第21話 陽菜の正体
ホームルームが終わり、急いで昇降口へと向かう。
そこには、すでに俺を待つ陽菜ちゃんの姿があった。
「陽菜ちゃんごめん!遅くなった!」
「陵矢先輩遅いですよ!せっかく莉緒を説得したのに見つかってしまいます!」
陽菜ちゃんは両手を腰に当てて、頬を膨らませ怒った表情で文句を言う。
「しょうがないだろ、先生が来るの遅かったんだから」
「言い訳はいいです!早く出ましょう!」
莉緒に見つからないように俺達は学校を出て、駅へと向かった。
「ちなみに莉緒にはなんて言って誤魔化したんだ?」
「あー、えっとですね。莉緒がトイレ行っている間に先輩が来て伝言を頼まれたと言いました」
「その内容は?」
「陵矢先輩が他の女の子とデートしに行くって言っておきました!」
「な、な、何してくれとんじゃぁぁぁぁ!」
俺は陽菜ちゃんの肩を掴んで前後に激しく揺らす。
「い、いきなりどうしたんですか!先輩!」
「どうしたもこうしたもあるか!よくもやってくれたな!」
「な、なにがですか!」
「俺はな、莉緒と他の女の子と出掛けないっていう約束をしてんだよ!それなのにお前は堂々と莉緒に向かってデートしに行くなんて言ったんだぞ!?」
「あー、言われてみれば少し莉緒の機嫌が悪くなった気もしますね」
「……最悪だ……」
莉緒の怒っている顔が脳裏に浮かぶ。家に帰るのが怖くなってきたぞ。
もう女の子の「任せて」という言葉は信じないことにする。
「まあ、いいじゃないですか。帰って優しくしてあげれば莉緒の機嫌なんてすぐに良くなりますよ」
あいつは確かに単純だが、今回は絶対にそうはいかないだろう……。
「……俺帰るわ」
俺は振り返り、家へと帰ろうとする。
「何しに行くんですか?私と遊んでくれるんじゃないんですか?」
「莉緒に謝りに行くに決まってるだろ」
「今帰っても莉緒はいないですよ?」
「なんでお前が分かるんだよ」
「莉緒がそう言っていました。私も放課後遊んでくるって」
「じゃあ、お前は莉緒の居場所を知っているんだな?」
「そうですね。でも私は教えるつもりはありません」
陽菜ちゃんが人差し指を唇に当て、不気味な表情で俺を見つめている。
こんな陽菜ちゃんを俺は初めて見た。
「……お前は一体何がしたいんだ……」
「――私はですね、陵矢先輩が欲しいんですよ」
「俺が欲しいってどういう意味だ……?」
「そのままの意味ですよ。私は陵矢先輩のことが好きなんですよ」
――――陽菜ちゃんが俺のことが好き……?
理解が追いつかない。なぜなら、そんなことが無いと断言出来るからだ。
俺は陽菜ちゃんに対して特別何かしたわけでもない。どちらかといえば陽菜ちゃんが俺のことを助けたり優しくしてくれることの方が多い。
「……どうして俺のことが好きなんだ?俺は陽菜ちゃんに対して好意を抱かせるようなことは何もしてないぞ?」
「確かに陵矢先輩が特別何かしたわけではありません。私はただ羨ましいと思っただけなんです」
「羨ましい……?」
「はい。私は一人っ子で昔から喧嘩をしたことがないですし、学生になってからも仲の良い友達ばかりで喧嘩したことがないんです。それで二人の毎日の喧嘩をずっと見ていて羨ましいと思っていました」
「それが俺を好きになることにどう結びつくんだ?」
「これは勝手な考えですが、陵矢先輩なら私のことを満足させてくれるんじゃないかと思ったんです。陵矢先輩が怒っている姿が私には魅力的でした。それに対して言い返す莉緒は凄く楽しそうでした。私も体感してみたいと思って最近色々話しかけていたのですが陵矢先輩は中々怒ってくれなくて……」
全く話が見えてこない。好きな理由を聞いているのに俺に怒って欲しいとか言っているし、どうしたらいいいんだ。
ここまでの話をまとめる。陽菜ちゃんは俺のことが好き、俺に怒られたいということしかまだ分かっていない。
そして、俺は考え抜いた末に一つの答えにたどり着く。
「……あ、あの、もしかしてだけど。陽菜ちゃんってドМなの……?」
言いたくはなかったが、これしか考えられない。
