第14話 ミミちゃんとの約束

「ナナ、ナナ。大丈夫?」

 懐かしい声が聞こえる。女の人の優しい声。ああ、ママだ。大好きなママ。

 優しいけど、弱虫なママ。ああ、私は強くならなきゃ。死んだパパのためにも、パパの代わりにママを守んなきゃ。

 ゆっくりと目を開けると、ベットの横には心配そうに私の顔を見つめるママがいた。

「良かった。さっき病室にきたら、病室の前のそこの庭で倒れていたのよ」

 窓から見える庭を見てママは言った。

とても心配そうなママの顔。目元は少し涙で潤んでいた。

「今日はお天気で本当に良かったわ。あなたのお誕生日に会えなくなるなんて考えただけで、ママはもう…」

 ママは自分に自信がない。自分はお嬢さん育ちで何も出来ないと思いこんでる。パパが死んでからは私をどう育てていけばいいのか悩んでいる。パパが生きていた頃は、私とママは姉妹のようだった。私のお姉さん、それがママ。でもパパが死んでからは子どもとどう接していいのかわからない。子どもの責任を持たなきゃということがママには出来ないでいた。

「先生を呼んでくるね」

 目覚めた私にママはそう言って席を立とうとした。

「待って、ママ。ボイスレコーダーはどこ?白いやつ、私持ってなかった?」

「それのこと?」

 ママの目の先のテーブルにはボイスレコーダーが確かにあった。ミミちゃんから預かったボイスレコーダー。その横にはお誕生日のプレゼントの箱も置いてあった。

「ママ、ありがとう。でも今から行きたいところがあるの!約束があるの!」

 夢にしてはリアルで、それは本当ではないかもしれないが、ミミちゃんを助けないと!という気持ちの方が勝った。もし夢じゃなかったらとんでもないことになる。

 立ち上がろうとする私をママは軽く制止ながら言った。

「待って、どこに行こうとしてるの?ナナ。約束ってなんのことなの。あなたは外出出来る状態じゃないのよ?」

「でも行かないと困る人がいるの。」

「だれが困るの?」

「ママ、ごめんなさい。いろいろお話している時間はないの」

 私の必死な様子に、ママは驚きながら、それでも困った様子で言った。

「それでもナナを行かせられない。ナナまで失ったら、ママはどうすればいいの」

「……」

 困っているママにこれ以上、私は言えなくなってしまった。私はママを静かに見つめる。

「わかったわ。ナナの代わりにママがナナがしようとしていることをするわ。」

 ママを見つめる私から何かを感じとり、そう言った。

「それでいい?ナナ」

 ママの優しい言葉に頷くと、私はミミちゃんとの話をした。

 ミミちゃんというナナと同い年くらいの女の子がこの病院に入院していたこと。自分のことをナナのことを知っていたこと。そしてミミちゃんが母親に殺されそうになったこと。今度はミミちゃんのパパが殺されそうなこと。だから私は、ミミちゃんから証拠の音声が入っているボイスレコーダーを預かったことまでをママに伝えた。

「でも、変ね。ナナはどこでミミちゃんを知ったの?あなたはほとんどこの病室から出てないでしょ?」

「そうなんだけど夢とは思えなくて。それにこのボイスレコーダー…」

 私はベッドの横のテーブルにあるボイスレコーダーを手に取った。

「そうね、聞いてみましょう」

 ママはそう言って、ボイスレコーダーを私の手から受け取った。そして再生ボタンを押す。


 雑音ノイズが聞こえる。

 ミミちゃんの声?らしき声が聞こえる。

「どうして由美子さんを辞めさせたの!」

 ミミちゃんらしくない強い口調だった。

「由美子さん?ああ、あのお手伝いさん、ね。あんたが腕を折ったことを私のせいだって誠一さんに言いつけたからよ」

「え?私の怪我のこと、由美子さんがパパに話してたの?」

「あんたが、あの女に言い付けたんでしょ。私があんたにしてること」

「言ってない…」

「じゃあ、なんで知ってんのよ、あの人」

「…ママは、どうして私のママになったの?」

「別にあんたのママになるために、誠一さんと結婚したわけじゃない。なのに、誠一さんとほとんど一緒にいれないだけじゃなく、結婚してもあんたの世話ばかり。あんたなんかいなくなればいい!」

 そう言って、部屋から出ていくような音で音声は終わっていた。

 その後もボイスレコーダーの音は続く。

「ちゃんと薬は飲んだの!」

 また大きな強めの女の声。多分、ミミちゃんのママの声だ。

「その薬を飲むと気持ち悪くなるから、飲みたくない…」

 ミミちゃんの弱々しい声が聞こえる。

 そこまで聞くと、ママはボイスレコーダーの停止ボタンを押した。

「ナナ、これは警察に行くべき内容よ」

 ママはそう言って、スマホを取り出した。

「ママ、どこに電話するの?ミミちゃんとミミちゃんのパパは助けられるの?」

「大丈夫。安心して、ナナ。知り合いの弁護士さんを通じて、警察に提出してもらうから。ナナは心配せずにママに任せて」

 そう言って、ナナを見つめるママは、いつになく、頼もしかった。

 パパがいなくなってから、ママと私は色のない世界に住む住人みたいだった。とても寂しくて、立っていることもままならないくらい。世界中の誰より不幸な二人。

 でもミミちゃんの出来事はママと私に強さを与えた。パパが死んでしまってから私とママは守ってくれる人を失って絶望の底にいた。でも、自分たち以上に危機の人を知ることで、私たちは幸せだ、愛されてたじゃないか、と思えた。ミミちゃんを助けなきゃ。

 ママは私のおでこに軽くキスをすると、ボイスレコーダーを持って、病室から出て行った。


 ミミちゃんのパパは無事だった。

 ミミちゃんのことで、パパも奥さんのことを疑っていたらしい。きっとあのボイスレコーダーは決定的な証拠になるだろう。

 ミミちゃん本人は半年ぐらい昏睡状態らしいので、私が話したミミちゃんは、ミミちゃんの生き霊ということになる。

 私、ミミちゃんみたいに強くなるよ。だから、早く目覚めて、ミミちゃん。

 私はミミちゃんの意識が戻ってくれることを心から願った。




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