第16話 スパイ依頼

 あれから野崎さんは、ナナとミミさんが知り合いだったことを知り、「そんな偶然もあるんだね」って言い残して、去って行った。

「いつでも相談があったら声かけて」とも言っていた。野崎さんは、どこまでもいい人で、カッコ良かった。これだったら八重さんの恋人として完璧じゃないか、と思った。

 僕はナナに「完璧にいい人みたいだね」と言った。ナナも「それならいいんだ。八重が幸せになる相手か知りたかっただけ」と、呟いた。

 ナナは八重さんを大切にしている。僕がキュウを大切にしているのと同じように。僕とナナはある意味、よく似ている。親友のような存在の友達に恋愛感情に近いものを持っている。そして僕たちは永遠に片思いだ。きっと想いが通じることはない。なんとなく届かない想いという自覚だけはあった。好きになった相手が異性だったら。叶うかもしれない。

 世の中にはいろんなタイプの人間がいる。性別など関係なく、相手に惹かれる僕とナナのような人間。最初から、男は女を、女は男を好きになるもんだろ?と、信じて疑わない人間。逆に異性を嫌悪し、同性しか愛せない人間。そもそも恋愛自体が嫌か興味のない人間だ。

 僕が思いつく限りではそんなもんだが、人の数だけ感情はそれぞれあるから、恋愛、友情、愛情表現も性行為を伴いたいか、否かも人それぞれだろう。

 八重さんがどのタイプの人かわからないが、キュウは僕が女の子だったら両想いになれたかもな、と思う。まあ、女の子という時点で、僕ではなくなるけど。

 野崎さんの噂話をナナと僕は、ミミさんの前で、大学の学食で食事をしながら話していた。

 その日のオススメランチは、チキン南蛮と温野菜のたっぷりサラダだった。温野菜にはアボカドのディップか、潰しトマトのディップか選べた。僕たちは、スープがミネストローネだったので、アボカドディップにした。

 僕はパンを選び、ナナとミミさんはライスを選んでいた。食後にはデザートもついてくると聞いて、ナナと僕はテンションが上がった。

 食事をしながら、ミミさんは野崎さんの知り合いなのに、堂々と野崎さんの話をして、僕たちは到底スパイには、なれそうもない。

「野崎さんって、ナナちゃんの友だちと付き合ってるの?」

 ミミさんは僕らの会話の流れから、察してそう言った。

「うん、ミミちゃんから見ても野崎さんっていい人?」

 ナナは、ミミさんにズバリ聞いた。直接すぎじゃないのか、と僕は思ったが、聞くのが正解だろう。

「うーん、私も野崎さんのプライベートは知らないの。専門学校の先生、あ、ここの料理長なんだけど、その先生を通じて野崎さんを知っただけ」

「先生?なんで先生が?」

「よくは、わからないけど、野崎さんと先生は直接連絡取らず、私が間に入ってやり取りしてるの。」

「先生って男?」

「ううん、女性。あの人」

 ミミちゃんの視線の先には30代前半ぐらいの美しい感じの女性の姿が合った。厨房の中に居るのでよくは見えないけど、白いコックコートが似合うスマートな女性だった。

「怪しい」

 ナナが言った。

「そうだよね、ミミさんを紹介するときも知り合いの妹って言ってたけど、あの先生を知ってるなら、知り合いの先生の生徒の方が正しい」

 僕も思ってた疑問を厨房で料理をしている先生に目をやりながら言った。確かに野崎さんがミミさんを紹介するとき、知り合いの妹って言ったのが気になっていた。知り合いって誰だろうって。

「ロクタも思ってた?私もミミちゃんに兄弟いたんだ?って、思ってて」

 感のいいナナも僕と同じように思っていた。そうなんだ。この感じがナナといると楽なんだ。言わなくても通じるっていう感覚。なかなかそんな相手に出会えることはない。

「ミミちゃんってお兄さんかお姉さんがいるの?」

 ナナがミミさんに質問した。

「うん。正確にはお父さんの年の離れた弟だから叔父さんになる。ここの教授なんだけど、私を妹みたいにかわいがってくれてて。まだ若いから、叔父さんって呼ぶの悪くて、お兄ちゃんって私が呼んでたから、野崎さん、勘違いしたのかも。」

「そうなんだー。その人と野崎さんが知り合いなのね。でもロクタは料理の専門学校を見学したい、って、言ってるんだから、生徒のミミちゃんだけ紹介して、専門学校の先生を紹介しないって変じゃない?」

 ナナは納得がいかないって顔をして、僕とミミさんを見た。

「そうだよね、専門学校の生徒を紹介したのに、そこの先生を紹介しないってのも。…もしかして、あの先生を紹介したくない理由があるんじゃない?」

 僕は、もう一度、厨房の先生の姿を確かめ、そう言うと、ミミさんも言った。

「…そうかも。だって、私に野崎さんを初めて紹介したのは、専門学校の三好先生だったし。私とお兄ちゃんとのことは、私と知り合った後で、野崎さん知ったんだったと思う」

「ますます怪しい」

 ミミさんの言葉に、ナナはちょっと楽しそうに言った。やっぱりナナの勘は当たってるのだろうか。

「ねえ、ナナ。もしかして楽しんでる?」

 僕がそう言うと、ニコッて笑って、こっちを見た。

「ねえ、ミミちゃん、野崎さんのスパイになってよ」

 ナナは、今度はミミさんの方を向き直して、ミミさんに少し近づいてそう言った。「ナナ、ダメだよ。」

 僕はナナをたしなめるように言った。

「いいよ!おもしろそう!」

 一見、おとなしそうに見えるミミさんは、好奇心いっぱいの表情でそう言った。

「いいの!?」

 僕とナナは同時にそう答える。

 まあ、直接、僕たちが野崎さんの周囲を調べるのは得策ではない。僕たちは強い仲間を見つけてしまった。

 しかしまだこの時までは僕たちは、野崎さんの大変な秘密を知ることになろうとは考えてもいなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る