第6話
家に戻った時分にはまだ日は落ちていなかった。
志乃はまず燕弥の部屋の前で
台所に立ち、
「今日の夕餉は煮売り屋で購ってまいりましたので」
表戸を叩く音はぴたりと止んで、じゃりりじゃりりと草履が路地をゆっくり擦る音が小さくなっていく。お菜の一つでも持ってってもらえばよかったわ。
志乃が嫁入りして初めて用意した夕餉は、部屋に入ってきた燕弥に横目でちらりとやられるなり、眉をこれでもかと寄せられた。燕弥はそのまま
実家で言い聞かされてきた、質素であることこそ食の第一義との考えを志乃は思い切ってえいやっと頭から追い出して、朝晩、家にやってくるお
「おやめくださいと言ったはずですけれど」
燕弥の言葉に志乃は、びくりと背筋を伸ばす。
「ちろちろと目玉で
燕弥の眉間に皺が寄ったのは汁の実が理由でなかったようで、志乃は「申し訳ございません……」と消え入りそうな声で謝ってから、燕弥の
「今日も食べないのですか」
顔を上げると、燕弥の箸は箱膳を指している。
「もちろんです」
志乃は力強く頷いた。
「殿方が食べ終わるまで妻は殿方の傍で控え、食事の手伝いをするものと実家で教えられてきましたので」
燕弥は志乃の顔をじっと見て、「ふうん」と小さく呟いた。それきり黙って、箸で田楽を細かく刻む。田楽を
どうしてこのお人は私を女房にしたのだろう。
志乃は燕弥を眺めながら、ぼんやりと考える。
燕弥には聞かない。聞けない。なぜって志乃は女房だからだ。夫に従い、夫のために行動をする。飯をつくり、汚れ物を洗い、温く柔らかい肉で夫の労をねぎらって、ぽんぽん子を産む生きものだ。それに、己はどうやらそれなりの顔らしいから、見目で夫を
目の前には女の己より美しい女がいる。
ならば、私はなんのためにこの家にいるのだろうか。私の価値は一体どこにある。
志乃は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます