第19話 祝福
「ロクタ、おまえ、なに泣いてんだよ」
コーラを片手に持って現れたキュウがそう言った。僕は、ドアの入り口にいるキュウに目をやる。
「泣いてないよ」
僕は手の甲で、涙を払いながら、キュウを見て言った。
キュウのお母さんも立ち上がると
「ゆっくりしていきなさい」と、言って部屋から出て行った。
キュウは僕に買ってきた紅茶のペットボトルを手渡すと、僕の目の前に腰を下ろす。
「昨日はいろいろ有りすぎたわぁ」
ちょっと疲れ気味に、キュウは、そう呟いた。
「うん、だいたい聞いた…」
僕は力なく答える。
「そっか。ロクタに説明するのどう言おうか考えてた。自分でも理解出来てないから」
「うん、でもキュウがどうするのかは聞いてない」
「そうだな、オレは、…結婚、する」
「…それでいいの?」
僕は真剣にキュウの目を見た。キュウも僕を見つめ返す。僕を見つめるキュウの目も初めて見るくらいに真剣だった。
「オレ17歳だぜ。今までバスケのことしか考えてこなかったのに、結婚とか子どもとか仕事とか、どうしていいか分かんないに決まってるだろ」
キュウは強くもなく、弱くもない口調でそう言って続けた。
「でも、そうは言っても子どもは産まれてくるんだぜ?見捨てられるか?」
僕は分かっていた。キュウが命を大切にすること。それを真っ先に考えること。だから、香織さんのお腹に子どもがいるってキュウが知った時、キュウの意思は決まってたんだ、と僕は思った。
「僕に出来ることはないのかな」
僕はこれからなにと戦ったらいいのか、不安になっているキュウにそう言った。
「そうだな。これからもオレの傍に居てほしい、そんぐらいかな」
キュウは笑って冗談っぽく言った。
僕はキュウに抱きついた。
「キュウ」
僕はそう名前を呼んだだけで、言葉が出てこなかった。心の中では本当に香織さんのお腹の子はキュウの子どもなのか?とか、本当に好きな人と結婚した方がいい、とか言いたいことは山ほどあったが、キュウの気持ちを考えると言えなかった。
僕の好きなキュウは、付き合ってた彼女に子どもが出来たのに、逃げたりする男じゃないし、香織さんとキュウとの問題に僕が入るのも違うよなって思ったから。
香織さんは僕にとっては、キュウの彼女だったっていうだけ。よく知らない女の子でしかない。彼女がこれからのことをどう思っているのか見当もつかない。僕はキュウから自然に離れて、尋ねた。
「香織さんとは話したの?」
僕の質問に、キュウは横に首を振った。
「連絡、ついてない。だから香織とは話してない、実はさっきも電話してみたんだけど出てくれない」
「そっかぁ。でも僕はキュウがどう動いても応援するから。キュウが思う通りにやって。協力する」
僕がそう言うと、いつも自信満々なキュウの顔が、頼りない顔に見えた。そうだよな、17歳でいきなり父親になるなんて、考えたら不安でたまらないよな。それでも逃げずに、結婚するって宣言出来るキュウを僕はますます誇りに思った。
その時、キュウの部屋がノックされた。キュウのお母さんが顔を出す。
「ねえ、高校の教頭先生って方が見えてるんだけど、あんたに話があるらしい。リビングに案内してるから来てくれる?」
教頭先生?僕とキュウはドキっとしながら身構える。
退学?という文字が僕の頭に浮かんで、憂鬱な気持ちになる。キュウの表情も暗くなった。
「すぐ行く」
キュウはそう言って、僕に、ちょっと待ってて、と言い、立ち上がった。
キュウは僕の肩に軽く触れた。二回、軽く叩く。自分にと僕に大丈夫だよ、って言っているみたいだった。
それからキュウの部屋で30分ぐらい待っただろうか。これからキュウの人生も大きく変わってしまうかもしれないが、僕との関係は変わらない。僕に傍にいてほしいとキュウが言ってくれるなら、ずっと一緒にいよう、と心に誓った。
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