第4話
縁談のお話が父親の舌の上に乗せられてから、己が畳に手をつくまでのその時間の短さを、志乃は今でも誇りに思っている。
そうだ、それでこそ
祝言は挙げず、顔も見ぬまま
なぜってこの人が、常に女子の姿でいるからだ。
道すがらすれ違う
「お志乃ちゃん」と声がかかった。
振り向けば、表に店を構える煮売り屋から男が手を振っている。
「芋の煮っ転ばし、今日はいくつ持ってくんだい」
男が差し出した丼鉢の中の里芋は目一杯煮汁を吸っていて、てらてらと春の日差しを
かかあは
「すみません、煮っ転ばしはもう」
志乃が
「あれ、あのお人はこいつが好物じゃあなかったかい」
そうなのだ。そこが難しいところなのだ。
「いえ、その、前のお人はたしかにお好きだったんですけれど」
尻すぼみになる志乃の言葉に「ああ」と木曾屋は声を上げ、ぽんと手を打ち鳴らす。
「そういや、如月狂言は終わっていたね」
燕弥は常から女子の格好をしている。燕弥が一生のお
「新しい芝居に入るたび、演じる役に成り代わっちまうってのは、何度聞いてもどうにも飲み込めやしねえなあ」
言いながら、木曽屋は丼鉢の中身を
「そのお芋と同じなんです」
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