第10話 彼女のもう一つの秘密

 今日はあいにくの雨だった。高校は、母さんに頼んで欠席連絡をしてもらった。休む理由を母に聞かれたので、友達に明日、行きたい大学に付き合ってほしいと頼まれた、とそのまま伝えた。僕は母にはほとんど嘘をついたことがない。理由は簡単、嘘をつかないとならないほど母は僕に干渉しないからだ。

今回も

「そう、分かったわ、」

と、言われただけだった。

 普通は「なんで?」とか「友達って誰?」とか聞かれそうだが、何故か聞かない。

 それでも小学生の時は、どこに遊びに行くのか?とか、何時に帰るのかとか聞かれたと思う。そうだな、中学生くらいから、僕は母に干渉されなくなった。

「お母さんは、中学生くらいから、自分を大人だと思ってた。ロクタもこれからは自分で責任を取りなさい」

と、中学生の時、母に言われた。

 言われた時は意味が分からなかったが、今は自立する一歩になったと感謝している。自分の世界を作る良いチャンスになった。

 ナナとの待ち合わせは、駅だった。

 大学に行く前に、飼っている犬を、親戚の家にしばらく預けるのだという。昨日は、旅行でも行くのだろうか?と、思いながらスマホでナナの話を聞いていた。

 駅で待っていると、約束の時間ちょうどにナナは現れた。

 今日は雨なので、ナナは、ドット柄の雨傘を持っていた。シンプルなレインコートが華奢な身体に良く似合った。

 僕の方は、ボーダーのシャツにデニムのパンツというおしゃれでもなんでもないいつもの服装だった。嫌、多分、ナナはどんな服装でもおしゃれに見えるだろう。

 僕の前に現れた彼女に、ぶしつけな視線を送る男は多かった。

 待ち合わせのカップルは他にもなん組かいたが、ナナがダントツに可愛かった。

 僕を見つけて、ナナはすぐに僕の腕を組んだ。

「行こう!」

 腕を組んでいない手には、飼い犬を入れているであろうキャリーケースを持っている。

「それ、犬?持とうか?」

 僕がそう尋ねると、可笑しそうに笑いだして言った。

「犬って~。そうよ。名前はロクタよ。はい!」

 僕にキャリーケースを預けながら、いたずらっぽく笑った。

「嘘、冗談だろ」

 さすがに僕の名前を犬に…。と、思ったが、冗談じゃないらしい。ちなみに10歳になるので、人間の年にするとおじいちゃんぐらいの年齢なる。だから僕より先輩ってわけ。

「ロクタかあ~。ほんと、ナナとは運命感じるよ」って、冗談ぽくいいながら、言ってから恥ずかしくなった。

 二人、視線を合わせて、赤くなった。

「親友って意味だから」

 僕は慌てて説明を入れた。

「分かってるって」

 ナナは笑顔で言った。僕たちは、二人で一つの傘を差し、雨の街路樹を歩いた。

 6月に咲く街路樹の白い花の名前は知らないが、とてもロマンチックな気持ちになった。

 きっと僕たちはお似合いなカップルに見えているだろうか。すぐ傍にいるナナにドキドキしながら、ゆっくりと他愛もない話をしながら、彼女の親戚の家まで歩いた。

 15分ほど歩いただろうか。その家はあった。

 思った通り、とても大きなお屋敷だった。

 クラシカルな洋館と表現したらいいだろうか。赤レンガの建物は、とても重厚感があり、その周りの庭先は植物園のようだった。

 ナナは門の前に立つと、スマホをかける。

「着きました」

 ナナがそう告げると、庭先から、外国人?と思わせる背の高い男性が出てきた。

「ナナ、よくきたね」

 とても整った顔立ち。日本人離れした風貌が、その男性を外国人のようにみせた。でも流暢な日本語と、ナナに似た目元が、ナナの親戚の人はこの人かな?と僕に想像させた。

 年齢的には、うちの母くらい。40代だろうか。少し落ち着きを感じたので、もしかしたら50歳になっているのかもしれない。

「私のお母さんのお兄さんなの」

 ナナは僕にそう紹介してくれた。

「初めまして。僕、ナナさんの同級生のロクタと言います。」

 僕はナナの叔父さんに慌てて挨拶した。

「同級生?」

 ナナの叔父さんは、同級生の意味をクラスメイトと勘違いして、この子は男の子に見えるが?という顔をした。僕はナナのボーイフレンドと名乗るにはまだ抵抗があった。

「同じ学校ではありません。同い年の友達です」

「男の子?」

「はい」

 と、僕はそう答えながら、女に見えるのか?と心の中で突っ込みを入れていた。

「ゴメン。女の子に見えたわけじゃないんだ。ナナが、男の子を連れてくるなんて珍しかったから」

 ナナの叔父さんは、そう言って微笑した。

「叔父さん、ロクタを2週間くらい、預かってほしいの」

 ナナがそう言ったので、僕は慌てて犬のロクタが入っているキャリーケースを叔父さんに渡した。

「うん、それで千鶴は、…ママはどのくらい入院するの?」

「わかんない。落ち着くまでだから」

「そうか、大変だな。学校まで遠くなるけど、ナナもこの家で暮らしてもいいんだよ」

「うん、でもまだ大丈夫。無理なときは相談する」

「分かった。せっかくだから、おばあちゃんに会っていきなさい」

「うん、でも今日は予定があるから」

「会うだけだから、すぐすむよ、いいかな?ロクタ君」

 ナナの叔父さんと目が合った。

「はい、僕は大丈夫です」

「ゴメン。じゃ、ここで待ってて」

 ナナは、僕にそう言うと、おばあちゃんの待つ屋敷へとかけて行った。

 この後、僕はナナの叔父さんから、彼女の悲しい過去を聞くこととなった。

 そして最後にナナの叔父さんは言った。

「ナナを助けてやってほしい」と。

僕は、「はい、そうするつもりです」と約束した。


 



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