第19話 義妹と原宿デート その3
「よーし!着いた!お兄ちゃん頑張ってブラジャー選んでね!」
「これ、まじで俺が選ぶの?」
「付き合うって言ったのはお兄ちゃんだもん!なら選ぶのもお兄ちゃんの役目だよ!」
これはもはや人生最大の窮地と言っても過言ではない。
なぜか俺が莉緒のブラジャーを選ぶことになった。
別に一人で選べばいいのに莉緒は全く言うことを聞かない。本当に困った妹だ。
「……選ばなくちゃだめ?」
「だめ」
「……絶対に?」
「絶対に……もう!お兄ちゃんのヘタレ!ここまで来たんだから素直に選んでよ!」
「ヘタレとかの問題じゃないだろ!選ぶこと自体がおかしいだろって話だ!」
「別におかしくないよ。お兄ちゃんが自分で付けるやつを選ぶならおかしいけど」
いやいや、それはそうだろ。
どうして俺が自分用のブラジャー買わなきゃいけないんだよ。
俺は正真正銘、男だぞ?
「さっきから言ってることが無茶苦茶で全く話についていけない」
「それなら早く選んだ方が利口じゃない?いつまでも経っても埒が明かないよ?」
「ならお前が選んできた方が早いだろ」
「そうじゃないんだって、お兄ちゃん」
「何が違うんだよ」
「よく考えてよ。お兄ちゃんが私のことをベッド押し倒します。そして服を脱がします。そうしたらまず何が見えますか?」
「……ブラジャーだな」
「でしょ?そのブラジャーがダサかったら、お兄ちゃん嫌じゃないの?」
「確かにそうだが……」
「はい、そう思った時点でお兄ちゃんの負けです」
俺の負け……?
いつから俺達の勝負は始まっていたんだ……?
「結局、お前は何が言いたいんだ?」
「だからぁ!お兄ちゃんは私とセックスする時にダサいブラジャーつけていたら嫌なんでしょ!?それで私は雰囲気を壊したくないわけよ!言ってること分かる!?」
「言ってることは理解出来たからさ!少し冷静になれって!俺が悪かったから!」
莉緒が急に大声でセックスなんて言うから周りのお客さんがジロジロこっちを見てくる。ショッピングモールで下ネタ言うのは本当にやめてくれ……。
「理解出来たのなら選ぶ覚悟も出来たってことね?それなら早くお店に入るよ」
「……あ、ああ。分かった」
こうして俺はランジェリーショップへと足を 踏み入れた。
そもそも普通のカップルや兄妹は一緒に下着を買いに行くのだろうか。
その一つだけ、疑問が残ったのであった。
「それで、どこから選べばいいんだ?」
「えーとね、あの辺かな」
莉緒が指を指した先には、生地が薄く透けたのランジェリーとブラジャーばかりが並ぶ陳列棚だった。
「おい、莉緒。これは絶対に違うだろ」
「違くないよ?」
「嘘をつくな、お前はこんなエロい物は持ってない。早く普通の下着の棚に案内しろ」
「確かに持ってはいないね。でも着てみたい気持ちはあるんだよ」
こんなのを着て家の中をうろちょろされたら流石に困るからやめてくれ。
「買いに来たのはブラジャーなんだからさ、早く買って店出ようぜ」
「えー?お兄ちゃんは私がエッチなランジェリー着てる姿を見たくないの?」
「見たくないわけじゃないが……」
「見たいなら一着だけでも買っていこうよ」
「……えぇ、でもな……」
そんな俺の後ろめたい気持ちは簡単に押し切られてしまう。
「――で、お兄ちゃんはどれがいい?」
「そうだな。これなんてどうだ?」
俺が手に取ったのは白のランジェリー。
シースルーのベビードールにレースのロングカーディガンという、シンプルだがそれが逆に色っぽいデザインだ。
「お兄ちゃんって凄いね。ここまでシンプルな物を選べる人はいないと思うよ」
「そうか?パッと見て、これが一番似合うやつだなと思っただけなんだけどな」
「私はもっとエロいの選ぶと思ってたよ」
「俺は露出が多すぎるのは好きじゃない。このくらいが丁度いいんだよ」
「そもそもランジェリー買ってる時点で多いとか少ないとか関係ないと思うけどね」
それを言われてしまうと何も言い返せない。
やっぱり買うのやめようかな。
「じゃあ、次はブラジャーだな」
「そうだね!さてお兄ちゃんはどんな選ぶのかな、ぐへへっ……」
莉緒が少し変な笑みを浮かべていた。
「何着買うんだ?」
「とりあえず三つあればいいかな」
