第12話 初めての尾行
ナナと僕は、ナナの叔父さんに、犬のロクタ!を預けると、もう一度、駅に戻った。
帰り道は、シトシト雨もすっかり上がり、心なしか晴れ間が見えた。そうなると、傘って邪魔になるんだよね、と思い、ナナを見ると傘を持ってなかった。
「ナナ、傘は?」
僕がそう言うと、にやっとして、
「うん、叔父さんの家に預けた。傘は2本もいらないでしょ」
と、笑って言った。雨が降ったら僕の傘に入ればいいってことね?と思って、彼女の手ぶらの手を繋いだ。ナナはリュックタイプのバックを背負ってたから、手をぷらぷらさせて、とても可愛い。
「お昼頃には、着けるかな?」と、ナナは言い、スマホで、電車の時間を確認していた。
今から行けば、そんくらいかなあ、と僕も思った。
「お腹すいたね」
僕は呟いた。
「今から行く大学、ランチがとっても美味しいんだって!近くに料理の専門学校があって、学食と提携してるから値段も安いらしいし、そこで食べよ!楽しみ~」
そうナナは言った。相変わらずのリサーチ力。計画を立てるのが好きなのか、計画を立てとかないと不安なのか。多分、どっちもなんだろうな。
乗った電車は空いていた。僕はナナと隣同士に腰をおろす。
ふと、彼女を見るとなぜか、ナナはある1ヵ所を見つめている。
どうしたの?って、僕が声をかけようとした瞬間、ナナはすくっと立ち上がった。そして、僕の傘を持って、見つめていた方向に歩き出した。
行く方向には、空いているのに、不自然に集まっている集団があった。
「あんたたち!離れなさいよ」
ナナがそう言った先には3名くらいの大学生くらいの男に囲まれる二十歳くらいの女の人がいた。
女の人は、真っ青な顔で、うつむいていた。
「なに、あんた」
3人の中の一人の男が、不服そうに声をあらげて言った。睨んでいる。女の人は、助けを求めるように、ナナを見た。
「さっきから、あんたたち、その女の人に痴漢してたでしょ」
ナナは大きい声で言った。周囲の注目が集まる。でも人もまばらで、みんな遠巻きに見ているだけだった。
「証拠あんのかよ!」
隣の男も怒鳴った。
「そんなこと、してませんよね?お姉さん?僕たちが何かしましたか?」
男の一人が、女の人を顔を覗き込むように言った。女の人はまたうつむいてなにも答えない。
僕も急いで、ナナの傍に行った。
「いちゃもんつけんじゃねえよ!おまえ!」
そう言った男がナナの腕を掴もうとした。
急いで、僕はその男に体当たりした。男はよろけるような体制になり、他の男に寄りかかった。
「なにすんだよ!」
倒れそうになった男は、僕を見てそう言い
「おまえたちには責任取ってもらおうか!」
と、言い出した。
まずい展開である。
「おまえら、次の駅で降りろ!」
僕はまずい展開になったなあ、と思いながら、周囲を見回すも、みんな視線を合わさないように無視している。なんてことだ。
男三人相手に、勝てるわけないが、仕方ない。僕がぼこぼこにやられている間に、ナナには逃げてもらおう、などと頭で考えていた。
「ナナさん、どうしたの?」
どこからともなく、声をかけられる。そう言われた方を見ると、どこから現れたのか、かなりのイケメンの男性が現れた。大学生ぐらい?背は180センチ、キュウと同じくらいはある。シルバーの眼鏡をかけているが、その顔立ちの良さは隠されていない。
「野崎さん!」
ナナは驚きの声を上げる。野崎さん?それは、今日、大学までわざわざ言って、尾行する予定の男の名前である。そして、ナナの好きな女の子、八重さんの恋人だ。
今、会うか?と、思いながらいると、野崎さんは、痴漢の男たちをちらっと見て
「君たちも知り合い?」と聞いた。
「知り合いじゃねえよ、こいつら俺たちを痴漢扱いしたんだよ」
と、また三人組はワアワア怒り出した。
「僕、弁護士なんだけど、今から警察とか呼ぼうか?」
突然の提案に、三人組は怯んだ。
「い、いや、誤解が解ければ良いんだ、なあ」と、三人は言い出した。
「ダメ!許さない!」
ナナは、立ち去ろうとした男達に、言葉で追いかけた。
「そういえば、君たちは、前もこの電車で問題、起こしてなかった?」
野崎さんが思い出したようにそう言った。
すると三人組はおどおどして、挙動不審になった。
「い、いや。すみません。オレたち、ホントもうしません!ごめんなさい」
そう言うと、ペコペコしながら、別の車両に逃げて行った。
「もう二度と顔見せんな!」
逃げる三人組の背中に、ナナはそう叫んだ。強い!
