第8話 義妹の友達「楠木陽菜」

 三日目の朝、俺は昨日のキスを忘れられずにいた。ファーストキスの相手がいくら大好きな金髪ツインテールの美少女でも、義妹はさすがにあり得ない話だろう。


「どうして、あそこで止められなかったんだろうか……」

 

 俺は自分の唇にそっと手をやり、後悔の念を呟いた。もしかすれば莉緒とはまた別の形でちゃんとキスが出来たかもしれない。あそこで莉緒の暴走を止められていればと俺は自分の心の弱さを恨んだ。


「莉緒が妹じゃなくて彼女だったら何の問題も無いんだけどな……」


 だが、俺達の親が結婚してしまった以上はあくまでも兄妹の関係だ。これはいくら嘆いたところで変わる関係では無い。


「神様、俺の夢は無事に叶った。だけど、俺が大好きな莉緒が義妹になるなんて話は聞いてないぜ……。やっぱり、莉緒は俺の彼女にしたかったよ……」


 俺は存在するはずの無い神様に自分の気持ちを打ち明けた。こんなしたところで莉緒が彼女になるはずもないのに……。俺は一体何をしているのだろう。

 しばらくの間、俺がべッドで横になっていると、階段を上がってくる音が聞こえてきた。そして足音は俺の部屋の前で止まった。


「お兄ちゃん~!朝だよ!起きろぉぉぉぉ!」


 ドアが勢いよく開き、莉緒が俺のベッドに飛び込んできた。


「お兄ちゃん!朝だよ!遅刻しちゃうよ……ってあれ?」


「お、お前さ。少しは加減して入って来たらどうなんだ?」


 莉緒の膝がお見事に俺のみぞおち付近に入り、俺はノックアウト状態だった。


「あ、ごめんね。お兄ちゃん♡」


「とりあえず、早くどけろ。重いから」


「また重いって言った!そんな事言うとまたキスしちゃうぞ!?」


「それは、勘弁してくれ……」


「じゃあ、こういう時はなんて言うのかな?」


「早く私の上から退いて下さい。重量オーバーですので」


 すると、莉緒はムッとした表情を見せて俺に顔を近づけてキスをしようとしてきた。流石にここは冗談言ってる場面ではなかった。


「あー!ごめんなさい!俺が悪かった!悪かったです!ごめんなさい!」


「もうだめです。お兄ちゃんは私のことを完全に怒らせてしまいました。それ相応の罰を受けて貰います」


 金髪ツインテールの美少女にキスされるのは俺の中では罰ではないのだが、莉緒からのキスとなると話は別だ。しかし、莉緒に馬乗りになられた状態で俺に逃げ場所など存在しなかった。俺は諦めて目を瞑った。


「……」


 だが、待てと暮らせど莉緒がキスをしてこない。俺がゆっくり目を開けると、そこには必死で笑いを堪える莉緒の姿があった。


「あはははっ!お兄ちゃんなんで目閉じるの!おもしろすぎ!」


「に、逃げ道がないから目閉じて覚悟を決めたんだよ!そしたらお前はキスしてこないし……、どういうつもりだよ!」


「だって!キスしようとしたらいきなり目閉じるんだもん。目閉じてキスを待ってるお兄ちゃんにキスするなんてシュールすぎてキスするどころ話のじゃないよ!」


 莉緒が腹を抱え大きく口開けて爆笑していた。ここまで笑う莉緒の姿を俺は初めて見たかもしれない。


「そ、そうか。まあキスされなかったなら良いかな……」


「本当はして欲しかったんでしょ?」


「ん、んなわけあるか!」


「残念!隙あり!」


 俺が少し動揺したところを莉緒は見逃さず、俺の頬にキスをした。


「どうも、ごちそうさまでした♡」


「お、お前って奴は!」


「お兄ちゃん、隙ありすぎるよ。それだと私がキスし放題になっちゃうから精神面もちゃんと鍛えておいてね。ばいばーい」


 莉緒は口元を左手で隠しウインクして俺の部屋から出て行った。どうやったらこの莉緒の行動を止められるのか、起きて早々再び考えさせられるのであった。


        *


 昼休み、俺は飲み物を買うために一階の購買にいた。俺が買うのはいつも決まっていて、それは百円で買えるパックのコーヒー牛乳だ。コスパの割にはコーヒーの味も悪くないし、あっさりして飲みやすい、おすすめの商品だ。

