第25話 僕たちの未来のすがた

 火事の知らせの後、僕らは別荘に残された。別荘の管理者の由紀子さんから、しばらくして電話があった。

「隣の家はほとんど全焼だったけど、うちは少し離れてたから大丈夫だったわ。ただ隣の家のご夫婦の旦那さんが火事で亡くなられて。夜までその方の赤ちゃんを預かることになったの。だから今日は、あなた達だけで過ごせるかしら?朝には、また行くわ」

 由紀子さんは僕たちに電話でそう告げた。

 電話をとった八重さんは、もちろん、こちらは大丈夫です、と答えていた。

 僕は人が亡くなられてしまったと聞き、知らない人とはいえ、残された妻と赤ちゃんのことを考えると心が傷んだ。

 不幸は誰にでも突然、訪れる。

 今まで幸せだったことが嘘のように。

 人の死ほど、突然で必然なものはない。誰にでもいつかは訪れる。

 僕は父さんが死んだあの日から、身近な人と別れる時は、いつ会えなくなってもいいように、行動しようと思っている。突然、会えなくなった時に、もし喧嘩でもしてたら?と思うと絶対、後悔するに決まってる。だからどんな時でも、ちゃんと挨拶して、別れてようと思ってる。

最後に会わせた顔はお互い笑顔を思い出したいから。

「今からなにする?私、ボードゲーム持ってきたからやらない?あと、夜になったら花火しよ!」

 ナナは、バックからいろいろと引っ張り出しながら、そう元気に言った。

「あ、ごめん!近くで火事あったのに不謹慎よね」と、出した花火をあわてて引っ込めて謝った。

「そんなことないよ。花火、オレ何年もしてないから、やりたい」

 キュウが落ち込むナナを優しくフォローした。

「僕も。ちゃんとバケツに水を用意してやれば、いいんじゃない?せっかく遊びにきたんだし。悪いことするわけじゃないんだから」

「いいの?」

 僕の言葉にナナは安心して、嬉しそうに言った。

 喜ぶナナの頭を八重さんがポンポンって、撫でた。ナナは少し照れくさそうな表情を浮かべる。

「じゃ、さっそくゲームやろ」

 持参したボードゲームを出したナナはゲームの用意を始めた。

「オレ、ボードゲームやったことない」

 キュウが呟く。

「僕も」

「えー!」

 ナナと八重さんがハモってそう言った。

「大丈夫。ちゃんと説明してあげる」

 ナナは得意そうに、ボードゲームのやり方を説明してくれた。

 でもなぜかナナだけ一度も勝てなくて、最後はブーたれてた。

 そんな様子がとてもかわいいかったが。

「ナナー。もう落ち込んでないで、ご飯にするよー」

 めげてるナナに、八重さんが明るく声をかける。

 夕食は由紀子さんがほとんど作ってあったので、僕たちは料理を並べるだけだった。冷蔵庫には飲み物やデザートなども用意されていたので、至れり尽くせりだ。

 この日は別荘からどこにも行かなかったが、四人でボードゲームをしたり、好きなアニメや最近読んだ小説なんかの話をしたり、全く退屈する事なく、過ごせた。

 美味しいものを食べて、機嫌が治ったナナに僕は言った。

「来年は高校3年だし、こんなにのんびりとは会えなくなるかなあ」

 僕の言葉にみんな顔を見合わす。

「え?おまえ、どっか凄い大学、目指してんの?」

 キュウはとぼけたように言った。ナナと八重さんがきゃらきゃら笑う。

「みんな、ひでぇ。僕は料理の専門学校に行くから、別に大学行かないし」

 僕は少し拗ねて言った。

「オレだって、来年もバスケしかしないぜ。それでいけるとこに行くわ」

 キュウがそう言うと、八重さんも言った。

「私も医大に行くけど、別に医大だったらどこだっていいと思ってるの」

「すご!」

 僕とキュウがハモる。

「いいなー。みんな将来、決めてて。私だけ何も決めてない」

 ナナは寂しそうに言った。

「ナナは美人だから、芸能人になれば?」

 八重さんが突然そう言う。意外に真剣な口調だった。

「やだー。人のこと、外見だけ良いみたいに言わないでよ」

「そんなことないよ。本気でナナは女優とかなれると思うよ、ねえ、ロクタくん」

 八重さんが急に僕に話を振ってきた。

「女優?」

 ちょっと僕の中では職業として選択肢にはないが、ナナだったらなれなくはないと思った。

「へえ。ナナちゃんって、女優志望なんだ」

 キュウがそう言うと、ナナは図星だったらしく、顔を赤くした。

「高校の文化祭でも1年の時、代役だったけど、主役だったんだよ」

 八重さんの説明に、ナナは手を横に振って謙遜していた。

「女優になりたい、なんて言ったら、ハズイでしょ」

 ナナがそう言った瞬間。

「そんなことない!」

って、みんなで答えた。

