第2話
一、時姫
「こちらが昨日、お志乃さんが
志乃は猪口ににじりより、おずおずと中を
「こちらが今日までわたしが使っておりました紅」
左の猪口に首を動かす。赤で、艶々、金箔はなし。うんうん、と二つ志乃は頷く。
「なにが違うか分かりませぬか」
言われて、志乃はびくりと肩を震わせた。
「分かりませぬか」
重ねて問われても、揃った三拍子に指折り満足していた志乃には、全くもって分からない。ふうと深いため息が聞こえて思わず身構えたが、煙草盆が引き倒される音は聞こえてこない。
こわごわ顔を上げるとその人は、唇の端で薬指の先を
「色がきれいに伸びるでしょう。これこそ質の良い紅の
そこで
「左の
言われたことを手元の紙に書きつけながら、志乃はちらりとその人を見やる。どうやら今回のお人は随分とおとなしい女人らしい。やっぱり、先月とはまるでお人が変わったよう、と思ったところで、志乃はううん、と首を横に振る。まるで、も、よう、も必要がない。
だって、この人は本当に、お人が変わっているんだもの。
「お志乃さんなら、わたしが使っている紅くらいお分かりになると思っていたのですけれど」
その下がり
「申し訳ございません。次は必ず手抜かりのないよう」
「それはようございました」
体を起こせば、そこには卵の白身だけを泡立てたような
「では、お気をつけて」
「え」
志乃は思わず声を上げた。その人は口の端に笑みを泡立たせたまま、なおも言葉を繰り返す。
「お気をつけて、いってらっしゃいまし」
「ですが、今日はその、
「蛭子屋ならよかった。
「顔を出すって、蛭子屋さんに会われるおつもりですか?」
あなたのようなお
口からぽとり
「だって、誰かが蛭子屋に言付けなければいけないでしょう。お志乃さんなら伊勢屋に紅を購いに行っていて、家内にはおりませんよと」
ここで志乃は確信した。
今日は随分漬け込まれている日だ。
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