第11話 彼女の悲しい過去

 これは、ナナがおばあちゃんに会いに言っている20分くらいの間、ナナの叔父さんから聞いた話だ。

 最初は初めて会う僕に、なぜそんな話を話すんだろう、と疑問に感じた。しかし話を聞いた後、叔父さんはナナのことを本当に心配しているんだということが分かった。そしてナナを助けてくれる人を捜していたんだと。それほどナナの過去は壮絶なものだった。

 もし僕がナナみたいなめにあっていたら、ナナみたいに明るく生きていただろうか?と思う。それほど彼女の身に起こったことは悲しみに満ちていた。

 ナナは幼い頃、6歳の時に、父親を亡くしていた。事故だった。

 その事故は、ナナが父親と飼い犬との散歩中に起きた。道路に飛び出した飼い犬をナナが追いかけて、車にひかれそうになったときに、ナナをかばって父親がひかれたそうだ。そして、ひいた車はひき逃げした。

 目撃者が見つけた時は、父親の傍で泣き叫ぶナナの姿があったらしい。倒れた父親の顔に自分の小さな顔を近づけて、パパー、起きてーと、何度も言っていたらしい。想像するだけで僕は、胸が苦しくなった。

 発見されてから、救急車で運ばれたが、父親は助からなかった。

 交通事故の後、6歳のナナは幼いながらも自分のせいだと自分を責めたに違いなかった。どう考えてもすぐにでもナナの心的外傷を治療する必要があったはずだ。でもそれはなされなかった。

 なぜなら、ナナの母親は自身が子どもじみた人で、ナナをかばう余裕はなく、母親自身が傷心して泣き暮らしていたそうだ。

 そればかりか事故のあと母親はナナとほとんど顔を会わせず、自分の親にナナの世話を任せてしまった。そして自分はほとんど家には帰ってこなかったらしい。毎晩の様に飲み歩き、ほとんどアルコール中毒者のような生活だったそうだ。もともと資産家の娘である母親は、仕事をしたこともなく、ナナの父親に頼りっきりの生活だったらしい。家の家事も時間でやってくるお手伝いさんがやっていたそうだ。

 そして母親は、飲み歩く生活中に知り合った新しい男と、父親の死の1年後に結婚した。

 すると母親はナナを新しい家に、新しい父親と共に迎え入れ、暮らし始めた。しかし、そこからが本当の悲劇の始まりだった。その義理の父親の、ナナへの虐待が始まったのだ。

 義理の父親はナナの腹や背中、太ももなどの目につかない場所を殴ったらしい。しつけと称して、気にいらないことがある度、殴っていた。ひどすぎる話だ。

 しかし目につかない場所にアザが合ったとしても母親なら気づかなかったのだろうか?と思い、僕は質問した。ナナの叔父さんもそこは分からないと言っていた。知らなかったとしても、その状況に追い込んだのは母親だ。とても許せないと思った。

 父親を自分の目の前で亡くし、そして義理の父親からは虐待にあうなんて。

 そしてもっとひどい悲劇は起こる。とうとう義理の父親が酔った勢いで、ナナを犯したのだ。強姦だった。小学2年生のときである。8歳だった。

 それはすぐに母親に知られ、母親は義理の父親と別れた。義理の父親がしたことはナナの将来のことも考え、事件にはせず、警察にも通報しなかったということだった。

 母親もこの裏切りには、生きる気力を失い、自殺未遂をした。それからは、助かりはしたが母親は絶望から今も這い上がれていない。それ以来、精神科を入退院する日々を送って、現在に至るらしい。

 ナナも1年くらいは精神科に入院していた。乖離性同一障害いわゆる多重人格のような症状だったらしい。症状はだいぶ落ち着くようになり、その後も定期的にカウンセリングは受けているそうだった。成長するにしたがって、自分の身に起きたことを嫌悪する気持ちは強くなっていったそうだ。無理もないことだ。

 僕はそれを僕に伝える叔父さんをヒドイ人だと思った。ナナは誰にも知られたくないだろうに。まして、異性である僕に。

「良かったんでしょうか、僕が聞いて…」

でも叔父さんは言った。

「あんなことがあって、男性恐怖症なんだよ、ナナは。それが君を連れてきた。君のことは知らないが、君ならあの子を救えるんじゃないかと思って話したんだ。とても僕には救えない…」と、言った。そして叔父さんは涙を浮かべると

「それに、ナナを助けてほしい」と頭を下げた。

 いつも彼女は頑張りすぎるんだ、とも叔父さんは言った。

「そして、とても優しい」

 僕は、叔父さんの言葉の後を続けた。

 叔父さんは僕をハッとした顔で見た。

「そうなんだ、自分の母親のことも恨んでもいいくらいなのに。ずっと傍にいるって言うんだ。もうなにも失いたくない、って」

 僕は思った。彼女はいつも元気に振る舞っているのは、悲しい顔をしてると相手に心配させてしまうから。自分を不幸に追いやった母親さえ、助けようとしている。

 前にナナが僕に言ったことがある。

「私、幸せにしている人が好きなの。きっと神様に愛されてるのね。ロクタは神様に愛されてるのが分かる。神様に愛されている人といたら、きっとついでに私のことも神様は愛してくれると思うんだあ」って。

 僕はなにも分からず、

「僕が能天気って言いたい?僕より、ナナの方がどう見ても神様に愛されてるよ」

って、言った。美しくて、頭が良くて、キラキラしてる彼女が一番、神様に愛されているように見えたから。まさか彼女の生い立ちがこれほどまで、神様を信じられなくなるくらい不幸なものだったなんて。彼女が神様についでに愛されようとするなんて想像がつかなかったから。なんてヒドイことを言ってしまったんだろう。

 自分は神様に嫌われている。きっと彼女はそう言いたかったんだと思った。私は、神様に愛されてない、嫌われているんだ。そう思うしかないくらい、彼女の身に起こった出来事は不幸だった。ナナが、ずっと今まで、人をそんなふうに羨んで、生きてきたかと思うと、僕はやりきれなかった。

「僕はナナさんを助けたい。いや、助けます」

 ナナの叔父さんに、僕は心からそう固く約束した。


 

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