣れてるから少しは落ち着くでしょ?私は一瞬たりとも落ち着かせるつもりはないの。だってこれはお仕置きなんだから」


――――どうして俺の妹はこんなにドSなんだ……。


 でも金髪ツインテールの美少女に攻められるのは本当に気持ちがいい。

 どこかのドМ銀髪ショートヘアに迫られるのとは大違いだ。


「期限はいつまでなんだ?」


「そうだね。お父さん達が帰って来るまでかな」


「随分長いじゃねぇか!あと半月はあるぞ!」


「私との約束を破ったお兄ちゃんが悪いんだからねっ!これくらい当然でしょ!」


「だからって……」


「それと、さっきお兄ちゃんが言ったやつも含めて全部実行してもらうからね」


「あれ全部やるのかよ!勘弁してくれよぉぉぉぉ!」


 莉緒との約束を破ると、どんな酷い目にあうか身を持って知ることになった。

 出来るなら、もう二度と陽菜ちゃんには近づきたくない。

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