「ナナの夢を恥ずかしいなんて誰も思わないから、頑張れよ」

 僕はみんなを代表して、そう言った。

「ありがとう」

 ナナはそう言った。

「でも…高校生にもなって女優になりたいとか、声優になりたいとか、子どもっぽくって、恥ずかしいでしょ?」

「声優?」

 僕はナナのその言葉を拾った。

「声優なんて具体的に考えてるじゃん。ちゃんと高校生らしい夢だよ。夢に大人も子どももないんじゃないの?」

 僕は思わず、力説した。

「そうそう、オレだってプロバスケ選手の夢をずっと追ってるぞ」

「そうよー。私だって医者だよー。どんだけ勉強してるか分かってんの?それも両親共、医者で、おじいちゃんも医者なんだからね」

 八重さんが冗談めかして言うので、みんなに笑いが起こった。

「ごめん、みんな頑張ってるのに。そうだよね、どんな夢でも見ていいんだよね」

 僕はナナの言葉に少し考えて、言った。

「僕の母さんが言ってたことなんだけど、他人ひとは、よく『夢を仕事にするな』って、言うけど、夢こそ仕事にしなきゃダメだ。人は夢がないと生きていけない、って。だから僕は夢を、叶えるために、追うつもり」

「お!頑固者」

 キュウが言った。

「なんだよ、頑固者って?」

「おまえって、いつも誰にでも合わせてるように見えるけど、ほんとは自分をしっかり持ってるってこと」

「それ、褒めてんの?」

「褒めてるよ。そこが、オレがロクタを好きなところの一つだから」

 僕はキュウにそう言われて、顔が赤くなる。嬉しかった。

「あと、こいつ。小学生の時、ランドセルの色も自分の意思でピンクを選んだしな」

 そうキュウが言うと、ナナも八重さんも、なになに?って興味を示した。

「いいだろ。あの頃はピンクが好きだったんだよ」

「でも、いじめられなかった?」

 ナナは率直にそう言った。

「いじめ…られたかな。さすがの母さんにも買う時に反対されたから。でもピンクのランドセルを選んだ」

「でも似合ってたよ。ピンクのランドセル」

 そうキュウは懐かしそうに言った。

 ナナも八重さんも、「似合いそー」と言って笑ってた。

「そういうみんなは何色、選んだの?ランドセル」

 僕は慌てて、話の話題を自分から遠ざけた。

「ランドセルの色?ブラウンとホワイトよ」

 最初に答えてくれたのは、八重さんだった。

「なんで2色?ツートーン?」

 僕は尋ねる。

「ううん。ツートーンじゃなく。ホワイトとブラウンを一つずつ、2個のランドセルを選んだの」

「えー!」

 僕とキュウは驚いて同時に言った。

「今思えば、アホよね。毎日、使うものなら、色違いで揃えたい、とそう思ったの。我ながら子どもすぎるわ」

 八重さんは反省の言葉を口にした。まあ小学1年生入学前って言えば、6歳だろうから、子どもでしょうがないはず。ある意味、八重さんらしい6歳の少女がみんなの頭の中に浮かび、笑いが込み上げてきた。

「なによ、若気の至りよ。もうそんな無駄なことは絶対にしないわ。それに二つとも大切に使ってリサイクルしたんだから」

 笑いをこらえる僕らに、八重さんはそう言う。八重さんは小学高学年ぐらいから、父親の影響からたくさんのボランティア活動に参加している。ランドセルは養護施設に寄付したんだそうだ。

八重さんはお父さんを尊敬していて、父親と同じ医者になり、世界のためになりたいと、いつも夢を語っていた。

「オレは自分で選んだかも覚えてない。フツーに黒」

 キュウは、特にランドセルの想い出ないなーって言いながら答えた。

「…私は、自分でランドセルを選んでないかな…。」

 ナナは呟くように言った。

「私は、…小学校は最初の頃、ほとんど通えてない。私もお母さんも病院にいることが多かったから。」

 …そうか。ナナが6歳の頃って、ちょうど父親が亡くなられて大変な時期だったはず。

 きっとナナにとっては、その頃のことは辛い想い出ばかりなのかもしれない。

「ナナのランドセルは赤。ナナに良く似合ってたよ」

 八重さんはそう言って、うつむいて微かに震えるナナの肩を抱き寄せた。

 それぞれに歩んできた想い出。僕のことを見てくれていたキュウ。そしてナナのことを見守ってきた八重さん。

 そんな四人がお互いにありのままを受け入れられる関係。

 これから先、僕たち四人がこんな風に一緒にいれる時間は限られてる。そう永遠じゃない。

 だからこそ、僕はこの時間を大切にしたい、と思っていた。

 今、僕は最高に幸せだった。


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