三人組が立ち去ったあと、僕は野崎さんに聞いた。
「あの三人組、ご存知なんですか?」
「知らない。かまかけただけ。初犯じゃないでしょ、あいつら。でも良かった、君たちを助けられて」
そう笑顔で言った野崎さんは、本当に救世主に見えた。機転もきいて、顔も良くて、それに喧嘩も強そう。ハッタリでもなんとかなりそうな所が、僕とは明らかに違った。
完全に負けた。
「きみも大丈夫だった?きみも今後は、声をあげる自信ないなら、防犯ベル持つなり、催眠スプレー持つなり、対策しておくこと」
野崎さんは、痴漢にあったお姉さんに優しくそう言った。自分の身は自分で守る。確かに安全な日本でも防犯意識は高く持つべきだよな、と感心した。お姉さんは野崎さんの言葉にペコリと頭をさげた。
「…ありがとうございます…」
お姉さんの声は、か細くて消え入りそうだった。よほど怖かったんだろう。
「でも良かった~」
ナナがそう言って、その場に座り込んだ。
手にはしっかり傘を握っている。
「もしかして、その傘で戦うつもりだった?」
僕はナナの様子を見て、ピンときて、言った。
「うん、でも怖かったー」
僕は手を貸そうと手を出した。
同時に野崎さんもナナを抱えあげようと手をとる。
「あ、大丈夫です」
ナナは野崎さんの手をさりげなく避けて、僕の手を取った。勝った!と、僕は思った。
手を取ったナナの手は冷たく微かに震えていた。ナナの表情からは読みとれないが、相当、怖かったはずだ。僕だって、殴られるな、と感じた時はどうしようか、と焦ったから。
「ところで、きみらは今日、学校は休み?」
野崎さんは、僕とナナに素朴に聞いた。確かに、高校生が平日の昼間に私服で電車に乗ってるって変だよね。
「僕たち…」
「私たち、野崎さんの大学に見学に行ってるとこなんです!この人、ロクタが料理人を目指してて、料理の専門学校に行く予定なんですけど、野崎さんの大学の学食、そこの専門学校が出してるじゃないですか?だから見学に行くんです!」
とっさについたナナの嘘。
「そうだっけ?近くの料理専門学校の。確かに学食は美味しくて有名だね。へえ~。」
野崎さんは疑う様子もなく、感心している。そして少し考える様子になり
「そうだ、じゃあ協力するよ。…13時に僕も学食に行くよ」
野崎さんは自分の腕時計を見て言った。大人の男は、腕時計を見る仕草もさまになるなあ~などと僕は思った。
「え、協力?いいですよ!」
ナナは驚いて、手を横にふりふり断ろうとすると、野崎さんは大人の余裕の態度で、遠慮しないで、と言うと別の車両へと去って行った。僕らに遠慮したのか、別の車両に友達がいたのか真意は不明だったが、立ち去る姿もカッコいいのは確かだった。
「いい人だね」
僕は野崎さんが去ったあと、ナナに呟いた。
「…うん」
ナナは元気なさげに、言った。自分の好きな人の恋人が、いい人なのは、へこむよね。どうせなら、嫌なヤツぐらいがちょうどいい、って僕は心の中で、ナナの考え込む様子見ながら、思っていた。
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