第18話 身勝手な気持ち
学校帰り、僕はキュウにLINEしてから、キュウの家に向かった。
朝のキュウへのLINEは既読にはなっていたが返信はなかった。
『今からおまえの家に行く』
そうLINEしたがこれには既読も返信もない。
そうこうしているうちに、キュウの家があるマンションの前に着く。仕方ない。別にキュウがいなくても、もしキュウが僕に会いたくなくても僕はキュウに会いたいし、とにかく話がしたい。
僕はそう思いながら、キュウの家の部屋番号のインターホンを押した。インターホンの向こうから、キュウのお母さんの声がした。
「あら、ロクタちゃん。いらっしゃい」
明るいキュウのお母さんの声。ロクタちゃん。キュウのお母さんは僕のことを小学生から知っているので、呼び名はその頃のままだ。まあ親しみを込めてそう呼んでもらってるので、ワガママは言えないが、高校の校内や近所で
「ロクタちゃ~ん!」と呼ばれると、正直、僕じゃないぞ、と知らん顔したくなる。
でもそう言うわけもいかず、笑顔で答えるようにしている。
「こんにちは」
僕はインターホン越しに見えているであろうカメラに笑顔で挨拶した。
「どうぞ~」
という明るい声と共にマンションの入り口の自動ドアが開いた。
僕は中に入り、エレベーターでキュウの家へ向かう。玄関はすぐに入れるように開けっぱなしにしてある。
玄関を覗き、
「こんにちは。ロクタです」と僕は声をかけた。
「上がってきて!」とキュウのお母さんの声。
「おじゃまします」と言って、僕は玄関に入り、一応玄関のドアを閉めた。
入ってすぐの部屋で、おばさんは料理をしていた。おばさんは僕の顔を見ると
「ごめんなさいね。キュウはロクタちゃんが来るから飲み物買ってくるって、近くのコンビニに行ってる。多分、コーラじゃないかしら。ロクタちゃん、コーラ好き?」
「普通です」
「そうよね、自分が飲みたいんでしょ、あの子の部屋で待ってて。すぐ帰るでしょうから」
「はい、すみません。待たせてもらいます」
そう僕は言って、キュウの部屋がある奥の部屋に向かった。
キュウの勝手知ったる部屋に入ると、いつも腰掛ける座椅子に座る。
何気なく本棚に目がいく。
本と本と間の空間に、この前、行ったテーマパークで撮った写真があった。写真の中で僕とキュウ、ナナ、八重さんの四人が笑顔でこっちを見ている。
部屋の中で、見えているところに飾っているある写真はそれだけ。なんとなくそれが僕は嬉しかった。
僕たち四人はまだ知りあって間もないが間違いなく、運命の仲間だと思う。性格はそれぞれ全然違うけど、互いを尊敬してるし、大切にしたいと思っている。
でも。
もし、キュウが鬼塚香織さんを選らんだら、今の四人の関係は今まで通りではなくなるな、と思った。
もちろん、キュウがこれからどうするのか、香織さんがどうするのか想像もできないけど。
ガチャっと音がして、部屋のドアが開いた。
「あの子、遅いわね、お茶持ってきたわ」
キュウのお母さんはそう言って、机にお茶を置いた。
僕はおばさんも香織さんとのことを知ってるのかな?と思いつつも聞けずにいた。すると急におばさんは言った。
「あの子が、これからどういう道を選らんでも友達でいてあげてね」
「もちろんです!」
僕はおばさんの言葉にかぶせ気味にそう言った。そんな僕をおばさんはクスクス笑った。
「わかってるわよ。あなたたちは全く違うのに仲良しで、うらやましいわ」
「…昨日、鬼塚香織さんのお父さんがうちに来られたの」
おばさんの話は唐突に始まった。僕は何も言えず、おばさんの次の言葉を静かに待った。
「ちょうどキュウの父親がいない時で良かったわ。私、鬼塚さんのお父さんに、娘さんは来られなかったですか?って聞いたの。それに鬼塚さん、ちょっと怒った顔で、なんでですか?と言われたの。だから私、息子のお嫁さんになる方ならお会いしたかったわって言ったの。」
ああ、キュウのお母さんらしい、と僕は思った。キュウの彼女が妊娠しても驚かず見守る。嫌、本当はびっくりしてるんだろうけど、キュウのことを信じてるから、もし仮に息子が犯罪を犯しても落胆などしない。それからどうしていくのかキュウを見守るだけ。
「鬼塚さん、私が息子のしたことを詫びて、子どもをおろしてください、って言うと思ってたんでしょうね。だけど、私にはキュウの上に娘が二人もいるのよ。まだ子どもはいないけど、娘に宿る命をおろせなんて言えるわけないじゃない。それに産まれてくる子は孫になるのよ。…今度は一緒にいらしてください、って、そう言ったら鬼塚さん、泣いてらしたわ。キュウの父親も私と同じ考えだけど、いきなり怒鳴りこまれたら喧嘩になりかねない。来られたのが、いない時で良かったわ」
そう言って可笑しそうに、おばさんは笑った。鬼塚さんのお父さんも娘のことで怒鳴りこんだつもりが、おばさんみたいな人で罰が悪かっただろうな。
「キュウは、鬼塚さんのお父さんと話したですか?」
「うん、話した。順番が逆になりましたが、結婚させてください、って、言ってたわ。ちゃんと頭を下げてね。」
僕の頭の中に、キュウが正座して、頭を下げて、そう言う姿が浮かんだ。
「…そうですか。」
僕はそう言うと、もう何も言えなくなった。
僕はうつむいた。涙が出た。
嫌だ。身勝手だけど、そう思っていた。
まだ僕がキュウの一番、傍に居たかった。
いきなり、泣いている僕に、おばさんは優しく、大丈夫よ、心配しないで、と言った。
僕はうつむいたまま、首を横に振り、心の中で、自分勝手な理由で泣いているんです、って答えていた。
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