第12話 義妹討論

 月曜日の部活、莉緒が俺との練習を終えて別の部員と練習していた。その時に俺と詩音は体育館裏のベンチに座って話をしていた。


「――なあ、詩音。お前は急に妹出来たらどうする?」


「いきなり何言い出すかと思えば妹の話かよ、シスコン野郎」


「シスコンじゃねぇ。それに俺の莉緒は妹じゃなくて『義妹』だ」


「へいへい、それほんとめんどくせぇな。しかも俺の莉緒って、いつから莉緒ちゃんがお前のものになったんだよ」


「義妹になった時点で莉緒は俺のものだ」


「さては……お前、週末なんかあったろ?」


「べ、別になんもねぇよ!」


 詩音の鋭い反応に俺は少し動揺した。しかし、何かあったのは事実だ。


「絶対あっただろ。今日のお前、先週と全然違うんだよ」


「な、何が違うんだよ……?」


「お前好きだろ、莉緒ちゃんのこと。義妹としてじゃなくて女として」


「は……?なんで俺が?そんなわけないだろ。なんで俺が義妹を恋愛対象として見なくちゃいけないんだよ?」


 どうしてそれが……と心の中で俺は思った。そんな素振りを一回でも見せた覚えがない。一体どういう事だ。


「……ったく、そんなに顔色変わっているのに白々しい奴だな。お前さっきまで莉緒ちゃんと練習していただろ?その時の自分の行動を覚えていないのか?」


「いや、いつも通りだったと思ったんだが……」


「あれがいつものお前なわけあるか!ばかだろ!」


 詩音が声を荒げて俺を睨んだ。相変わらず詩音が怒ると本当に怖い……。これで俺はヤンキーじゃないって詩音自身が言っているんだから勘弁してほしい。


「……そ、そんなに違かったか……?」


「莉緒ちゃんとあんなに笑顔で練習しているお前、初めて見たぞ?俺を含めて周りの全員が驚いていたことにお前は気付いていたか?」


「確かに言われてみれば、今日の俺と莉緒の練習を皆が見ていたような気がする」


「気がするじゃなくて見てたんだよ。お前のくそキモい顔と口調をずっとな」


「俺そんなにやばかったの……?」


「やばいってもんじゃねぇよ」


 俺はその後、詩音から練習中の状況を事細かに説明された。


『お兄ちゃん!練習始めよ!』


『よし、始めようか』


 ここまではいつも通りだったらしい。


『お兄ちゃんごめん〜!』


『大丈夫だ、もう少しゆっくり狙って打ってみろよ』


『うん!分かった!』


『そうそう!そんな感じだ!それでもう少し力を抜いて打つんだ』


『こんな感じかな?』


『そんな感じだ!莉緒良いぞ!このまま続けて打っていくぞ!』


 ……と、まあこんな感じだったらしい。


「優しく莉緒ちゃんに教えるお前、めちゃくちゃ気持ち悪かった……」


「俺が莉緒に教えるのがそんなに変か?」


「変に決まってんだろ!いつも喧嘩ばかりで騒いでばっかりのお前達が真面目に練習してんだぞ!?」


「た、たまにはそういう時だってあるだろ!俺だって莉緒には上手くなって欲しいし」


「……じゃあ最後の『あれ』はなんだったんだ?」


「さ、最後の『あれ』……?」


「お前、莉緒ちゃんの頭を撫でたんだぞ?今までそんなことしなかっただろ?」


 俺は致命的なミスに思わず「あっ、」と声を漏らしてしまった。


「お前も俺ほどじゃないが本当にあほだな」


 詩音に言われるのはこの上なく屈辱的だったが、俺は返す言葉もなかった。


「――確かに……俺は莉緒のこと好きだよ」


「うわっ……本当に言いやがった。気持ちわりぃ……」


「気持ちわりぃって言うな!本心なんだからしょうがないだろ!」


「前から好きなのは知ってるけどよ、義妹になっても恋愛感情を持つのはどうなんだよ?お前は兄なわけだろ?」


「兄妹だからって別に持って悪いわけじゃないだろ。俺は自分の気持ちに素直でいたいだけ。ただそれだけだ」

 

 ごもっともな詩音の指摘に俺は自分の考えをそのままぶつけた。


「お前、逆に開き直ったってことだな?」


「ああ、そういうことだ」


「それなら聞くけどさ、莉緒ちゃんがお前の妹になったことは学校中に知れ渡っただろ。それで莉緒ちゃんに告白してくる奴がいたらどう対処するつもりなんだ?」


「しばき倒す。二度と近づけなくなるくらいにな」


「お前の妹への愛、歪み過ぎだろ」


「歪んでたっていいだろ。莉緒は誰にも渡すつもりはない」


「お前みたいな奴は絶対にお兄ちゃんにしちゃいけねぇな……」


 詩音が失望と諦めの表情で空を見上げていた。


「まあ、そういうことだ。俺はもう莉緒一筋で生きていく。妹なんて立場は関係ない、俺が好きならそれでいいんだ。あいつも、莉緒もそう思ってる」


「……二人がそう思ってるなら俺は何も言うことはねぇよ」


「……詩音」


「けど、お前らのその関係がまた広まったら今度こそお前終わりだぞ?俺はダチとしてここで黙っておくけどな」


「ありがとう、詩音。俺もそれは分かってるつもりだ」


「お前らの恋愛が上手く良くことだけ願ってるわ。陵矢頑張れよ、お前次第だ」


「おう!」


 俺はグッドサインを作り、自信満々の笑みを詩音に向けた。


「ちなみに言っとくが、俺は義妹が出来ても手は出さねぇからな。覚えとけ」


 一般的に考えればそれはそうだ。俺と莉緒が特殊なだけだ。


「――あっ!お兄ちゃん見つけた!」


「莉緒?練習終わったのか?」


「終わったよ……ってあれ?詩音先輩と何か話してたの?」


「いや、別に大したことじゃないさ。俺も今終わったところだ」


 詩音が「どこが大したことない話だよ」という呆れた表情で俺を見ていた。


「それならお兄ちゃん!もう一回教えてよ!ようやくコツを掴みそうなの!」


「いいぞ、じゃあ体育館に戻って一対一で試合形式でやってみるか」


「うん!早く行こ!」


 そう言うと莉緒は俺の腕に抱き着いてきた。


「莉緒!あんまり学校でくっ付くなって言ってるだろ!」


「えー、別にいいじゃん。仲の良い兄妹として皆見るから大丈夫だよ」


「お前ら本当に仲良いんだな」


「やっぱり詩音先輩もそう思います!?お兄ちゃんは私のこと大好きだし、私もお兄ちゃんが大好きですから!」


「知ってるよ。莉緒ちゃん、陵矢と幸せにな」


「はい……?分かりました!お兄ちゃんと幸せになります!」


 莉緒が詩音の言葉の意味をどこまで理解したのかは分からない。詩音が『兄妹』としてではなく、『恋人』として言ったことを俺は分かっている。

 詩音が友達で本当に良かった。こいつは見た目とは真逆の人間だ。どうしようもないあほだが、信頼出来るし常識もある素晴らしい人間だ。

 友達は数がいればいいというわけでもない。少なくてもいい。こういう友達を持つべきだと俺は改めて思った。

 

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