「三つね、了解した」
「最高に可愛いやつをよろしくね!」
そろそろ、このお店にいるのが精神的に辛くなってきた。
俺は莉緒に似合いそうなブラジャーを手早く探す。
「決まった!この三つでどうだ?」
俺は好きな三色をコンセプトに選んだ。
一つ目はエメラルドグリーンにメッシュ刺繍リボン付き。二つ目はくすんだブルーのレースに花柄刺繍。三つ目はパープルのウィングレースブラ。
三つともかなり自信があるから莉緒の反応が気になる。
「全部可愛いじゃん!特にこのエメラルドグリーンのやつ!これは一番いいよ!」
「やっぱりそう思うか!?俺もこれが一番いいと思ってな」
「この三つで問題なし!買っちゃおう!」
「ほんとか!良かったぁ!」
予想以上の反応の良さに俺は嬉しさを隠しきれなかった。
「とりあえず買い物はこれで終わりか?」
「うーん、そうだね。後は大丈夫かな!」
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「はーい」
「あっ、その前に俺トイレ行ってくるわ。その辺でちょっと待っててくれ」
「分かったぁ」
そして俺がトイレから出てくると、莉緒の周りに見知らぬ男達が集っていた。
「ねぇ、今一人?俺らと遊ばない?」
「一人じゃないです。人を待ってるんです」
「まだ来ないなら少し遊ばない?」
「嫌です」
「そんなド直球に断られると傷つくなぁ」
「傷つくなら私に近づかなければいい話じゃないですか?違います?」
「あ?なんだ?お前喧嘩売ってんのか?」
「いえ、思ったことを言っただけですよ」
そろそろ相手がキレそうだったので俺は急いで莉緒の傍に駆け付けた。
「莉緒、その辺にしとけ」
「なんだ?お前は?」
「俺はこいつの兄貴だ」
「兄貴だぁ?兄妹仲良くて羨ましい限りだなぁ?おい?」
「だろ、俺達は見た目以上に仲良いんだぜ」
「誰も褒めてねぇよ。てかお前らほんとに兄妹か?全然似てねぇぞ?」
「――あ!?何言ってんだよ!てめぇ!」
この一言に俺は怒りを抑えることが出来なかった。
そして男の顔面に渾身の拳を一発入れてしまう。
「似てるとか似てねぇとかの問題じゃねぇんだよ!俺達は兄妹だ!二度とそんなこと言うんじゃねぇぞ!」
「……ちょっと、お兄ちゃん……!」
やばい、さすがに殴ったのはまずかったか。
店内が騒然としている。
「おい、莉緒。逃げるぞ」
「――え、逃げるって、ちょっと!」
俺は莉緒の手を掴み、駅へと走り出した。
「……ここまでくれば大丈夫だろ」
「急に殴ったかと思えば、次は全速力で走るんだから!こっちの身にもなってよ!」
「ごめんごめん。でも大丈夫だったろ?」
「うん!助けてくれてありがとね!」
「全く困った奴らだ、俺の妹に手を出すなんて百億万年早いわ」
「……あと、お兄ちゃんもう一つ、ありがとう」
「もう一つ?」
「さっき似てないって言われた時に怒ってくれたこと。私のこと、ちゃんと妹として見ててくれてたんだなって凄く嬉しかったよ」
ついさっきまで強張っていた表情が少しだけ和らいでいた。
俺が来るまでずっと一人だったのだから怖かったはずだ。
「当たり前だろ。誰がなんと言おうと莉緒は俺の妹なんだから」
俺は莉緒の頭をそっと撫でる。
「そうだね。お兄ちゃん大好き」
「俺も莉緒が大好きだよ」
「……あとさ、この手なんだけど。繋いだまま帰っちゃだめ……?」
「ああ、いいぞ」
「ほんとに!?絶対に離さないからね!」
そう言うと莉緒は握っていた右手をの力を少し強める。俺よりも小さくて、もちもちと弾力のある莉緒の手は俺の怒りをゆっくりと鎮静させていく。
「莉緒、次はどこに買い物行きたい?」
「そうだね、北海道かな!」
「高校生には無理だ」
「それを可能にするのがお兄ちゃんの役目でしょ!」
「何回も言うけどさ、お兄ちゃんはそんな万能じゃないってば……」
くだらない話をしながら俺達は電車に揺られながら帰っていく。
出掛ける前に莉緒はデートだと言った。しかし、今回の買い物は果たしてデートと言っていいものなのだろうか。中々に難しい判断である。
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