第20話 いつも通りの朝

「おはよう」

 僕は学校に向かうため、いつもの制服に着替えた。玄関にはキュウが待っている。いつもの光景。

 先週までは高校を卒業するその日まで、こんな毎日が続くと信じて疑わなかった。それがキュウの彼女が妊娠してしまった事実から、キュウは責任をとって、結婚すると言い出し。

 キュウのことを小学生の頃から想っている僕は、それでもキュウを支えていこうと思った。今まで通り、キュウに傍にいてくれ、と言われ、これから家庭を持つキュウを応援していこうと決心した。

「昨日はありがとう」

 キュウは僕に挨拶した後、そう詫びた。

「ううん、また元通りの生活に戻れたから。僕はそれだけでいい」

「そうだな」

 キュウはそう答えて、僕の前を歩きだす。

 そうなんだ。あの時、キュウの家に来た教頭先生の話は、キュウの自宅謹慎のことでも退学ことでもなく、事件の解決を知らせに来たのだった。

 もちろん、香織さんが妊娠していなかったっていう訳じゃない。

 詳細はこうだった。

 まず香織さんのお腹の子の父親はキュウじゃなかった。驚くことに。

「池田くん、君は鬼塚さんとそんな関係じゃないそうじゃないか。何故言わなかったんだ?」

 と、教頭先生に言われたそうだ。僕はキュウのお母さんが教頭先生が帰った後、僕に教頭先生からそう言われたのよ、どう思う?って、開口一番に言った。

「肉体関係もない子どもが、何が結婚よ!バッカじゃないの!」

 そう怒ってるキュウのお母さんに内心、親子でも母でも女性は女性だな…と思って聞いていた。

「いや、香織と付き合ってたのは本当だし。肉体関係って言われても、なんもないわけじゃないし…」

 キュウは母親にモゴモゴしながら言っていた。でも完全にパワーでおばさんに負けていた。

「じゃあ、やったの?」

「やったって…。やったよ」

 ますますキュウは小さい声で答える。

「じゃあ、香織ちゃんって子は、あんたより、心当たりがある男が別にいたってことでしょ。九、あんたはそんなことも気づかないわけ?」

 キュウは母親に教頭先生が帰られたあと、こんな調子で母親に説教?されていた。

「でも、とりあえず、問題は解決して良かったですよね」

 僕は一人盛り上り、キュウを責めるおばさんにそう言ってなだめた。

「そうね、でも香織さんって子は大丈夫なのかしら。これから幸せになれればいいんだけど…」

 お母さんは今度は女性の立場で香織さんの心配をしていた。高校生で妊娠というのは、大変な人生になることは容易に想像出来る。

 教頭先生はプライバシーもあるからお腹の子の父親の名前は言われなかったらしいが、その男の人が自分から名乗りをあげたそうだ。高校へと父親への両方に香織さんとの関係を話したそうだ。香織さんも認めたそうだから間違いない。そもそもキュウがお腹の子の父親と言ったのは香織さんではなく、周囲が香織さんと交際しているのはキュウだから、そうだろう、となったらしい。まあ、普通はそう思うよね。

 そうなると香織さんはキュウ以外の男とも付き合っていたことになる。でも香織さんは絶対、キュウのことが好きだったはずだ。それがどうして他の男とそんなことになったんだろう、僕はちょっと疑問に思った。

 でも好きな人がいても、それ以外の人とそんな関係になることはあるのかもしれない。

 僕には理解出来ないことだったけど。

 ただ香織さんは、寂しかったのかな?とは思った。キュウの想いと香織さんの想いの重さは同じじゃなかっただろうから。

 私の方が相手より想っている。そう香織さんが感じていたことは、想像出来る。他にも悩みがあったのかもしれない。

 その寂しさから、他の人と関係を持って、子どもが出来て、それで結婚しても幸せになれるのだろうか?

 そんなことを考えながら、僕は学校への道を歩いていた。

 そんなとき、ふと思い出した。

「あ!キュウに聞いてって言われてたこと、忘れてた!今年の夏休みに、八重さんの別荘にみんなで遊びに行こうって、おまえに伝えてって、ナナに言われてたんだった!」

 いろいろありすぎて、夏休みの予定をキュウに尋ねることも忘れていた。

 僕の提案に、キュウは考えながら答えた。

「おまえ、オレが夏休みはバスケの合宿やら練習あるの知ってるだろ?」

「そうだよな、キュウ、行けないよな」

 僕が残念そうに言うと、その言葉にニヤッとしてキュウは言った。

「嘘だよ、行くぜ!別荘!イエーイ。楽しみ!」

「え?練習は?合宿は?」

 僕はキュウが何故行けると言っているのか不思議に思い、言った。

「ずっとバスケの練習ってことはないっしょ?なんとか理由つけて行くよ、日程決まったら、すぐ教えろよ。おまえだけ、両手に花にはさせないぜ」

「何が両手に花だよ、そんなこと考えてないよ、こっちは」

「男なら、八重とナナちゃんと旅行したい!って思うだろ、普通」

「そりゃ、良かったね。ホント、懲りないヤツだなぁ」

 いつもの日常。平和な毎日。

 僕がいて、傍にはキュウがいる。そしてしばらくは、また四人でバカ言えるだろう。

 これからも高校を卒業するその日まで、他愛ない日常を楽しもう。

 僕たち二人は、結婚や仕事が現実のことになるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。その猶予も子どもの頃より、タイムリミットが短くなっていることに気づかされ、たまに焦るけど、そんなに急に大人になれるわけない。

 キュウもいろいろ経験してそうで、意外に子どもだし、僕は自分の生き方も進む道も全然わからない。

 そう考えると将来が不安に思えるけど、みんなそんなもんなのかもしれない。

 大人なふりして、日々やらないといけない事柄をこなしてる。その先に道は出来る。

 自分のやれること、やりたいことを日々、続けていたら、きっとしっくりくる場所に着いてるんじゃないかと思った。

 その時に、傍にキュウが居てくれたら幸せだと、キュウの僕よりだいぶ高い後ろ姿を見ながら思っていた。

 

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