おんなの女房

蝉谷めぐ実/小説 野性時代

第1話


 よびこみ


 おっとそこ行くかまぬ文様のおおだん

 ちょいとあちら行くこうらいごうべつぴんさん。

 足を止めなすったね、こちら行くよきこときくのご家族一行。

 台の上から御免なすって、道行く皆々様方のお耳をちいとご拝借。

 このもり座の木戸芸者が二人、本日の芝居のご案内ご案内ぃ。

 あら、ほんばんづけを茶屋であがなって、役割をきちんと頭に入れてきた?

 だめだめ、そいつで満足していちゃあ芝居の素人とうしろう

 あっしの読み立てにこいつの役者こわいろ真似尽くしを聞いてはじめて、今日の芝居を楽しめるってもんだ。なにせあっしは声千両……おや、いつの間にやらこんなにお人が。よしよし、そんなら、こほんと一つ。

 とざい、とーざい。

 ときはぶんせい、頃は皐月さつき

 一人のあるわか女形おやまが春の雷の如く、ぴしゃりとひのき舞台に現れるところから、芝居は始まるのでござります。このおんながたしんに据えたいところではありやすが、残念至極、この女形の女房というのがしゃしゃり出て、女房の語りで話は進む。武家から嫁いだこの女、芝居を知らず、役者も知らず、武家のおきたりを舞台に持ち込む面皮の厚さ。ああ、なんと哀れな若女形。それでも、女形は芝居に命をかけている。周りの役者たちの助けも借りて、難役をこなしてのし上がっていくのです。しかし、女房はきんのことしか考えちゃあおりやせん。小屋に乗り込み、舞台に上がり、己の夫の足を引っ張る様はまるで獄卒。

 さあさ、この女形とその女房、一体どんな大詰めを迎えるのか。

 是非に是非に、皆々様の御目でしかとお確かめぇ。

 あ、いちどきにねずみに押し寄せないで。木戸札はきちんとたもとから出して木戸番にお渡しを。順繰りに潜ってくださいましね。

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