「はい?そうですけど、何か問題ありますか?」
問題しかなかった……。
俺はその場で膝から崩れ落ちた。
「ちょっと!陵矢先輩、大丈夫ですか!?」
まさか、妹の友達がドМだったなんて。しかもこんな美少女が。
「つまり、陽菜ちゃんは俺に怒られたいんだな……?」
「はい!最初からそう言ってるじゃないですか!」
「でも陽菜ちゃんは真面目で優しいから、怒るところないぞ?」
「なんでもいいんです!私のことを怒ってくれれば!お願いします!」
「それなら俺じゃなくてもいいだろ!」
「陵矢先輩じゃないとダメなんです!その怒り方がたまらなく好きなんです!」
怒り方に好きとか嫌いってあるんだ。初めて知ったよ。
「俺だって好きで怒っているわけじゃない!勘弁してくれよ!」
「お願いしますよー。私にも莉緒と同じことを体感させてくださいよー」
「俺があいつに怒るのはあほで不真面目だからだ!」
「それなら私もあほで不真面目になれば怒ってくれますか……?」
「陽菜ちゃんはそのままでいてくれ。頼むから……。莉緒のこと制御出来るのは陽菜ちゃんだけなんだから」
「じゃあ私はどうすればいいんですか!?」
「知らねぇよ!今だって十分怒っているだろうが!」
「足りませんよ!もっと激しいやつ下さいよ!」
陽菜ちゃんが鼻息を荒くして強要してくる。
「断る!」
「……それなら仕方ありません。奥の手を使います」
ゆっくりと陽菜ちゃんが近づいてくる。奥の手とは一体なんだ。
「……なっ……!」
「へへへっ。先輩、抱き着いちゃいましたよ」
陽菜ちゃんは抱き着いてわざとらしく笑っている。
「お、おい!離れろ!」
「嫌ですよ~」
意外と力があり、中々引き離すことが出来ない。
こんなところを莉緒に見られたら……。
「いい加減にしろよ!このあほ!」
「ようやく怒る気になりました?」
「そりゃそうだろ!こんなところで普通抱き着かねぇだろ!」
「いいですよ……もっと怒って下さい……私にもっと感じさせて下さい……」
ちょっと待って、俺エロいこと何もしてないよね……?
「何気持ち悪いこと言ってんだ!この変態ドМ野郎!」
「変態ドМ野郎……いい響きですね……」
いつの間にか陽菜ちゃんの顔が火照っている。
やばい。こいつまじでドМだ。
「いいから離れろよ!」
どうにか力尽くで引き剥がした。
「まだ満足しませんが、今日はこのくらいにしておきます」
「俺はもう二度とごめんだけどな!」
「本当なら今日はカラオケに連れて行って監禁しようと思っていたんです」
「お前がそんな奴だったなんて知らなかった……」
俺はあまりの怖さに鳥肌が立つ。ここで立ち止まって正解だったのだと思うと身体の力が抜けそうになる。
「私の秘密も知ったことですし、もう手加減しませんからね。いつまでも莉緒と二人でいちゃいちゃ出来ると思わないで下さいね」
「それは無理でしょうね!」
少し離れたところからあの声が聞こえる。ここにいるはずのないあの声だ。
「……莉緒!?なんでここにいるんだ!」
「なんでって、お兄ちゃん達の後をずっと追ってきたからに決まってるじゃん」
そう言うと莉緒は陽菜ちゃんに目を向けて睨む。
「陽菜、私のお兄ちゃんに何をしていたのかな?」
「別に何もしてないよ?ただいたずらしていただけ。見ていたんでしょ?」
「あんまりお兄ちゃんを困らせると、いくら陽菜でも許さないからね」
「はいはい、分かったよ。じゃあ私は帰るから。後はお二人でお好きにどうぞ」
陽菜ちゃんは冷たい眼差しを見せ歩いていく。
「陽菜――!」
「……なに?」
「お兄ちゃんは絶対に渡さないから」
「私だって諦めるつもりはない」
陽菜ちゃんが去り、俺達だけになった。
「……莉緒、これは一体どういうことなんだ……?」
「説明は家に帰ってから。早く帰るよ」
「あ、ああ……」
謎の陽菜ちゃんが行動。その秘密を知る莉緒。
この二人の関係を俺はもっと知る必要がありそうだ。
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