第15話 大学の学食にて
大学のキャンパスに来るのは初めてだった。高校2年生。そろそろ僕も進路について考える時期だ。
とは言っても今日来ている医大になんて、通うことは絶対にないだろう。
もちろん学力が全然足りないのが一番の理由だけど、医療の世界で自分が働く姿が想像つかない。
たまに病気になって病院に行ったり、おばあちゃんのお見舞いで入院先の病院に行くが、病気の人を日常で見るのはかわいそうだし、助けたいという気持ちより、助けられなかったらどうしよう、という気持ちの方が大きい。注射とかも見るのも嫌だしね。
もちろん、医療を目指している人は尊敬する。尊敬しすぎて、僕には遠い世界。現実的ではない。
例えば、いつも行くカフェの店員さんとか、好きなブランドのお洋服屋さんの店員さんの方が自分の働く姿がイメージ出来る。
そんな世界の方が僕には合っている気がする。人は自分の住む世界がそれぞれ決まっているのかもしれない。僕は将来、しっくりくるどんな世界にいるのだろうか。僕は将来に期待と不安を感じた。
となりにいるナナは、将来のことをどう考えてるんだろう。
「ナナはなりたい職業ってあんの?」
「え、なんで」
そう言って、見つめるナナの眼差しはまっすぐで、僕はドキドキした。
「なんとなく。例えば、看護師さんになって人を助けるとか?」
「えー、やだ。病院では働きたくない。悲しい思い出が多すぎる。…そうだなあ。シンガーソングライターとか良くない?」
病院に対しての気持ちが僕と同じ過ぎて内心、笑ってしまった。
「へえ~。ナナ、歌上手いんだ」
「ううん、じつは下手。好きなだけ。でもピアノは弾けるから、曲作って誰かに歌ってもらおうかなぁ」
「そっかぁ。でもナナ、歌、ウマそうだけどな。」
「ありがとう!じゃあ、今度、みんなでカラオケ行こう!」
「あ、楽しそう。キュウは歌上手いよ」
「へえ~。なんかムカつくね。スポーツ出来て、歌も上手いなんて。天は二物を与えてんじゃん」
ナナは、頬を少し膨らませて、言った。
「そうだね、顔もイケメンだし。でもナナだって、美人だし、頭良いし、運動神経いいんでしょ?三拍子揃ってるよ」
「ない、ない」
ナナは、僕が褒めたのをはずかしそうに、頬を染める。色白な横顔に、ピンク色の頬の照れた表情のナナは、自分がキレイだってことなどあまり気にしてないみたいだった。
「私、普通がいい…」
「え?」
僕はナナの呟いた声に反応した。
「いつも、ナナちゃんはかわいいからわかんないでしょ、って、よく同級生にいじめられた。先生にもひいきされたりしたけど、ひいきなんてされたくなかった。…だからかわいいより普通がいいの。こんなこという私、贅沢よね。嫌な感じ」
ナナは自分の心のうちを語った。
「そんなことないよ、僕だって、背が高かったらなあ、って愚痴ったら、僕と、かわらない身長の奴に、嫌味かよ、って言われて。人それぞれに悩みがあるのに、勝手にひがんで、いろいろ言う奴の方がどうかしてるよ」
僕はナナに必死で言った。そんな僕をナナは驚いた表情で見つめた。
「ありがとう」
そしてナナは安心したような顔になった。
時計を見ると、もうすぐ13時になるところだった。ようやくお目当ての医大の中にある学食についた。
学食は大学の建物の入ってすぐのホテルのロビーのような場所にあった。
入り口もオシャレなガラス張りだ。食堂は天井が高く、オープンテラスもあった。とても大学の食堂と思えない。
やはり人気もあるようで僕たち以外にも、主婦っぽい女性のグループや医大生ではなさそうだなっていう人もちらほらいて、僕は安心した。
食堂の入り口付近には約束通り、野崎さんがいる。何故か、一人の女の子と一緒だった。
遠目だから分かりにくいが、年下っぽい。どちらかというと僕たち高校生と同じくらいに見える。
「野崎さん、お待たせしました!」
ナナは野崎さん達に近づくと元気にそう言った。
野崎さんはそんなナナを笑いながら、今、来たところだから大丈夫だよ、って優しく言った。
「君たちと食堂の話して、思い出して。僕の知り合いの妹なんだけど、紹介するよ。大山調理専門学校の生徒さんで、食堂にも来てた子がいたなって」
そんな偶然ってある?ちょっと驚いたが、まあ調理師は職業の選択肢に入らないこともない。
「ありがとうございます!」
僕は慌てて、野崎さんにお礼を言った。
「初めてまして。菱形ミミです」
長い髪をアップにまとめて、広いおでこが可愛らしい色の白い女の子だった。
「まだ1年生だから、お役に立てるかわからないけど、」
「ミミちゃん?!」
ミミさんの言葉を遮るように、ナナは言った。
「私は、ナナよ!病院で一緒だった。」
「え?」
ミミさんはつぶらな瞳を見開いて、ナナの顔をまじまじと見つめている。二人の間に不思議な空気が流れた。
「ナナちゃんって、あの時のナナちゃん?」
そう言ってミミさんはナナの前に駆け寄った。二人は手を取り合った。
「良かった!ミミちゃん、心配したの!」
ナナは、ミミさんを抱きしめてそう言った。
「私の方こそ、助けてくれてありがとう。ナナちゃん」
ミミさんはナナに抱きしめられながら泣いていた。いや、ナナも泣いていた。二人は運命の再会を果たしたようだった。二人の間に優しい空気が流れた。
後にナナは僕に言った。
私はミミちゃんのおかげで強くなれたの。私はパパに愛されたんだから、人を守れるって。生きていかなきゃって。
その時、僕はナナの話を聞きながら、僕もナナを守るよ、って心に誓った。
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