 だが、俺以外買っているところを見たことが無い。そのうち購買から姿を消してしまうのではないかと心配している。


「お兄ちゃん~!」


 俺がコーヒー牛乳を片手に教室に戻ろうとした時、聞き慣れた声が聞こえてきた。当然の事ながら俺は無視をして購買を出た。


「もう!お兄ちゃん!無視はダメだよ!」


 次の瞬間、俺の身体に鉄球がぶつかるような衝撃が背中全体に広がった。


「ガハッ……!」


 俺はそのまま倒れ込み、廊下に寝転がった状態になった。


「どうだ!私の飛び膝蹴りは!わはははっ!」


 莉緒が両手を腰に当てて、仁王立ちで高笑いしていた。


「こ、このくそ野郎が……!」


「妹を無視する方がいけないんだもんね~だ。お兄ちゃんには妹の話を聞く義務があるんだよ」


「そんな義務聞いたことねぇよ!」


「知らなかったの?じゃあ今度からは覚えておいてね」


 たとえ覚えたとしてもお前の話は無視してやるよ、絶対に。


「まぁ、これからも無視し続けるようなら、私は容赦なく後ろから攻撃して行くつもりだからよろしくね。ふふふっ……」


 莉緒の顔が笑っているようで笑っていなかった。俺は今、莉緒の心の中に潜む闇を引き出してしまったのかもしれない……。


「もう!莉緒はほんとに陵矢先輩に対して攻撃的なんだから!先輩大丈夫ですか……?」

 

 莉緒の隣にいた女の子が俺の傍に寄ってきた。


「大丈夫だよ。ありがと、陽菜(ひな)ちゃん」


 この子は莉緒の友達の『楠木陽菜(くすのきひな)』だ。陽菜ちゃんはいつも蹴られたりした俺のことを気遣ってくれる優しい子だ。莉緒とは逆の銀髪のショートヘアで頭の上に乗っている大きな赤のリボンがチャームポイントだ。


「陽菜!別にお兄ちゃんに大丈夫だから離れてていいよ!」


「だめだよ!先輩こんなに痛そうにしてるじゃん!お兄ちゃんになったんでしょ?もっと優しくしてあげないとだめだよ!」


 陽菜ちゃんのその優しさが心に染みるぜ。莉緒にもその優しさを分けてやって欲しいくらいだ。


「先輩、莉緒ってあんな感じですけど、私と二人の時はいつも先輩の話ばかりしてるんですよ。先輩の好きなところ散々聞かされてるんです」


「ちょっと!陽菜!余計な事言わないでよ!」


「別にいいじゃん~。それでですね、先輩。莉緒っていつ告白すればいいかずっと私に相談してたんですよ。好きなら早く告白しちゃえばいいのにって思ってたんですけどね。ほんとに可愛いですよね」


「陽菜、お願いだから~、これ以上は言わないで……」


 莉緒は真っ赤になった顔を両手で隠していた。


「莉緒はほんとに先輩のこと大好きなんだよね、だからその気持ちが空回りして攻撃的になっちゃうの私は知ってるよ」


「だ、大好きに決まってるじゃん!こんなカッコ良くて優しい人、他に絶対存在しないんだからぁぁぁぁ!」


 莉緒は全速力で走り去って、俺達の前から姿を消した。でも、購買の前で大好きって言われて走り去られる俺の立場って一体どうなっちゃうんですかね。

 周りの視線が本当に怖い……。


「もう少し莉緒も素直になってくれれば良いと思うんですけどね」


「それは俺も前から思ってる事だ」


 陽菜ちゃんとは莉緒のことに関しては何かと同じ考えを持っていて、これからもこうしてお互いの情報を共有し合える仲でいたいと俺は考えている。


「陵矢先輩、あんな莉緒ですがこれからもよろしくお願いしますね」


「りょーかい。陽菜ちゃんも友達として、あいつのことよろしく頼む」


「はい、任されました!」


 陽菜ちゃんは軽く微笑み、莉緒の後を追って歩いていった。

 そして、俺も飛ばされて潰れたコーヒー牛乳を拾い直して教室に戻るのであった。

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