第13話 少し過去に戻って

 「ナナちゃん、ナナちゃん、起きて。起きて…」

 何処からか子どもの声がする。

 女の子の声だ。私の名前を呼んでるの?

 ナナはもうろうとする意識の中で、自分と変わらない歳であろう少女の声で目を覚ました。

ゆっくりとベッドから起き上がる。

 病院の窓から見た景色は、雲がゆっくりと流れ、太陽の光は心地よく、病院を囲む緑をそよ風が撫でているのが見える。

 伊藤七。今日はナナの9歳の誕生日だった。しかし残念のことに病院のベッドには、バースデーケーキもお祝いの言葉も用意されていなかった。

 ナナはしばらく、窓の外を見ていると、窓をコツコツと叩く女の子がいる。ナナはベッドから降り、女の子のいる窓に顔をつける。

「なあに」

 聞こえないかもしれないので、口ぱくでナナは女の子に言った。同じ年ぐらいだろうか。しかしナナよりすごく痩せてて、ナナより幼く見えた。顔色もお世辞にもよくなかった。

(こっちにきて)

 多分、女の子はナナにそう言ったのだろう。同時に手招きをしている。

 ナナは病室を見回すと、誰もいない。ナナはパジャマのままである。見たところ、履く物も無さそうだ。

 いいや!とナナは思い、その窓が開くか見るが、窓は換気用に少し開くようにしか作られていなかった。

 仕方なく、

「待ってて」

とナナは、また口ぱくで言うと、病室を出た。

 廊下には、看護師さんや患者さんらしき人が数人歩いていたが、ナナが出ていく様子を気にする人はいなかった。ナナは裸足で、小走りに外へ向かう。

 何処をどう通ったのかわからないが、ナナは女の子のいる庭に出た。

「こんにちは、私、ミミよ」

 女の子は、ナナの姿を見つけると、嬉しそうに挨拶した。

「私は…」

 そうナナは言おうとしたが、自分のことがよく思い出せない。頭がズンと重く、思い出したくないモヤモヤした気持ちになる。

「ナナちゃんでしょ?知ってるわ。お友だちだもん」

 ナナの顔を覗きこむように、ミミちゃんは言った。

「そう、私はナナ。ごめんね。私、あなたのことも自分のこともよくおぼえてないみたい…」

 ナナはそう謝った。全然、思い出せない訳じゃない。考えると、思い出せるけど、考えると頭が痛くなった。

「しょうがないよ、ナナちゃん、一年くらい、ほとんど寝てたよ。でもミミとは、病室でたまに話したよ。」

「病室?ミミちゃんも入院してるの?」

「うん、でももういない」

「退院したの?」

「うん、よくわかんない。」ミミちゃんはナナの言葉にそう返事をして、急にナナの手を繋いできた。その手はナナがびっくりするくらい冷たかった。

「ナナちゃんにお願いがあってきたの?」

「お願い?」

「うん、とっても大事なお願い。誰にも知られないように、パパだけに知らせたいの。特にママだけには知られたらダメなの」

 ミミちゃんは必死な顔つきをしていた。顔色も悪いのにますます青白くなっていく。呼吸も荒く、今にも倒れそう。

「大丈夫?具合悪そうだよ、それに私、ミミちゃんのパパもママも知らなくて…」

 そうナナが言うと、

「今から記憶をナナちゃんに送るからお願い」

 そう言って、繋いでる手にぎゅっと力を入れる。何か感じる。頭の中がぼんやりする。

 これはミミちゃんの記憶?ベットの横に座る女の人が見える。ここはこの病室?

 少し霧がかかった世界が見えてきた。

 女の人が電話で何か話している。綺麗な人。でも冷たそうな顔立ちだった。

「そうなのよ、せっかく娘を追い出したのに、私と別れたいって、言われて。慰謝料は貰えるんだろうけど、そんなんじゃすぐなくなるわ!どうしたらアイツの財産を手に入れれるんだろう!ねえ、バレないように主人を殺す方法、考えてよ」

 物騒な内容を女は、平気で話している。

 多分、ミミちゃんの記憶なので、ミミちゃんのいる病室で、話しているみたい。

 娘とはミミちゃんのことみたいだ。

 ミミちゃんは、自殺しようとしてこの病院に入院したようだった。原因は、この女の人に追いつめられて、自殺しようとした。それも案外、自殺じゃなく、殺されそうになったのかもしれないと思った。

「ミミちゃん、これって…」

「そうなの、ママはミミが邪魔で殺そうとしたの。そのことを本当のことが分かる会話を録音したボイスレコーダーをパパに聞かせてほしいの。そうしないとパパまで殺されてしまう!ママの本当のことをパパに知らせたくて、ボイスレコーダーはお歌を録音するからって、パパに買ってもらったの」

頭の中でミミちゃんの声が聞こえる。

「え?パパまでって、ミミちゃん。あなたは今はどうなってるの?」

「わからない。ナナちゃん以外、誰も私に気づかない。見えないみたいだから、死んだのかもしれない…」

「そ、そんなぁ。…ミミちゃんのことも探すから、絶対にミミちゃんもミミちゃんのパパも守るから。約束する!」

 私はそう言うと、霧のかかった映像が消え、私は目の前にいるミミちゃんの両手をしっかりと握った。証拠のボイスレコーダーは、木の下に隠されたビニール袋に入っていた。そしてそのボイスレコーダーをミミちゃんに渡される。

 するとその瞬間、急に、私の意識は遠のいた。



 

 

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