第7話
「
燕弥にそう告げられたとき、志乃はうなずくほかはなかった。たち縫い、茶の湯、聞き香に
豆を煮るお民の箸
お民に言われたとおりに盥の中でとぎ汁を
「あの、なにかございましたでしょうか」
志乃の傍に立つ燕弥は、にこにこと笑っている。
「いいのよ、わたしのことはお気にせず、そのまま続けてくださいな」
そう言って後ろで手を組み、盥を覗き込む燕弥の髪はゆるめに結わえられていて、はらりと一本こめかみにかかる。
漬けが時姫になってからというもの、燕弥はこうして、志乃がお民から手習いを受けている様子を見にくるようになっていた。どんなにつんけんしている日でも、志乃が
稽古場へ向かう燕弥を見送ってすぐ、志乃の頭にはぴいんときた。
やっぱり時姫は綺麗好きでいらっしゃるんだわ、そうなんだわ。
部屋の整い具合からも薄々は勘付いていたけれど、時姫は綺麗好きで、だから汚れ物がきれいになっていく様を見ているのは気持ちがいいってそういうわけじゃないかしら。
ならば、と志乃は
燕弥の部屋は、紅の件で入った時と相も変わらず、整然としていた。
役者ってのはとんでもない生業だと、つくづく志乃は思うのだ。世間の目を一身に集めてはいるが
燕弥は決して男の部分を見せようとしない。
志乃は小袖が掛けられたままの
女形とはそういうものか。
志乃は箱枕に顔を近づけすんと鼻を動かしてみる。
そういうもので終わらせてよいのか。
志乃は己の手が、掃除というよりなにかを探し回る手つきになっていることにふと気づいた。気づいたならば、こりゃもう開き直りで、部屋のあちらこちらをかき回す。と、つんと
飯を捨て、洗った椀が乾く頃合いに、燕弥の帰りを告げる声が格子戸の外に聞こえてきて、志乃は肩を張る。皐月狂言の幕開きが近いためか、稽古終わりの燕弥はご機嫌が悪い。板間に上がって、志乃の差し出した
「なぜ捨てやがった!」
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